胎動

剣聖への使者

 ロウの奴が足抜けしてから1ヶ月は過ぎた。

 ユーリの姉御はあれ以来ずっと機嫌が悪く、スチュワートの野郎はそれに輪を掛けて苛立ちっぱなしだ。

 その苛立ちをおれ達に当たり散らかすから、堪った物じゃない。

 こんな事ならば、ロウの奴について行けばよかった。

 虫の良い話だけどさ。


 今にして思えば、ロウは我慢強い奴だったし、あまり人の悪口も言わない良い奴だった。

 良い奴過ぎて、ユーリの姉御に一言言っちまったから、スチュワートをはじめ数人がいじめだした。

 アレは、いじめだ。

 おれは、ここでもそれが行われる事に怖くなて、助ける事も止める事も出来ず、へらへらと笑っているだけだった。

 ……実は今でもあの光景を思い出すと震える。

 また、おれもいじめられるんじゃないかって。

 学校では、いじめられてばかりだったから、ゲームの世界に逃げ込んでたのに。


「アゾン、大丈夫か?」

「あ、ああ」

「しっかりしろよ、大男」


 このグループで唯一友達と言えるマーロが話掛けて来た。

 おれのアバターは2M近くの大男。

 スキンヘッドで厳つい感じでキャラメイクしたのだって、ゲームの世界で舐められないためだ。

 一方のマーロは小柄な男女。

 鎧とか来たら少年にしか見えないアバターだ。

 ネカマじゃなくて中身も女らしいけど、男と言っても問題ない気がするガサツさだから、本当はネカマかも知れない。

 そんなマーロが愚痴をこぼすように言った。


「スチュワートの馬鹿、魔水晶無くしたって言ってたけどさ」

「課金アイテム」

「そうそう、どうやら中身を召喚して倒されてたらしいぜ」

「サンダードレイク?」

「そうそう」


 マーロが言うには、ロウが出て行った日、血相変えてスチュワートが追っていって……呼び出したらしいとの事だ。

 いじめですらない、殺人じゃないか。


「でも、倒された。ロウか通りすがりか知らないけど、さ。あいつ、持ってたんだな」

「運とか」

「そうそう。……居なくなってからありがたみってわかるって言うけど、本当なんだな」

「うん」


 そうやって愚痴をこぼしながら酒場で飲んでいると、おれ達以外滅多に客の来ない酒場の扉が開く。

 誰だと振り向いておれ達はギョッとした。


 そこには、アビスワールドですら無かった筈のガスマスクを付けた黄色い制服を着た軍人を数人引き連れた、日本人の様な男が立っていた。

 黒い髪、丸メガネ、目が若干細いがイケメン。腰のベルトには刀を下げている。

 その男がにこやかに話しかけた。


「こちらに「剣聖」と名高きユーリ様がいらっしゃると聞きました。お話しさせて頂きたいのですが……ああ、申し遅れました、私は聖天教と言う宗教の……言わば相談役をしております、アシヤと申します。ユーリ様は今いらっしゃいますか?」


 おれ達はなんて答えて良いのか分からず押し黙ってしまった。

 すると、背後のガスマスクを付けた黄色い軍人の一人が怒鳴る。


芦屋大納言あしやだいなごん誰何すいかであるぞ!」

「止めよ、久遠くどう少尉……貴様は先程の……スチュワートだったか? 彼から今少し話を聞いていろ。トンボに構えた黒い髪の男について、な」

神土かんど少佐であれば」

「それを決めるのは、貴官ではなくわたしだよ、少尉」


 優しげだが、冷たい言葉に軍人の一人は慌てて敬礼を返して去る。

 と、それと入れ違いにユーリの姉御が戻ってきて。


「何よ、あんたら?」


 そう、訝しげにアシヤ達に声を掛けた。

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