賢者の末裔

第8話 荒野の果ての村

 ロズワグンの襲撃より数日、危険な荒野に足を踏み入れた俺と師匠の旅は思いの外スムーズに進んでいる。

 もし、今までと同じような戦い方をしていたら、俺はこの荒野を抜けるのに大分時間は掛かっただろう。

 レベルも良く分からない、見知らぬモンスターは手強かった。

 この付近のモンスターは、何と言うか、不定形生物が多い。

 アビスワールドで言う所のスライムっぽいと言えば良いのかも知れないが、あんな可愛げはなかった。

 それらのモンスターは、師匠曰く「深淵の泥」と呼ばれる者達で、アビスワールドに由来しないモンスターなんだそうだ。


 ただ、そいつらは好んで人を襲う事は無かった。

 双方にとって不幸な出会い……互いが気付かずにばったり遭遇と言う事もなければ、基本的にはやり過ごせた。

 それでも戦闘となれば、危険な怪物であり、モンスターだった。

 剣で斬っても分裂するし、盾で殴ってもあまりダメージが入った様に見えない。

 それでも、行動自体は遅めなので、攻撃を喰らわない様に、何とか撃退する事は出来た。

 その「深淵の泥」は、何故か師匠にはあまり向かわず、俺にばかり迫って来るから困った。

 おかげで、長時間、剣を振るには如何振れば疲れにくいかとか、どう立ち回ると楽に避けられるかとか良く分かったけれど。


 そんな感じで、危険な荒野をさらに数日掛けて突っ切れば、漸く見えてきたのが不遇職の村だ。

 何でもアビスワールドの不遇職と呼ばれ虐げられた者達が集まって出来た村らしい。

 こんな所でも、馬鹿みたいな差別があって、それから逃れて村を作ったと聞くと頭が痛くなってくる。

 そんな事して何になるんだ。

 俺がそんな感想を口にすると、師匠は頷きつつも言葉を返した。


「それはそうなんだがね、突然に生き死にを突き付けられると、人ははけ口を求める物、らしい」

「戦場で生きた師匠からすれば可笑しな事でしょうね」

「そうでもないさ、分かっていて死地に赴くのと、死地に投げ出されるのでは意味合いが違う」


 師匠はどうも、俺が聞いている軍人と言う者の性質からはズレている様に感じる。

 鉄拳制裁で手を出すとか、居丈高に怒鳴ると言う所を知り合って半月近く経つが見た事が無い。

 村が見えて気が抜けたのか、俺は思った事を素直に口にしてしまう。


「師匠は軍人らしくないですよね?」

「そうかい? 私はニホンの軍人がどの様な物かは知らないが」

「ちょっと、俺の国は特殊なんですが。昔の話だとすぐに殴ったり、怒鳴り散らしたりって聞いていたので」

「上官が部下に? それをするのは教導が下手なんだよ。私が世話になった伊田いだ閣下は、叩き上げだが部下には優しかったよ。上層部とは激しくやり合っていたが、だからこそ、上層部からも一目置かれていた」


 参謀本部も現場の声を無視するほど馬鹿では無いからねと笑ったが、師匠が日本帝国軍の末期状態を知ったら何と言うだろうか。

 しかし、そう言う事であれば、師匠の振る舞いにも納得できる。

 師匠の国では、暴力や地位を笠に着たやり方で訓練はされていないのだろう。

 似ていてもやはり違う世界と言う事か。


 村に差し掛かると、何人かの村人が此方を見やり、師匠が片手を上げると安堵したようにそれぞれの作業に戻った。

 ――警戒感の強さが、差別の酷さを垣間見させる。

 と、不意に師匠が問いかけた。


「ロウ君は、学生だったんだっけ?」

「そうです、大学の4年生でした。――今頃、あっちの身体はどうなっているんだか」

「最高学府まで登ってなぁ……。――その辺は私の先生に聞くと良い」

「師匠に先生? その人、師匠より強いんで?」

「……師とは強弱で選ぶものではないよ」


 どうやら師匠よりは強くはないようで、少しだけほっとした。

 だって、師匠より強いとなったら、それこそチートか何かしているんじゃないかとか思ってしまいそうだ。


「征四郎さん、こんにちは。その子は?」

「ああ、こんにちは。彼は戦士だから追われている訳じゃない。ただ、仲間内で殺されかけてね」

「相変わらずそんな事が……」


 畑仕事をしていたお爺さんが師匠に語り掛け、師匠が俺の事をそう紹介すると痛ましそうな瞳で見られた。

 俺は少しばかり困って、会釈を返す。

 あのまま残っていれば俺は不幸だったが、今は自分で生きる術を学び中だ。

 ここの人達よりはずっとマシな気がしたからだ。


 お爺さんから離れてから、俺は師匠の言葉に可笑しな点があった事に気付き問いかけた。


「追われている訳じゃないって言ってましたけど、不遇職と言うだけでそこまでの扱いを?」

「魔女狩りと言う言葉を知っているかい?」

「……そこまでの扱いを? 何故……?」

「知っているのか……、何処もその辺は変わらないと見える。理由については分からない」


 魔女狩り、キリスト教圏で起きた社会的な集団ヒステリーが有名だが、実はアジアでもアフリカでも中東でもあった事だ。

 魔女とされた人(女だけじゃなくて男も)がリンチされたり、適当な裁判で死刑にされると言う酷い話だが、ここでは不遇職と言うだけでそれに近い扱いを受けると言う。

 意味が分からない……。


 俺が何でそんな事になったのか考えている間に、目当ての家に付いた様だ。

 師匠が扉を叩くと、中から老いた男の声が響く。


「開いておる」

「失礼いたします、先生」


 師匠が丁寧に告げて、扉を開けた。

 途端にむせ返る様な煙草の臭いが漂ってきた。

 師匠は臆することなく扉を潜り、俺を手招く。

 仕方なく煙草臭い家に入ると、そこには色々な薬瓶が並んでいた。


「ラギュ先生、此度の転移者の中に「剣聖」はいたようです」


 先に部屋に入っていた師匠の言葉に俺は驚き目を丸くした。

 それがGMのアバターと同じ姓であったからだ。


「……そうか。数百年続いた微妙な均衡も崩れる時が来たか」

「その職業の者が現れると何が起きるので?」

「分からん。この老いぼれも全てを知る訳では無いからな。だが、祖父は彼等が揃うのを恐れていた」


 俺は聞こえてくる言葉にくらくらと眩暈を感じながらも、二人が会話する部屋に入り込む。

 そこには年老いた男と師匠がいた。


 部屋の中は一層煙かった。

 棚には薬草を煎じたりする道具や、薬草だかをすりつぶす為の船状の溝のある置物と車輪みたいなのの両脇にハンドルが付いた道具とか置いてあった。

 後で師匠に聞いた所、薬現やげん薬研車やげんぐるまと言うのだそうだ。

 師匠が俺を連れているあらましを喋ると、この部屋の主、ダロスン・ラギュは興味深そうな様子を隠しもしないで話に相槌を打ち。

 それから俺に幾つかの質問をして来た。


「ほうほう、剣聖と言う職業にはそんな力が宿るのかね? 一目見てみたいが……会いに行くのは危険な相手だねえ」

「そう、ですね。ユーリ自体も危なっかしいですけど、その取り巻きがちょっと」

「苦労したようだね。だが、征四郎せいしろう君と出会えたのは運が良かった」

「それは思います、本当に」


 あのままじゃ、俺は遠くない未来どうにかなっていた。

 切っ掛けがなければ中々現状を抜け出せないと言う事実が、俺に圧し掛かってきそうだ。

 表情が曇ったのを気付いてか、ダロスンさんは話を変えた。


「しかし、君が弟子を取るとはねぇ」

「自分でも意外ですよ」

「人との関わりは否応も無く自分自身も変えて行くものだ。所で、少し気になる話を聞いた」

「なんでしょうか?」

「欲望都市と呼ばれるウーダー山地の奥にある歓楽街について聞いた事は?」


 欲望都市? 聞いた事もない名前だが、その響きから何処か不吉さを感じる。


「遊郭やらの集合体ですか?」

「いや、性欲のみならずあらゆる欲望の坩堝るつぼ、だそうだ。聖天教の司祭がしきりに批判しているとか」

「では、普通の歓楽街でしょうね。連中の言う事は――」

「それがそうとも言えん。欲望都市とは邪神が統べる街なのだ」


 邪神、またその名前を聞く。

 数日前に師匠が退けたロズワグンを思い出して、微かに身震いした。

 

「……邪神、ですか」


師匠の返答もどこか重い。


「うむ。彼等が揃い、聖天教が力を増す中、我ら不遇職……魔法職が生き残るためには邪神の力添えが必要だ」

「分かりました、欲望都市に赴き手を結べる相手か見極めて来ましょう」


 師匠は何処か食い気味にダロスンさんに返答した。


 ――これって、また会いたいんじゃなかろうか、あのロズワグンに。

 そんな事をひっそりと思っていると、村人の声が響く。


「せ、征四郎さん!! あんたに客だ! ちょっとおっかない、娘っ子だ」


 師匠は訝しげに眉根を寄せたが、尻尾とかあると言う追加情報に喜び勇んで駆け出していた。

 

「征四郎君は本当に好きだねぇ……」


 ダロスンさんの呟きに、俺も力強く同意の頷きを返していた。

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