第7話 弟子は師を越えるもの
無骨なフルフェイスヘルムも鎧と同じく黒く、二人とも同じ鎧を着ているから兵士だと感じたが……本当に兵士か?
この数カ月の間に出会ったどの国の兵士よりも凄味を感じる、これで兵士だって言うならその国はとんでもないんじゃないかと思える。
俺はアナライズのスキルは無いから、レベルが幾つかとかステータスが幾つかとかは分からない。
でも、今はそれに感謝している。
相手がどんなレベルであろうと、何の意味も無い事を今の俺は知っている。
「なんだ、あんたら……?」
俺への問いかけに、一人がくぐもった声で告げた。
「お前たちに敵意はない。見届け人とでも思ってくれればよい」
「そうかい。俺としては、そうですかって背中は向けられないぞ」
俺の言葉に一人が肩を竦めた様だが、攻撃の意思は無さそうなので、二人から少し離れて師匠と女を見やる。
「邪神の娘を前にあれほど平然としている男は初めて見た」
兵士の一人が師匠を評してかくぐもった声で呟くのが聞こえた。
俺に話しかけた方ではなかったが、兵士は二人とも、声が高い気がする。
――って、邪神の娘?
邪神と言えば廃課金向けのエンドコンテンツの一つ、迷宮都市の七邪神の事で良いんだろうか?
そうであるならば、廃課金者が群れなして戦う事を想定している裏ボスだ、とんでもなく強いんだろうが……邪神の娘?
思いがけない言葉に俺は動揺していた。
確かにこの世界はアビスワールドのような世界だけど、アビスワールドじゃない。
国の名前とかは大体同じだったが、NPC……ゲームのキャラクターと同じ名前の者は殆ど居なかった。
だが、それが世代交代の結果であると考えれば、アビスワールドその物が現実化して時が流れたと考えられる。
考えられるが……。
(存在しなかったデータが現実化して、子を成す? それってどういう事だよ……)
そりゃ、俺のアバターでしかなかったこの身体もデータに過ぎず、それが現実化したんだからNPCが現実化してもおかしくはない。
薄々は気付いていたけれど、こいつらの出現で俺はこの世界の歪さに改めて気付かされた。
俺の動揺を余所に、女はバットを握る様な構えを見せ、剣先を頭上で揺らしながら機を計っている。
一方の師匠もトンボの構えをこゆるぎもせずに維持し続けている。
「ロズワグン様には遣り難い相手だな。剣を打ち合うなりして合わせねば次の技に移行できないが、あれでは合わせようがない」
「確かに異なる構え……。刀使いは操者の中に何人か居た。でも、どれとも違う」
師匠の事をどの程度知っているのか分からないが、黒尽くめの兵士達に侮りは無いようだった。
聞きなれない名前や単語が出てきたが、今はそれらに気に掛ける余裕はない。
俺の動揺すら吹き飛ばす事態が起きたからだ。
焦れた女、ロズワグンと言う名か? そのロズワグンが斬りかかろうと動きだした刹那、師匠が遅れて刀を振ったのだ。
師匠の振り遅れかと驚いたが、更に驚くべき事は師匠の刃が先にロズワグンのソードを弾き飛ばしたと言う結果だ。
……あれが後の先とかいう奴なのか?
「神教剣術の『天』なる技に似ているな、美しい者よ。最も、更なる上の殺しの技があると見たが」
「一々美しい者とか言うな! ……しかし、何が鈍る、だ。腕が暫く使い物にならん打ち込みではないか……」
「気持ちの上では鈍るが、しかし相手が貴人であろうと、何であろうと技を鈍らせるなど愚の骨頂だ。……これで満足か?」
「……本来ならば、な。だが、このロズワグン、このままおめおめと引き下がるには若すぎる!」
腕が使い物にならないと言いながら、臆することなくそう言い切ったロズワグン。
あの打ち込みを喰らって倒れるような俺とは違って、いくらか受け流して力を逃しはしたんだろうが、腕も碌に動かぬと言いながら如何するつもりだろう?
師匠は再びトンボに構えて何を成すのか見極めようとしている。
ロズワグンのマントの裾から翡翠の様に美しい鱗を纏った尻尾が現れ出た。
焚き火の灯りを受けてキラキラ輝くその尻尾がマントを持ち上げながらロズワグン自身の口元へと持ち上げられていく。
その尻尾の先には何があるかと言えば、
「尻尾……っ!」
――何で其処でガッツポーズしそうな
って言うか。あんた、本当に好きだな!
尻尾が持ち上げた
空瓶を動く様になった右手で投げ捨ててから、ロズワグンは腰を落として構え、告げた。
「母様から受け継いだ
「無手技か? しかし、見るだけならば容易きことだ。私にその技の業を見事に叩きこめるかな?」
師匠は弾き飛ばしたロズワグンのソードが落ちた場所を一度確認し、それから眼前の相手を見れば、赤錆めいた色見の刃を鞘に仕舞ってしまった。
ロズワグンの構えはアビスワールドで見た事がある。
拳士と言う格闘家タイプの職業のオーソドックスな構えに見えた。
膝を折り曲げ重心を下げて、拳は顎や胸を狙える位置に固定している。
一方の師匠は……構えない。
棒立ちって訳じゃないけれど、腕を下げてロズワグンをじっと見据えていた。
その体勢のまま暫く対峙する二人。
そよそよと吹き抜ける風が、僅かに肌寒さを思い出させる。
緊張からか、寒さからか俺が僅かに身震いをした瞬間、ロズワグンが動く!
「喰らえっ!」
あのスキルの初動は一見して空手の正拳突きに似ているが、アビスワールドではド派手なエフェクトがついていた
素手系の最高威力のスキルだった筈……。
「師匠!」
俺の叫びを掻き消すように、ロズワグンが一歩踏み出すと同時に拳が青白く輝き、漫画の様にドラゴンの様なオーラが拳に絡みつき吼えた!
アビスワールドのエフェクトよりも何だか派手だが、笑い事じゃないのは確かだ!
「っ!」
刹那の瞬間、俺の目には、師匠の瞳と同じ赤土色の輝きを纏う大蛇が、ドラゴンの
「あれを防ぐか!」
「防ぐだけじゃない!」
少し離れた所で謎の兵士達が驚きの声を上げた。
それもその筈だ。
ロズワグンの拳を、師匠の指先が獲物を狙う大蛇の様な素早さでその手首を掴んで止めたのだから。
いや、そればかりか、掴んだ腕をそのまま持ち上げ、がら空きになった胴に密着するように近づいて肘を叩き込んだ、流れるような動作だった。
赤土色の大蛇に見えた物こそ、師匠の手指そのものだった訳だ。
「ぐっ……はっ!」
「……」
師匠は体を九の字に折り曲げたロズワグンを見据えるが、掴んだ腕を放そうとはしなかった。
「……儂は……っ」
「これは死合いか?」
師匠の問いかけには、刃の様な冷たさを含んでいた。
ロズワグンは無言のまま師匠の横腹に尻尾を叩きつけようと振るうと、流石の師匠もロズワグンから腕を放して後方に退がった。
息も絶え絶えにロズワグンは呻くように言葉を紡ぐ。
「母様から、受け継ぎし……技を」
「今の技はお前が母御から受け継いだだけの物ではないのか? 自身で創意工夫を成してこその技。母御とは違うお前だけの技にしてから参るが良い」
「……」
「敬愛すべき師を超えるは弟子の務め……等と言っているが、私自身越える事無く異界に渡った身……この様な物言いは滑稽な事この上ないな」
肘の一撃を受けた腹部を抑えながら、ロズワグンは師匠を見上げ、何か告げようとしながらその場に崩れ落ちた。
師匠は崩れ落ちたロズワグンに一瞥だけ与えて、何かを告げようとした。
そして、きっと言葉が出て来なかったのだろう、何も言わずに彼女の前から離れて俺の方へ歩いて来ると、待機していた兵士二人に声を掛けた。
「私達は去る、
「気付いてましたか、我らの存在に」
「そりゃ気付く。行こうぜ、ロウ君」
何処か疲れた様な物言いで師匠が歩き出すと、俺も急いでその後を付いて行った。
夜道を歩きながら師匠は手の平を握ったり開いたりしていた。
ロズワグンの一撃を捉えた手の平だ。
「痛むんですか?」
「痛いは痛いさ。血が滲んでいるもの。まったく、下手すりゃ喰らっていた……」
「圧倒的に見えましたが」
「言う程には差はないよ。ただ、工夫を重ねて来たか、教えられたままに鍛錬を繰り返したかの違いだ」
工夫、師匠は創意工夫せよと言った。
それにロズワグンに向けて放った言葉の中の、弟子は師を超える物と言う言葉も。
「君は私を師匠と呼ぶ。だが、私を超える気構えはあるのかね?」
「……分かりません。だけれども、俺は貴方の様になりたいし、もっと強くなりたい」
分らないままに、思った事を口にした。
すると、何処か痛ましげだった師匠が少しだけ微笑んで。
「期待しているよ。――期待していると言えば……先程の彼女とのやり取りで何かしら恋愛感情が発生しそうな感じは」
「すげぇ良い話っぽかったのに、凄く台無しになった気分です。ってか、あそこまでやっといて恋愛感情はないでしょう……」
「矢張りか……ああ、くそっ! 好みの美人だったのにっ! それに結構デカかったな」
何が?
……本当に人外娘が絡むと一気に馬鹿っぽくなるなこの人。
そして、それでも尚、武芸とかになると手加減できない不器用な人なんだな……。
俺は越えられるのか? 越えられずとも並び立てるのだろうか?
分らないが、やるしかない!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます