征四郎と邪神の娘

第5話 征四郎と言う男

 サンダードレイクを圧倒した征四郎さんに、俺は弟子にしてくれと頼んだが、弟子を取れるような身分ではないと断られた。

 だが、一緒に旅をする事に変わりはなかったので、俺は征四郎さんを心の中で師匠と呼び、その強さが何処にあるのか見極めようとした。

 師匠はレベルの事も含めて少し不思議な人だった。


 まず口調が時々古めかしくなるし、感情があまり表に出ないようでいて人外の娘を見ると結構分かり易い反応をする。

 強さは折り紙付きだが、滅多に剣を振るう事もない。

 強者の余裕なのか、怒りに任せて怒鳴ったり、喧嘩をしたりすることはここ数日の様子を見ても無かった。

 まあ、そんなにしょっちゅう喧嘩されてたら、困りもんだけど。

 ただ、割と頑固で俺の申し出だけは頑なに拒否を続ける。

 だからと言って、俺を避けたりもしないので、俺は安心して色々と言ってしまえていた。


 ……その師匠……征四郎さんが、今、オーガの前で土下座している。


 オーガはアビスワールドで言えばレベル50位のそこそこの強さを誇ったモンスターだ。

 レベル80を超えるサンダードレイクを圧倒した師匠がオーガに負けるはずも無いんだが、子供が人質に取られているのだ。

 俺も戦えたならば、子供の救出に俺が向かって師匠が戦うとかできたのに。

 そう思うと、自分の行動に嫌気がさした。

 そうだ、俺は自分の無鉄砲さで剣が握れない状況になっていた。


 師匠にどうしてもとせがんで、一昨日くらいに木の棒で稽古をつけて貰ったのだ。

 その際に、俺が持っていた木の棒を激しく打ち据えられた。

 腕、じゃない、持っていた棒を、だ。

 それで何が起きたかって言うと俺も良く分からなかった。

 どんな軌道か、どんな速度か見極めようとしていた俺は、持っていた棒に一撃貰っただけで地面に倒れ込んでいたから。

 棒に引っ張られたように俺は腹ばいに倒れていて、痛みを感じる間もなく近くに折れた木の棒が降ってきた。

 そこで、持っていた木の棒を打ち据えられたのだと初めて気づいた。


 両腕はじんじんと痛みを訴える。

 そればかりか、痛みと疼きが脈打つ様に両腕に走りぬけては戻って来るのだ。

 脂汗が浮かび、腕は熱をもって体がだるい。

 師匠が薬草を煎じ塗り込んだ包帯を巻いてくれている状況。

 身から出た錆だ、くそっ……旅の途中だったんだ! 危険なんて幾らでもある事は分かっていたのに……!

 一日でも強くなりたい一心で、俺は実力に合わない事をやってしまった。

 その結果が、レベルが1でも無類の強さを誇る師匠が、今はオーガなんかに土下座しているのだ。


 子供を助けてくれと言う数組の家族だろうと思われる旅の一団の頼みを聞き、オーガの根城に足を踏み込んだ俺達を、オーガは事もあろうにその子供達を盾に脅してきた。

 一応オーガには知能があり、人の形をした赤い肌の化け物だから武器も使う。

 背は大人の1.5倍くらいか。

 そんな奴だが、人質を取るなんて考えもしなかった。

 子供たちの泣き声が響く中、戦えない俺は蚊帳の外で自身の無力さに泣きそうだった。


 それらも愉悦である様に髭面のオーガは笑みを浮かべて、勝ち誇った様に無骨な剣を弄んでいる。

 振り下ろされれば大抵の物が砕けそうな剣だった。


「お前、殺して、子を食う」

「……子供は助けると言う話では?」


 師匠が静かに問いかける。

 するとオーガは笑いだした。何とも悪意ある笑いだ、歪で引き攣り聞くに堪えないような笑い。

 アビスワールドの悪趣味さがオーガを狂わせているように思えてならない。

 そんな俺の考えなどお構いなしに笑いながらオーガは手にしている無骨な剣を振り上げた。

 それが問いかけの答えだった。

 

「左様か」


 師匠は相変わらず静かに呟くのみだった。

 その間も額は地面についていたが、不意に金属が擦れる音が鳴り響く。

 頭を上げる師匠と反対に振り下ろされた剣。

 師匠の頭が砕けると視線を逸らしかけ、自分を叱咤して状況を見続けた。

 俺が視線を逸らしては駄目なんだ、と。

 すると、驚くべき光景が其処には広がっていた。


 振り下ろされた剣の切っ先は師匠の脇を掠めて地面を抉り……。

 

「……な、なに?」

「相手は刃を片手に身を低くしている、何故これで勝ち誇れるのか分からん」


 師匠が静かに告げる、あくまで静かに……しかし、あれは怒っている……

 数日の旅路で分かったが、師匠はキレると静かに怒り、全ての所作に凄味が増す。

 マジで怖い。


 オーガは訳が分からないと言う風に視線を下に、自分の身体に向けた。

 俺もまたその視線の先を追い、息を呑む。

 オーガの腹はいつの間にか一文字に裂かれて、真っ白で分厚い脂肪の断面が露になっていた。

 遅れて、はらわたがミミズが蠢いたかのように傷口から血液と共に零れ落ちる。

 鉄錆びた様な匂いと悪臭が広がった。


 師匠の左手には鞘が、右手にはあの赤錆めいた色見の分厚い刀身が握られていた、丁度水平に刃を振るったように。


 オーガは引き攣ったような表情を浮かべたが、それ以上は何もできなかった。

 その頭を真っ向から唐竹割りに師匠が切り裂いたからだ。

 赤錆めいた刃が煌めいたかと思えば、オーガの髭面を、分厚い胸筋と肋骨を、腹を断ち切り、その切先は地面スレスレで止まった。


「……っ」

「天誅などと、おこがましい事は言わん。貴様はただ、死んで行け」


 片膝を立てた体制で刃を振りぬいた師匠は、怒りすら無い平坦な声でそう告げたが、オーガはもう答えられない。

 体を縦に裂かれて、魚の開きの様に左右に分かれて背後に倒れると同時に、切っ先から赤い雫がぽたりと落ちた。

 

 

 こうして、オーガを倒して子供たちを助けた師匠は、子供たちを家族の元に送り届けるとお礼も受け取らずにすたすたと歩きだす。

 子供と一緒に此方を見送る数組の家族に会釈しながら俺も師匠に続いた。

 前を行く師匠に腕の痛みを堪えて追いつくと、先程感じた疑問を口にした。


「……子供、好きなんですか?」

「こちらに来る前は10歳になる姪がいた。戦場にかまけ過ぎ、嫁のなり手も無かった私には、子供の様な物だ。……その姪を思い出してね」


 それからぽつぽつと自分の事も話してくれた。


 数日がかりで聞きだした事を纏めると師匠もここではない世界から来たようだ。

 そこは日本に似て異なる国。

 東西に朝廷が立って260年、遂に統一された国は富国強兵に励んでいた。

 そこで軍人として働いていたが、諸外国の一神教と多神教の諍いに駆り出され数年戦場で暮らしていたそうだ。

 如何やら第一次世界大戦前後の文明レベルだった様で、戦場の話題では決まって塹壕ざんごうと重機関銃陣と大砲の話が出て来た。

 そして、突撃の話。

 そんな中、若い頃より磨いていた剣の技を振るってきたんだそうだ。

 師匠の習っていた剣技は、あのヤバいと言われている示現じげん流の源流の一つ。

 サンダードレイクの足を一撃で切り落としたのもトンボと呼ばれる構えによる斬撃なのだそうだ。

 トンボって言うと示現流だけど他にもあったんだな……。

 あ、でも、俺の世界の示現流とは違うのかな?

 

 どうも、話を聞いて筋金入りの剣士と言うのか、戦士と言うのか……レベル1でも納得の強さ……と言えるかな。

 まあ、何となく強い理由は分かった。

 銃弾飛び交う戦場で、白兵戦の時だけとは言えスコップやらを相手に刀を振っていたと言うくらいだから、ある種狂気じみている。

 でも、そうじゃないとあれだけ強くなれないのだろう。

 俺には、そんな強い意志があるだろうか? 分らない……。

 

 ともあれ、そんな師匠が国に戻って「何か」があって転移してきたらしい。

 その辺は言葉を濁すので良く分からなかった。

 ただ、何かを口にしかけて、すぐに止めてしまった。

 確か、黄衣の兵士を見かけたら……と言っていた筈だ。

 何のことかは分からない。


 結局ちょっとした付き合いじゃ、人の事なんてわからない。

 俺に行く当てもないんだし、強くなるためにも師匠について行こう。

 その為には、あまり阿呆な行動は控えなきゃなぁ。

 そんな事を考えていると、不意に師匠が口を開いた。


「何故に強さを求める?」

「強くないと自立できないんじゃないかって思えて……」

「それは物理的な強さじゃなく精神的な強さによるのでは?」

「そうだと思うんですけど、物理的にも強くなってないと不安なんです。こんな世界だから」


 師匠はその言葉に何を感じたのか一瞬黙った。

 そして……。


「腕の痛みもそろそろ引くだろう。そうしたら、少し戦い方を教えるのも吝かではない。基本的な戦い方を教える程度だが」

「十分です! 是非教えてください!」

「習った事を自身で創意工夫することが大事なんだぜ? まあ、こうやって旅をしているのも何かの縁か……」


 そう呟く師匠にガッツポーズを示そうとして、腕の痛みに思わずのたうってしまった。

 俺を見ながら師匠は、ロウ君は面白いねと人ごとのように笑っていた。

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