幼馴染からの自立
第2話 転移したての俺は……
アビスワールド・オンライン。
廃課金者向けのエンドコンテンツが蔓延る前から、大手の二番煎じと言われていたVRMMORPG。
俺は好きだったが、結局人気はあまり出ずに数年がかりで衰退していった。
運営は藁にでも縋る気持ちだったのか、廃課金者向けのトンでもアイテムを実装し始めると、加速度的に人は離れた。
バランスも何もあったもんじゃないアイテム達は、手に入れるとゲーム自体がヌルくなり過ぎて廃課金者にも不評になる。
そこで、運営は廃課金者向けの裏ダンジョンとボスを実装した。
課金しなくてもある程度遊べないと先細るだけなのに、運営は廃課金者の囲い込みだけに熱心だった。
まあ、良くあるサービス終了待ったなしのオンラインゲームだった。
そんなクソみたいなバランスのゲームが、ある日突然現実になるなんて思いもしなかった。
これがゲームから出られなくなっただけならば、まだ生きて家族に会える可能性もあったんだろうが、少なく見積もってもゲームが現実化したのだと、そうなった最初の一週間で思い知らされた。
ゲームのアバターである筈のこの身体は、今では俺の実体である事が色々と起きる生理現象のおかげで嫌でも分かったからだ。
もし、俺だけだったならば、如何なっていたかとも思ったんだが、今にして思えばあいつが居ない方が俺は自由に生きていただろう。
そう、あいつ。現実でも本当に幼馴染だったユーリ……。
一緒にゲームをやる程度には仲が良かったんだが、あいつはここに来てから全く別人のようになってしまった。
サーバーに一人だけ実装された『剣聖』と言う職業をガチャで引き当てていたユーリの、ここに来てからの戦いは圧倒的だった。
レベルも80後半と高かったし、アバターは現実のユーリと違って金髪の派手目の美女だったから、多くの連中がユーリを英雄と崇め、祭り上げていった。
最初の内こそ、ユーリも俺と一緒にこの世界に馴染もうと純粋な気持ちで戦っていた筈だが、何時しか自身の利益の為に戦いだした。
あまりに周りが持て
だから、少し度が過ぎているとユーリを諫めたんだが、そこから一気に俺の状況は悪化した。
実力が上の彼女は、何かと俺を馬鹿にするようになった。
そればかりか俺はユーリの使いっ走りのような扱いになり、周囲がユーリを
最初の内は、ここに来てから暫くは互いに助け合ってきたからと我慢していたが、遂には俺の人格まで否定しだした。
こうなってくると、一気に腹立たしさと苦々しさが増してくる。
でも、この世界はあの酷いバランスのアビスワールドにそっくりな世界だ。
ユーリの力無くして、俺一人で生きていけるんだろうか? そう考えるとユーリと距離を置くのも恐ろしかった。
今思えばうじうじと悩んでいたんだんだが、そんな時に師匠と出会った。
「ええと、君はニホンと言う国から来たのかな? 髪の色が黒く、肌の色が私と同じようだからそうかと思ったんだが……」
ユーリに使いっ走りをさせられていた時に、街で黒い髪の鋭い目つきの男に不意に声を掛けられた。
「そうですけど、日本をご存じと言う事は……」
「ああ、私は違う。この本で勉強しただけだから」
見た目から同じ転移者かと思ったんだけど、その人は即座に否定した。
示された古びた本には、この世界の言葉で『操者の歴史』と書かれていた。
「数百年前にやって来たと言う賢者が自分達の事を書き記した物だ」
「数百年前?」
「どう言う訳か、ニホンからの来訪者は百年前後の周期で一定数やってくるようだね。今回辺りの来訪が最後ではと研究者の間では言われているよ」
「これ、ですか? どれどれ……アビスワールドの第二世界に、当時繋がって居た者達は2877人。……転移者438人を今のところ確認済み……百年前後の周期で転移した者はこれで1388名に上り……」
少し難しい言い回しになっているが、確かに俺達に起きた現象を言い現わしていた。
第二世界はきっと俺も居た第二サーバーの事だし、転移者はプレイヤーについてぼかして書いたんだろう。
つまり、あの時に接続していたプレイヤー全員がこの世界に「飛んだ」と言うことか。
でも、何で百年周期とかとんでもないタイムラグが起きてるんだ?
俺はその本に興味を持ち著者の名前を見ると、それが知った名前で驚く。
そこにはラギュワン・ラギュと書かれてあった。
廃課金者向けに舵を切った運営に異を唱えていた第二サーバーのGMアバターと同じ名前。
ゲーマスかぁ……そりゃ、ある種のサポートとは言え運営側の人間だもの、ゲームの世界には詳しいから賢者とか呼ばれるよな……。
「今回の転移とやらでは、随分と強い人物がやって来たらしいね」
「……そ、そうですね、強いですね……」
「おや、知り合いかな? 都合がつくなら、ちょっとお話を聞かせてもらえたら」
「おい!」
突然第三者の声がかけられた。
あれは、ユーリのお気に入りになりつつあるスチュワートだ。
金髪のイケメンは険しい顔で俺と黒髪の男を睨んでいる。
「あん……? レベル1ぃ? 何だよ、プレイヤーかと思ったらモブか。ある意味似合いだな、ロウさんよ」
「モブ?」
ステータス確認スキルのアナライズで見知らぬ人のステータスも看破できるこいつは、すぐにレベルで人を見下す。
それにしても、この黒髪の人レベル1なのか……生きて行くの大変だろうな、この世界じゃ。
俺の思いを他所に、黒髪の男はスチュワートの煽りもあまり通じていない様子で首を傾げ、それから一歩退いた。
スチュワートが俺に用事があると踏んだんだろう。
「モブと話してねぇで、早くユーリ様の為に働けよ! トロくせぇんだよ、お前!」
「あ、ああ、分ったよ。……すいません、用事があるので、俺はこれで……」
「……」
俺はスチュワートの言葉に気圧された様に頷き、黒髪の男に頭を下げるとユーリの代わりにモンスターを狩りに向かうべく歩き出す。
低レベルのモンスターを狩るのは面倒と言う事で俺にお鉢が回って来たんだ。
男は少し黙って俺とスチュワートを見比べていたが、軽く頷いていってらっしゃいと片手を振った。
そんな俺をスチュワートはこれ見よがしに唾を吐き出して見送った。
街を出ると、すぐに背後から声を掛けられた。
「君、そちらに行くなら一緒に行かないか?」
「え? 貴方はさっきの?」
振り返れば、ボロボロのマントにクラシカルな洋服、それに目つきの鋭さと黒い髪が特徴的な先程出会ったレベル1の男が、片手を上げて立っていた。
この出会いが、俺の運命を大きく動かす出会いとなった。
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