第11話 12月27日
接客のやり方は店が開いてからすることになった。この提案をしたのは美智子さん。俺も彼女にこのやり方で教わった。
対象は常連の人たち。ほとんどが美智子さんの知人で、ぎこちない接客も笑顔で返してくれる。
「注文は以上でしょうか?」
「はい」
「では注文をご確認させていただきます・・・」
カウンター席に座っている人がほとんどなので、例え彼女が注文を聞き逃したとしても美智子さんが聴いているので問題はない。
それ以外のお客を俺が担当した。平日なのでそれほど人が来ない。せいぜい1時間に数人来るだけだった。
昼になるとお客は店内から姿を消した。日野さんの接客は時間と共に上達していった。今では基礎を完璧にマスターしてしまっている。
「2人ともお疲れ、お昼行って来ていいよ」
「わかりました」
「は、はい」
それぞれが今している仕事を済ませてから俺たちは奥に入った。
更衣室に入ってロッカーの中にあるカバンから弁当を取り出す。少し遅れて弁当と水筒を取り出した日野さんが俺の方を向いた。
「お弁当はどこで食べるんですか?」
「俺は基本ここで食べてる。夏場は店の裏に影が出来るからそこでで食べてる」
「そうなんですね」
彼女が更衣室内を見渡している間に俺は後ろに置かれているパイプ椅子に座った。椅子は二つしかないので彼女に横に座るように促す。
「座ったら?」
「はい・・・し、失礼します」
彼女が腰を下ろすと自分の膝の上に弁当を置いた。そこまで見届けてから作ってもらった弁当箱の蓋を開ける。
弁当箱の一段目はおにぎり3つが横に倒れて入っていた。両端には海苔が巻かれているが、中央に置かれたおにぎりだけは真っ白だった。
二段目はウインナーに卵焼きと王道のものから、昨日作ってくれていたハンバーグのスモールサイズが入っていた。ハンバーグには何もかけられてはいない。
作ってもらった弁当を一望すると手を合わせた。
「いただきます」
合掌して箸を手にご飯を摘もうとすると横から視線を感じた。弁当に向けていた視線を横に向けると彼女が横から弁当を覗き込んできていた。
しばらく俺の足の上に置かれた弁当を覗き込んでいた彼女は俺が見ていることに気付くと視線を自分の弁当に向けた。
「すみません、まじまじと見てしまって」
「何か気になるものでもあった?」
村上さんが作ってくれた弁当には特に目を引くようなものは入っていないと思うのだけど、彼女からしたら珍しいものでもあったのだろうか。
彼女に聞くと彼女は首を横に振った。
「いえ、秋原さんが作った弁当がよく出来ていてすごいな〜って思いまして。私は料理とかは全然なので」
「・・・何で俺が作ったと思うの?」
「あ!?」
彼女は口元を手で隠した。何か言ってはいけないことを言ってしまったと言わんばかりの顔をしている。
「実は昨日、面接に来たときに瀬戸さんから少し秋原さんについてお話しされまして」
瀬戸とは美智子さんの苗字だ。俺について話した?自分がこれまで美智子さんにどんな個人情報を漏らしたかわからない。だからこそ、どんな話をしていたのか聞く必要がある。もしかしたらとんでもない情報を漏らしていたかもしれないから。
「ちなみに美智・・・瀬戸さんは他にどんな事を話したの?」
「えっと・・・マンションで1人暮らしをしている事・・・彼女がいない事・・・あとは東海高校2年だと言うことぐらいですかね」
「そっか、ならいいや」
彼女がいない事は余計だが、美智子さんがあまり変な事を言っていないことがわかって安堵した。美智子さんは口が軽いので常連さんの一部が同じようなことを知っている。だから今更彼女に何か言うつもりはない。
が、一言あとで言おうと思った。
そう考えていると日野さんが何か思い詰めたような顔をしていた。
「秋原さんのことを知っているのに私のことを秋原さんが何も知らないのは不公平ですよね」
そう言うと彼女は姿勢を正した。
「
「高花女子・・・なの?」
「はい」
高花女子はこの付近にある男子禁制の女子高。学力は県内1、2位を争う程で、制服が可愛いと女子から人気のある学校だ。例え俺が女子でも偏差値が全く届かない。
「頭いいんだ」
「私はそこまでではないです。滑り込み合格みたいな感じですから」
「でもすごいよ!入れただけで」
「そう、ですかね」
彼女は照れ臭そうに頬をかいた。
彼女が話しやすい人で安心した。実は昨日の夜は不安で一杯だった。どんな子が来るのだろう?口数が少ない子だったらどうしょう?グレた子は来ないよね?、と考えれば考えるほど寝るに寝れなかった。
「そういえば・・・」
俺は口に入れたミニハンバーグを飲み込んでから彼女に聞いた。ハンバーグの味は昨日と同じで美味しかった。
「日野さんは何でバイトを始めたの?」
「ヘ!?」
そう聞くと彼女は弁当から目を離した。一度目を合わせたものの、すぐに目を逸らしてしまった。
「えーと、それはですね、その〜・・・」
目を泳がせながら返事を考えている彼女。もしかしたら聞いてはいけない事情があるのかも知れない。
「ごめん、今の質問忘れて」
「え!?あ、はい・・・」
残りの白飯を食べ終えると弁当箱の蓋を閉めた。そのままロッカーの鞄に戻して更衣室のドアノブを握った。
「美智子さんがお腹空かせているだろうから店に戻るね。ゆっくり食べてていいから」
彼女に一言言って更衣室を出た。ドアが閉まる直前に「わかりました」と声が聴こえてきた。
店内に戻るとカウンターでコーヒーを飲んでいた美智子さんがいた。他に客の姿はない。
「お昼食べた?」
「はい、店番代わりますよ」
「今日はいいの、さっき期限が近いケーキ食べちゃったから。それより琴音ちゃんはまだ?」
「まだ食べてます」
言葉を交わしながら彼女の横の椅子に座る。彼女の前にはコーヒーカップと白い皿、フォークが置かれていた。
「琴音ちゃんと何か話した?」
「そうですね、学校の事と個人のことを少し。と言っても日野さんはなぜか俺の個人情報をよく知ってましたけどね〜」
彼女の方を見ながら言うと横では苦笑いを浮かべていた。目はさっきの日野さん同様泳いでいる。彼女は逃れられないと思ったのか頭を下げた。
「バイトの子が来てくれて舞い上がり、つい、晴太くんのことも少し話してしまいました。ごめんなさい」
その言葉にため息が出た。
昨日来たLINEの文章からテンションが上がっていたことは想像出来ていた。その勢いで話したのだろう。
「まぁいいです」
「ごめんね、コーヒー一杯奢るから許して」
そう言うと彼女は席を立ってキッチンでコーヒーを作り始めた。キッチンからはコーヒーの匂いが漂って来る。入れ終わるとキッチンから手を伸ばして俺の前にコーヒーカップを置いた。置き終わると彼女はさっき座っていた席に戻って来た。
匂いを堪能しながらいれたてのコーヒーを舌で味わう。ブラックコーヒーの苦さにほんのりと出て来る甘さをどう引き出しているのかよくわからないが、少なくとも俺がいれて出せる味ではない。だから彼女がいれるコーヒーの味が俺は好きだ。
コップから口を離すと静かな空間に声を響かせる。
「そういえば日野さんって高花なんですね」
「そうみたい。最初聞いた時はびっくりしたよ、有名な女子高だから。受験しに行った時は校舎を見ただけでびっくりしたな〜」
「え!?美智子さんって高花出身でしたっけ?」
初めて聞くことに驚きながら聞くと彼女は首を左右に振った。
「違うよ。私は
青咲、正式名称は青咲学院。俺の通う東海の近くにある。ここからは青咲の方が少し近い距離にある。
「出身校を聞いたときにそのことを思い出しただけ。晴太くんは高花がどこにあるか知ってる?」
「はい、去年友達の友達が高花だからってことで招待券をもらって三人で行きましたから」
高花は警備の厳しい学校で、校門には大きな扉と警備員が常にいるので外部の者が安易と入れる場所ではない。また、文化祭の時でも生徒の名前が入った招待券がないと保護者であっても入れないことになっている。
「去年は何があったの?」
「催し物ですか?えーとですね〜・・・」
俺は去年の文化祭の様子を思い出しならが彼女に話した。
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