第455話 学園生達の戦い

「前衛!

 無理はしない!

 攻撃は、魔術師が引き受けるわ!」

「「おう!」」


 強靭なオーガの棍撃を身の丈以上の大楯を構えて耐え凌ぐ前衛役の学生達へ、指示を出すケニー・アッサム。

 彼女が率いるファーラシア貴族の子弟が集まった集団は、少なからずダンジョン探索を行った経験のある者ばかりであり、いまいち戦力になっていないミーティアの兵士以上に、街の東部を北から南へ進むオーガ浸透を防いでいた。

 しかしその分、彼女達の元へ殺到するオーガの数は増え続けており、戦況は徐々に劣勢へ傾きつつあった。

 狭い路地を利用して、籠城するだけであれば問題ないが、オーガ達に籠城を悟られれば、自分達を後回しにされるかもしれず、そうなれば最終的に孤立からの各個撃破の危険性がある。


「……本当に!

 ミーティア軍は役に立たないわね!」

「……そうですね。

 学生相手に援軍要請しておいて、放置とかどうみてもこういう事態を想定していなかったとしか思えません」


 ケニーの護衛として傍に遣える侍女がため息を吐きながら、主に同意する。


「最初から私達を利用する方針だったと言うわけかしら?」

「恐らくではありますが……。

 事が終われば、強い抗議を受けることになると思われます」


 各国の貴族子女が通う学園がある学術都市である。

 本来なら、膨大な軍事費を拠出して、精強な自衛部隊を賄うべき所を、あろうことか学園に通う貴族子女を戦力として数える方針だったと推定されれば、大問題なのは当然。

 しかし、


「……私達への連絡がかなり早かったものね」

「警鐘が鳴る前に連絡が来ました。

 口では念のためと言っていましたが、怪しい所かと……」

「各貴族の護衛がバラバラに動く危険を考えれば、事前に自分達の身を守る準備を進めて欲しいと言う要請も間違いではないのだけどね……」


 ミーティアの思惑が分からずに、困惑の主従。

 貴族ともなれば、自分の身は自分で守るのが基本ではあり、それに適した行動を取るのが自然。

 ファーラシアの貴族だと、戦線に赴くのが普通だが、或いは先に避難してくれと言う求めであった可能性も……。


 ……とにかく、事前情報の提供を行った点で、ミーティア側は順当な行動と言えるが、オーガ達の勢いを見誤った点が、致命的な失態である。


「理想的な形を想定するならばではございますが……。

 まず、私達には最優先で情報を提供して対応を取らせ、その邪魔になりかねない市民への情報提供は少し遅らせたのかもしれません」


 狭い路地があり、道が複雑に交差する街で、何の情報もなく警鐘に混乱する一般市民と、都市襲撃の情報を元に行動する貴族が同時に動けば、混乱に拍車を掛けるかもしれない。

 貴族でも時間と予算に余裕があれば、多少なりとダンジョンへ潜る経験を積むファーラシア貴族がおかしいのであって、大半の高貴な人間は避難を進めているのだ。


 外交問題に発展しそうな連中を馬車で、まとめて避難させて、その後を一般人が徒歩で避難するとすれば理に叶う。

 ……自国でもないのに戦線へ加わったファーラシア貴族を除いて。


「……まあ良いわ。

 相手はたかがオーガだし、少し耐えれば辺境伯家の従士が支援してくれるでしょう?」

「間違いなく、そうなるかと思われます」


 ファーラシアの貴族にとって、オーガはある程度見慣れた魔物である。

 ファーラシアの建国王が台頭した最大要因こそ、『鬼の祠』から持ち帰った強力なアーティファクトの恩恵であり、それ故に『鬼の祠』へ1度は挑戦するのが、貴族達の暗黙の了解となっている国だから……。 


 ドンッ!!


 そんなケニー達の甘い考えを見透かすように、強い爆発音が響く。

 音の発生源があるはずの北側に目を向ければ、空に向かって火柱が上がった。

 これは、


「魔術師系のオーガ上位種かしら?

 ……不味いわね」

「……はい。

 避難を開始しますか?」

「無理でしょ?

 現状で逃げ出せば、周辺のオーガに殺されるだけよ。

 辺境伯家の人間にも、あの火柱は届いたでしょうから、ギリギリまで籠城します」


 規格外の戦闘力を持つマウントホーク家の私兵を除いて、オーガ相手にタイマン出来る護衛を持つ人間はいない。

 そのマウントホーク家の私兵達もオーガ討伐に駆り出されているので、火柱の犯人退治に向かう可能性が高いだろう。

 ならば、各所に散らばるオーガとエンカウントする確率が高い、散開する方が生存率が下がるのは当然。

 

「……分かりました」


 目前の脅威から主を逃がす方を優先したい侍女だが、どちらの選択が正しいかも分からない状況故に、不承不承受け入れた。

 それが正解だと告げる声は、


「……あれ?

 ケニー?」


 場違いな程、幼く呑気なものであった。

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