第424話 ラロル皇帝のタウンハウス

 国を問わず領地貴族の大御所となると、首都に別邸を置くことが多い。

 それには様々な立場の人間の利権と思惑が絡み合った背景がある。

 王国としては財力のある地方貴族に、金を吐かせて自分達の治める首都圏の景気が良くなる点。

 首都の住民には、別邸やその関係者へ使える形での雇用口の増加と、各貴族私兵が首都に集まる関係での治安の維持。

 各貴族としては、王家や他の貴族との交流がしやすくなると言う利点。

 ……うちがファーラシア王都ラーセンに別邸を用意しているのも報連相の効率化が最大の目的である。


 そんな首都なら何処にでもある別邸の1つ。

 とある伯爵家のラロル帝国帝都タウンハウスへと、俺と娘達に、案内役の騎士を乗せた馬車が辿り着いたのが、昨日の夜分のことであった。

 そんな時間の到着にも関わらず、屋敷の管理をしている家宰には、温かく迎え入れてもらうことが出来た。

 ……まあ、この時点でかなり異常な話である。

 まず、夜分に馬車を迎え入れる貴族邸があることがおかしい。

 治安維持する兵士の負担を考えろとなるだろう?

 次いで、家宰が迎え入れる点。

 客として迎え入れるのなら、主足る伯爵が出迎えないのもおかしい。

 かといって、家宰の客なら本邸を使わせるわけがないし……。


 このように、不審な点だらけのラロル帝都での一夜は、翌朝早々に解消することになった。

 館の主だと言う男の自己紹介によって……。


「初めまして、ケビンズ・ラロルです。

 ユーリス卿には、ラロル皇帝と言った方が分かりやすいかと思いますが、いかがでしょう?」

「「「……」」」


 朝食会場に待っていた男が名乗ったのは現ラロル帝の名前。

 伯爵邸と言うカバーの下にあったのは、ラロル皇帝のタウンハウスと言う落ちだった訳だ。


「帝城では配下の目もありますので、こちらにお招きさせていただきました。

 ご不審を招いたことやも知れないことを謝罪いたします」

「「「……」」」


 そして、皇帝と言う肩書きに丸で似合わないような態度で謝罪されてしまった。

 さすがに想定外過ぎる行動に対応を見合わせるしかない俺達親子。

 ……一番困惑しているのは、多分俺だろう。

 何度か会ったことのあるラロル帝国の使者のほとんどが、上から目線の嫌な奴だったのに、その親玉である皇帝が彼らより遥かに腰が低いのだから……。


「辺境伯殿には、トージェン様からお言伝てが成されてみえるかと思いますが、我らラロル帝国の皇帝一族は、竜種の末裔でもあります。

 東大陸に拠点を置くセフィア眷属閥ラヘット様の傍系筋に当たります」

「それでトルシェからラロル帝国に敵意はないって、弁明が来たのか」

「はい。

 更に奏上を赦されるのであれば、ラロル帝国と言う形で独立してはおりますが、それも海を挟んだ距離にあるため、ラヘット様の意向を汲むのに時間を有する次第でして……」


 ……ああ。

 あくまでも、セフィア眷属に反意があるわけではないと言う弁明がしたかったのか。

 俺も結構な意趣返しの嫌がらせを繰り返したからな。


「……つまり、ラロル皇帝としてではなく、セフィア眷属の末裔として此処にいると言うわけだな?

 その上で、これ以上の敵対的行動をしたくないと……」

「はい。

 おかしな言い分に聞こえるかもしれませんが、ラロル帝国が同族であることとご認識を頂きたく」


 "同族"

 セフィア眷属に迎えられた真竜と言う情報でストップしていると言うことか?

 竜の末裔と真竜の関係上、格下だと認識しているが主だと言う認識はないっと。


「分かった。

 その上で本題に入っても良いのか?」

「はい。

 そのユーリス様がこちらに提供される利益は、グリフォンへの対応と言うことで間違いないのでしょうか?」


 ユーリス"様"ね。

 まあ、この場にいるのは目前の皇帝と俺達一家を除けば、帝家直属の侍従達だし。

 別段、問題ないと言えば問題ない。……のか?

 ……まあ良い。


「そうだな。

 そして、こちらが望む見返りが農業指導が出来る人間の移住だ」

「……」


 互いの立場に対する見解は、一端放置して今回の取引に関する内容に集中することにした。

 竜としての立ち位置で考えだすと、そもそも真竜である俺と竜の末裔の末端であるケビンズではまともに話せる立場じゃない。

 かと言って、竜の血を継ぐ目の前の男に人の立場を優先させれば、胃に穴が開くくらい負担になりそうだし……。


「……お応えしたいのは山々ですが、我が国の人間を送った所で、辺境伯家の意向に従う保証は出来かねます。

 それでも問題ないのであれば、手配しますが……」


 ……まあ、ファーラシア辺境伯の方が、ラロル皇帝より上である等と、竜族でもない一般人に言っても無駄だしな。


「そういう問題があるのか。

 ……確かに雨量も気温も違う土地での農業はな」

「……もちろん出来る限りのことはするように指示しますが、力が及ばなかった場合のリスクがありまして……」


 竜の末裔の更に末端が、真竜の要請を不意にしたとなれば、叩かれる可能性も高いか。

 ……ならば、


「純粋に移民を募った形にするか……。

 それであれば問題はないだろうし……」

「……確かに。

 では一族から配下を選定させていただいても?」

「まあ、まとめ役は必要だしな」


 元皇族が臣下となり、その皇族を慕う民衆が移住すると言う筋書きが立てば問題はない。


「それでは手配を進めましょう。

 ……グリフォン退治に連れていって頂けますでしょうか?」

「なるほど。

 名目上は俺の監視だな?」


 軍属の元皇族を俺のグリフォン退治の監視に出し、その皇族が俺の実力に感銘を受けて、辺境伯家へ転籍すると……。


「はい。

 書類等の準備はこちらで進めますので、それまでこちらの屋敷に滞在を願えますか?」

「分かった」


 こうして、俺の異国首都での数日バカンスと、ついでに不幸な目に遭う皇族が誕生することが決まったのだった。

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