第420話 ケース1 水問題

 俺達一行が最初に訪れたのは、西の山脈から元『赤の湿原』に流れ込む川辺に造られた村。

 入植から2年弱のため、正式な村名はまだない。

 魔物の脅威のあるこの世界では、入植中の村や町が消えることも珍しくないので、村名を得るのは運営開始から5、6年後が普通とのこと。

 その話を聞くだけで、この世界での開拓が多くの屍に支えられていることが想像できる。

 また普通は、新しい村を開拓すると言うのは、小規模な家柄では、"領主3代の夢"と言われるほどの大事業らしいので、"何処其処領の新村"で意志疎通が出来るから慌てて名付ける必要もないわけだ。

 対して、我が辺境伯家ではこの数年に20を超える村や町が新設され、今も増え続けているので、名無しは困る。

 なので便宜上は審査が通った順で番号が与えられており、一村いちむら二村にむらと言う具合の番号付けがなされている。


 そんな村の1つであり、仮名が五村ごむらとなる村にやって来た俺とマナ、レナにシュール。

 辺境伯家に置ける上層部の揃い踏みである。

 珍しいことに俺とシュールが揃って、ドラグネアを空ける事態だが、やむを得ない事情と言うのがある。

 これが領外での折衝であれば、外交担当の家臣の出番だが、領内の調整なので家宰が同行することになった。

 俺が軽く言質を取られるだけで、シュール達の仕事が倍増しかねないのだから当然の判断と言うわけだ。



「……と言う具合にこの村から流れる汚水の対応に苦慮しているのです」

「……そうは言われても」


 そんな俺達の前には1人の老人と蜥蜴男。

 老人は五村の管理を任せている従士の実家から送られてきた村長であり、リザードマンは元赤の湿原を開拓している亜人団の長である。


「……我々も生きていくのには金を稼ぐ必要があるのですが?」


 もう1人の当事者である従士も村長の肩を持つ。

 当たり前と言えば当たり前の話だが、


「せめて今の半分くらいまで油を減らして欲しいです。

 今のままでは油を除去する作業に人手が取られて、開拓が進みません!」


 リザードマンからすれば、五村関係者の話はどうでもいいわな……。


「……しかしどうしたものかね?」

「……村に支援金を出して、羊飼いを農家に転向させるしかないと思いますけど?」

「転向させるには指導役の農業技術者が必要になります。

 五村内にそれが出来る人間がいるかどうかが問題ではないかと……」


 俺のぼやきに、簡潔に答えたマナへダメ出しをするシュール。

 これはマナの経験不足と言うより、知識や体験を買える地球の感覚が残っている証拠だろう。

 金さえ出せば牧羊から農耕へ移行できるなら、多少の支援は俺達だってやぶさかではないのだ。

 問題は五村へ植民した人間達の中に、農業従事者がいないことである。

 流通網の脆弱なこの世界で、自分達の食糧を他村に依存する危険は分かっているだろうに、まともな農業を育てていないと言うのは、


「……我々は故郷では3男以下の男女ばかりです。

 農業へ従事する権利は与えて貰うこともなく……」

「「やはり」」

「……どう言うことです?」


 村長の説明に、頷く俺とシュールに対して、学生の身の上であるマナが分からないのも必然だろう。

 俺達だって、今の今まで想定していなかったのだから……。


「お嬢様。

 地方の小村等では最初に集落を覆う外壁が設けられ、その規模に応じて居住できる人数が決まっているのです。

 当然、耕せる畑の面積も決まっており、その土地を継承出来る人間も定まっていく。

 ……と思われるのですが?」


 マナに説明しつつ、村長へ確認を取るシュール。


「家宰様の仰られる通りでございます。

 我々の村で畑を管理出来るのは畑持ちの家の長男のみ。

 それを次男が手伝ったりしつつ、跡継ぎに空きのある家に婿に入れたりして対応しておりました。

 そこからあぶれた者が他の仕事に従事し、それも儘ならない人間は冒険者を夢見て、故郷を離れるのが常でして……」


 そんなシュールの確認に村長が頷いて、補足を入れていく。

 つまり、


「地方村では、農業に従事出来ると言うのはある種の特権階級と言うわけだな?

 そして、それ故に我が領への移民に農業従事者が加わることはなかった」


 と、俺が最後に要約を入れる。

 マウントホーク辺境伯領に移民として、移動するのを拒否られたと他の人間に言わせるわけにはいかないので……。

 しかし、完全な思い違いである。

 農業従事者と特権階級が結び付いていると想定出来ていなかった。

 俺だけでなく、シュールもな!


「……リザードマン達の陳情に助けられました。

 何で上手く回っていたんでしょう……」

「……それは辺境伯領が空前の好景気だからだろ。

 食糧を辺境伯領の都市に持ち込めば高く売れると、皆が知っているから過剰供給状態だし、競合に敗れた商人等がこういう村に食糧を卸して、羊毛を買っていくわけだ」

「……あり得ない」


 俺もシュールの嘆きに同意したい所ではある。

 普通、開拓初期の村が食料の生産をしないで維持出来るはずがないのだ。

 何処へ食料を買い付けに行く必要がある分、余剰コストが掛かるんだぞ?

 陳情の1つも挙げるのが普通なのだがね!

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