第377話 帝都へ向かう

「それで私に声を掛けたんだな?」

「ああ。

 シュールが言うように敵の本拠地に間違いはないからな」

「なるほど。

 効率重視のユーリスらしくない行動だと思ったが……」


 サザーラント帝国の中央にあるベルツ山の麓で、休憩することになった俺と付き添いのテイファ。

 身体を休める間の暇潰しに、改めてテイファに事情をした。

 もちろん、アリバイ作りだとは打ち明けずに……。


「シュールに感謝しときなさい。

 危うく何処かに墜落して、混乱を拡げるところだったんだし」


 そんな裏事情を説明することもないと、口をつぐんでいるが、テイファの苦笑気味な言い回しに内情は筒抜けだろうと思わされる。

 ……まあ否定は出来ん。

 サザーラント帝都に向かう途中で、文字通りの羽休めをすることになったミフィア状態の俺。


「そうだな。

 特に違和感を感じなかったし、このまま飛び続けていたら、冗談抜きで帝都に墜落していたかもしれない」


 距離的には十分起こり得る。

 仮に帝都墜落を免れたとしても、この山の南は集落が点在しているので、何処かの村に被害が出ただろう。


「魔力瘤は自覚症状がないからな。

 かと言って常に体内魔力の流れを監視する訳にもいかない」

「初めての経験だからな……。

 魔力を使い続けるとそんな異常が発生するなんて知らなかった。

 こぶが弾ければ、痛みになるんだったか?」


 セフィアの知識にも残っていないので、欠片も想定していなかった。

 まあ、骨だって長時間圧力を受け続ければ、疲労骨折するし、魔力と言う超エネルギーを特定の箇所で使い続ける不具合は想定するべきだった。


「……魔力瘤の経験がないってのも驚きだ。

 あんなの誰でも1度は経験するものだと思っていたが。

 姉上ならあり得るのか?」

「……まあ、セフィアだからな。

 魔力瘤が弾けてもすぐ直す程度の些事だったとか?」

「それはない!

 魔力瘤は神経の集まった付近でできる。

 瘤砕が起これば神経の集まった内組織がズタズタになるんだぞ?

 自前の魔力は使えないし、治療系の魔力を当てても悪化するんだ。

 爪と指先の間に細かい刺の付いた針を差し込んで、グリグリするような痛みを数倍に増幅したような感じだ。

 あの姉上に限って忘れるなんてあり得ない!」


 即治癒の些事かと思ったら、未経験と言う意味で言っていたらしい。

 しかし、


「具体的に表現するなよ!

 想像したら痛くなる!」


 今の俺は、翼の付け根にその魔力瘤を抱えているんだぞ?

 連日の長距離飛行の影響で!


「すまない。

 だが、幸い今回は回避出来るのだからシュールに感謝しておけ。

 しばらくは魔術を使わないように注意しておくように!」

「分かった」


 厳重注意もしっかり聞き入れる。

 爪が剥がれるだけでも結構な痛みなのに、それを遥かに上回る痛みを体験したいと思うほどチャレンジャーではない。

 ましてや、身体の中で魔力による暴発が起こるのだから、テイファの言うことが誇張表現とも思えない。


「さて、少し話を戻すか。

 サザーラント帝国の奇妙な動きだったな?」

「ああ。

 まるで自滅しようとしているかのように見える。

 物語とかだと、超冷徹な合理主義者の参謀による作戦とか、逆に貶められた高貴な人間による内部崩壊とかだったりするレベル」


 だが、それは後々の事情を語る必要のない物語だから成立するものであり、現実的ではない。


「物語ならそのクライマックスが、主役に取って最も幸せなタイミングだからな……。

 前者であれ後者であれ、後々民衆の手で惨たらしく殺されるのがオチ。

 ……まあ、自分や家族の命も含めて合理的な判断をするなら前者のような参謀がいる可能性は否定出来ない。

 しかし、後者はないな。

 自分を貶めた組織で、わざわざ返り咲こうなんて考えるほどの名誉欲に溢れた人間が、後から下々に糾弾される選択をするはずがない」


 なるほど。

 何でそれだけの能力があるのに、マイナススタートするんだろ?

 と思っていたが、名誉欲に駆られているのか?

 だが、


「名誉欲に取り憑かれた人間が返り咲こうと考えるか?

 組織のやり口や裏事情を知っているから、登り詰め易いだけじゃないか?」

「立場によって接し方が変わるのが組織だ。

 下手な先入観は失敗の原因だろ?

 内部崩壊を狙うほどの有能な人間がその程度のリスクを想定出来ないとは思えない。

 ならば、自身の名誉回復が動機だろう」


 ……それもそうか。

 別人に為りすます時点で、昔の情報は足を引っ張る可能性が高い。

 しかし、


「それだと結局自身の名誉は回復しないんじゃないか?

 だって成り上がったのは別人扱いだろ?」

「別人でも問題はない。

 高い地位に登り詰めたら、昔の自分を誉めれば良いからな」


 ……ただのステマじゃねえか。

 だが、それなら少なくとも内部崩壊説は除外で良い。

 組織を維持管理するのも、貶められた人間の目的の1つだからな。


「……確かに。

 それなら内部崩壊説は除外だな。

 現状に則していない。

 組織を内部崩壊させる以上は、破滅願望があるのが前提だ。

 やはり策謀家がいる可能性と馬鹿しかいない可能性の2択か。

 アイリーン派閥への接触は必須だな」


 両極端な仮説だから、どちらを想定するかで被害が違ってくる可能性が高い。


「……策謀家説も否定で良い気がするがな。

 どう考えても素晴らしい頭脳の持ち主による作戦行動じゃないだろ?

 無茶な作戦を納得させられるだけの立場にいることが大前提だぞ?

 それが出来る立場にいるのは、アイリーン皇女とその婿だけだが、どちらも世間知らずのボンボンだし……」


 ……そうか。

 無茶な作戦になればなるほど、犠牲になる人間の同意が得られない。

 シミュレーションゲームの駒じゃあるまいし、敵を誘き出す餌になれと言われて、承諾する人間がどれだけいるかと言う話だ。


「……アイリーンが天才的な謀略家でスーパースター並みのカリスマとかでもあれば別だろうな」

「ユーリスの考えすぎだったと言うわけだ。

 それで? どうする?

 わざわざアイリーン皇女に会う必要性もなくなったと思うが?」


 ……確かにテイファの言う通りだ。

 ここまで来て会いに行かないのも癪に触るが、現状では俺も本調子じゃないし、敢えて無駄な労力を割くのも……。


「無駄足を踏んだテイファは納得できるのか?」

「問題ない。

 最近ちょっとしたゴタゴタに巻き込まれていてな。

 こちらも口実に利用しただけだ」


 テイファが面倒がる騒動となると怖い所もあるが、言う気がないならテイファの裁量で解決できるのだろうし、敢えて聞かないでおこう。


「そうか。

 じゃあ、ニューゲートまで送ってもらうかな。

 ……あ!

 帝都上空を一周して欲しい。

 ここまで来たついでに布告しておくわ」


 純粋に無駄にするよりも、ついでとは言え、やれることをやっておいた方が効率的だろうし、下手な使者を改めて布告に出して捕らえられると勿体ない。


「屋台でパンでも買うみたいなノリだな。

 世界で一番軽い宣戦布告だと思うぞ?」

「気にしない、気にしない。

 第一、宣戦布告じゃないし」

「どういうことだ?」

「終戦してないんだから、何時攻撃を再開するのもこちらの自由だろ?

 今回はそれをわざわざ布告してやろうと言う優しさだ」


 言わずに奇襲しても、対外的な評価は悪化しない。

 むしろこれほどの猶予を与えたと良い評価を得られるはずである。


「優しさ?

 悪辣さの間違いだろ?

 莫大な賠償金と主だった上層部の人間の処刑が必要な以上、絶対に従うわけがない。

 それを事前に帝都へ布告すると言うことは、戦後の不満をアイリーン派閥の上層部へ向ける根回しではないか?」

「ただの自業自得だろ?

 それを周囲の人間にも分かるように喧伝するなら、優しさだと思うが?」

「……間違っちゃいないがな」


 より混乱させるのが目的でも、大義名分がしっかりしていれば、幾らでも取り繕えてしまう不思議。

 さて、世間知らずのお子さま達がどのような手を打つのか。

 高みの見物と洒落込もう。

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