第364話 疑心暗鬼と手段の補整
数日を掛けて、やって来た道も遥か上空を直線で結べば、僅か数時間程度。
ルシーラ行きは、近隣にあるサザーラント貴族の拠点を回るために、蛇行を繰り返したのだから当然の話だが、無駄な時間を浪費した気分ではある。
そんなことを考えながらも、どんどんと空を進んでいくと、不意に無数の明かりが見えてくる。
……馬車の旅だから詳しい場所感覚はないが、おそらくはハーダル伯爵領の南くらいだと思うし、サザーラント帝国軍で確定と見て良いだろう。
「……少し様子を伺っていくか」
重力を拒絶している力場に、更に相手の認知能力を歪める特性を加える。
視界には入っているが、それを認知出来なければ、気付けない。
自分達の上を黒い影が旋回していても、それが普通のことだと誤認すれば、俺の存在を気に留めない。
いつもの常套手段だな。
「……野戦の兵装のようだな?
やはり、ハーダルを攻めるのはただの振りか?」
攻城兵器がないどころか、相手側の攻撃を防ぐための大楯の類いも見当たらない。
つまり、城攻めの準備が出来ていないと言うことであり、ハーダル伯爵が籠城すれば、手が出せないと言うことでもある。
普通に考えるなら、ハーダル伯爵家を攻める振りをして、ファーラシア勢力に対する騙し討ちを狙っていると見るべきだろう。
「そうなると、サザーラント帝国全体を使った騙し討ち作戦か?
非効率の極みだとも思うが……」
実際、国土の荒廃は相当だし、貴族間の争いもかなりの死傷者を出しているらしい。
それだけ迫真の演技が必要と考えたのかもしれないが……。
「……違うな。
考えてみれば、ハーダル伯爵家を攻めると言う情報を出したのはトルシェだった。
ファーラシア勢を騙す目的なら、ハーダル伯爵から相手方の行軍情報がもたらされないのはおかしい」
ルシーラ王国訪問を早めた発端は、正月明けの直後にハーダル伯爵からもたらされた、アイリーン皇女軍がルシーラ王国侵略を企んでいると言う情報だ。
ハーダル伯爵の小飼が、アイリーン皇女の勢力内から持ち帰っていた情報だろう。
つまり、ハーダル伯爵の密偵が、向こうにいるわけだな。
よって、ハーダル伯爵とアイリーン皇女勢力が内通していたなら、現時点でハーダル伯爵家の伝令から、俺達にアイリーン皇女軍との紛争案件が伝わっていないのはおかしい。
攻城戦なんて、士気管理が難しいものを無駄に長くやる意味がないのだ。
やるなら、こちらがハーダル伯爵家の援軍に到着しそうなタイミングを狙うべきだろ?
……いや、それすら作戦に織り込んでいる?
ギリギリ間に合ったとかになれば、一部の人間は疑う可能性がある。
俺だって、嵌められていないか?
と不安になるし……。
「だから敢えて長期の攻城戦を演出する?
敵には三国志演義の方の諸葛亮でもいるのか?」
史実のイマイチ、パッとしない内政官僚じゃなくて、敵の心理すら手玉に取る天才軍師の方の諸葛亮孔明がいる?
……自国で焦土作戦みたいなノーガード戦法を使うような?
「それもないか。
それなら俺達に軍を差し向けるのはおかしい。
無駄に警戒を煽るだけじゃないか」
こちらを殺したいなら、帰りにハーダル伯爵邸へ寄るタイミングで包囲殲滅戦を仕掛ければ良い。
無論、帰国を伝える先触れの使者を拿捕しつつ……。
そうすれば、ファーラシア側の介入を遅らせれるし、場合によっては、俺の長期不在で混乱したファーラシア王国への逆撃の一手もある。
前提条件を間違えている?
ハーダルとアイリーンの間に密盟関係はない?
だとすると……。
もしかして、ルシーラ王国侵略の情報は密偵を炙り出すための出して良い情報か?
ならば!
敵はハーダル伯爵の目と耳を塞いでの、電撃作戦を狙っている!!
「ヤバいな。
ルシーラの情報が、密偵を炙り出すための出して良い情報なんて想像もしていなかった。
……いや、あり得た話だったか。
あの天然の要塞染みた国を陸軍で攻めるのは無謀だし、海軍は勝ち目がない。
どうせ勝てない戦いなら、情報が漏れても問題ないのだ。
なのに俺達は連中の非常識さに呆れて、完全に侮っていた……」
無能と舐めて、嵌められるなんてそれこそ物語の当て馬じゃないか!
……やむを得んな。
一気に挽回しよう。
まず、このままハーダル伯爵の元へ向かう。
その後、彼らに頼んでアイリーン皇女軍を逆強襲するタイミングで、ドラゴンブレスの援護。
大々的にハーダル伯爵が、ゼファート守護竜側に付くことを喧伝して、ルシーラ王国の手前までを占拠。
ハーダル伯爵を巫爵にして、彼の領地でサザーラント人の官僚公募や植民を行い、次世代以降の人間や現役でもあまり他国人へ偏見のない人間を、マウントホークへ回して貰う。
「変則的だが、これで行くか。
少なくとも自助の出来る人間なら手を差し延べられるし、再度戦争状態になったとすれば、敵地へ赴いての人身略奪も出来る……」
民間人を奴隷として、奪い去るので悪名はしょうがない。
折角、ゼファートの良いイメージを付けてきたのに……。
……ん?
「……よくよく考えてみたら、そこまでして非友好的人間を助ける必要もないな。
元々、俺がサザーラント人を助けようとしていたのは、ゼファートの善良イメージ強化策だし、放って置いてもミルガーナとアイリーンのイメージが悪化していくはず。
もちろん、イメージ戦略はしないと駄目だけど……」
危うく手段と目的が入れ替わるところだった。
……さて。
一番楽なのは、ハーダル領に学校擬きを造って、教育することだな。
重要な内容として、戦争の始まりはファーラシア混乱時に、ゼイム王国へ侵攻したサザーラント帝国軍であることを伝えれば良いだろう。
「後はハーダルに会ってから考えるか」
俺は決意新たにハーダル伯爵家を目指すことにした。
敵の奇襲部隊が迫っているので、そこまで余裕もないのだし……。
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