第363話 会談の後

 ルシーラ王ギンダンを名乗る王との会談は、2度に分けて行われた。

 招いてくれてありがとう。

 来てくれてありがとう。

 と、お互いに礼を言う公的な挨拶を行う謁見と、各種事務手続きを行う会議の2回である。

 ルシーラ側も現在のサザーラントの動きを掴んでいるので、夜会不参加はとやかく言わないようだが、こちらを省くわけにはいかない。


 謁見を断れば非常識の烙印を押されるし、ルシーラ王国が侮られる原因ともなる。

 対して、事務手続きはアガームや周辺国の滞在では必要ないものだが、交易量の少ないこの国では行わざるをえない側面がある。

 滞在によって発生する費用のどれくらいをお互いに負担するか?

 それも普段使いが出来ないファーラシア硬貨を持って行っても迷惑なだけだから、物品での支払いが原則だが、何が喜ばれるか?

 それらの調整が必要らしい。

 そこで、当てになるのがランタラン侯爵である。

 こちらの謁見中に、義理の息子と再会の挨拶と言う名目で、事前調整をしてくれている。

 それに加えて、


「砂浜などのない地形ですので、意外と塩が手に入りづらい環境です」



「国内に全くダンジョンがないので、ダンジョン産の魔道具類は喜ばれます」


 等と出国前にアドバイスさえ貰っている。

 外国と繋がりのある貴族が重宝されるわけだ。

 普通、内陸国から海のある国へ行くのに、塩を持っていく奴は、まずいないだろう?

 ランタラン侯爵からアドバイスがなければ、真っ先に候補から外していた。


 交渉の場に置いても、事前に調整してくれたお陰で、額面2割負担だが、実質は6割負担だと情報を得られた。

 こちらは滞在費として納めた各種物品が、ルシーラ王国内では、どれくらいの価格で捌けるかが分からないので、ランタラン侯爵がいなかった場合は、ルシーラ王国の言う滞在費用の8割はこちらで持ちますと言う言葉を鵜呑みにせざるをえない。

 しかし、ルシーラの相場に、ある程度の知見を持つ侯爵がいるので、ルシーラ王国も辺境伯家から納められた品々がどれくらいの価格で売れるかの概算を伝えて、結果的なルシーラ側の負担額が4割にしかならないと、事実の申告をすることになる。


 ……もっとも今回のような夜会参加メインで、条約を結ぶでもない滞在であれば気にする必要もない。

 負担額が多すぎるからと言って、持ち帰るわけにもいかないのだ。

 だが、ルシーラ側としては余剰分に見合う"土産"を、用意しなくては恥となるのも事実。

 同時に安っぽい土産しか引き出せなければ、辺境伯家の面子が立たないことも……

 ランタラン侯爵の分の滞在費用を、辺境伯家が持つとは言え、それに見合うだけの利益を出してくれているわけだ。

 ……ルシーラ王国との国交がある限り、ランタラン侯爵家の価値は下がらない。

 真似をする気もないが、こういう形で権勢を高める手段もあるのだと言う見本となる話だな。


「それでは私は、娘の家に滞在させていただきますので……。

 辺境伯殿。

 失礼いたしますよ」

「ええ。

 ありがとうございます」


 上手くまとまった会議の後。

 迎賓館入りをした俺とその他貴族や護衛を残して、ランタラン侯爵と彼に近しい人間は、侯爵の娘婿が当主を勤めるマストラ伯爵邸へ移っていく。


 今回の使節団に置ける彼は、ルシーラ王国との調整を担う窓口であり、半分ホストに近い立ち位置になるので、迎賓館ではなく伯爵邸に滞在する。

 そうすれば、ルシーラ王国側は気兼ねなく、辺境伯家こちらの情報を引き出せるし、それを与えてくれるマストラ家を重視するようになる。

 マストラ伯爵家内では、夫人の存在感が増して、その子供、つまりランタラン侯爵の孫の嫡子としての立場が安泰になると言う寸法だ。


「……後は頼みます」

「はい。

 マウントホーク辺境伯殿もお気をつけて」


 俺は俺で、ゲスト側の取りまとめをするランタラン侯爵の寄子子爵に後を託す。

 これから迎賓館の入り口に待つルシーラ王国騎士の先導の元、西側の峠の前まで護送を受け、峠の先に来ている事になっているミフィアに乗せられて、ファーラシア王国に戻ると打ち合わせてある。


 実際は、ルシーラ王国騎士団の馬車に待機しているミフィアと合流して、彼らの目が届かなくなるタイミングでミフィアモードの竜化。

 ゼファート領の国境で待つ侵攻軍と共にハーダル伯爵領に向かう予定だ。

 ルシーラ王国やハーダル伯爵とは親しくしたいが、俺達としては、ミフィアやゼファートの正体を隠す利益は手放したくないのだ。

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