第357話 ランタラン侯爵
「マウントホーク卿」
大池が、夫人と同行するために離れると、ほぼ同時に年配の男性が声を掛けてくる。
ルシーラ王国で行われる夜会に同行してくれる予定のランタラン侯爵であった。
「これはランタラン卿。
お世話になります」
「いえいえ。
マウントホーク卿に同行することで、私も孫に会える機会を得られたのですから、こちらこそお世話になります。
何せ、ルシーラ王国は遠いですからな。
私も娘の結婚式以来ですわい」
初春には、共に他国へ赴く相手だけに、にこやかに握手を交わす。
向こうも心得たもので穏やかに笑いながら、返答をくれる。
「と言うことはお孫様とは……」
「2度、娘の里帰りで会ったくらいですな。
ルシーラ貴族がファーラシアへ赴くのはともかく、ファーラシア貴族がルシーラ王国へ行くのは、サザーラントが良い顔をしなかったので……」
既に成人しているはずの孫と初対面かと、一瞬驚きそうになったが、こちらの機微を察したらしい侯爵に大丈夫だと気遣われた。
それでも、仲違いをしているでもない孫と、これまでたった2回しか会ったことがないと言うのは、気の毒な話である。
「そういうものですか?」
「ええ。
やはり内陸国であるファーラシアと海洋国家であるルシーラの交易は、サザーラントとしては面白くない。
特にファーラシア側の貴族が動けば、陸路に長けた商人がルシーラとの交易に参入するかも知れませんからな」
「なるほど。
馬車等の用意が難しいのですね」
「ルシーラ王国は木材も馬も不足気味ですからな」
……つまり、マジックバッグを貢ぎ物にすると非常に喜ばれると言うことか。
今回、侯爵が話し掛けてきたのは、その情報提供だな?
「海洋国家であれば、内陸との交流が少ないのもやむを得ない話ですし、木材や馬は国の広さの影響を受けますからね」
「そうですな。
時にマウントホーク卿はマーマ湖を介したビジームとの交易に際してお困り事などはございませんかな?
よろしければ、ルシーラの船大工等をご紹介出来るやもしれませんぞ?」
マジックバッグの見返りに、職人を紹介してくれるのか。
いや、この場合は仕事が少ない船大工に辺境伯領での仕事を提供して、ルシーラ王国側への恩と見ることも出来るが?
……ないな。
互いの距離を考えればルシーラ王国が恩を感じることは少ない。
船大工が、辺境伯領まで出稼ぎに来るとは考えられず、家族帯同の移住となるだろう。
ならば恩として受け取っておくべきだな。
一応、マーキル王国から招いた人間はいるが、数は全然足りていないし、こちらとしてもありがたい。
……しかし、ランタラン侯は西部に伝手を持つ外交閥法衣で、あまり関わりがなかったはずだが、えらく東部の事情に詳しいな。
有能な貴族の1人と見るべきか。
「それは是非お願いしたい。
しかし、よろしいのですか?」
「ええ。
こちらとしては紹介役としての役割を果たすだけですから」
紹介役……。
つまり、今後もルシーラ王国と連絡を取る時は、自分達を通せと言うことだな。
普通の貴族なら、直接やり取り出来るようになった後に、紹介役を通すのは余分なコストの発生でしかないが、
「分かりました。
よろしくお願いします」
資金よりも人材不足に悩む辺境伯家としては、実は渡りに船である。
「ルシーラ王国と連絡を取りたい時は、ランタラン卿の元へ手紙を送るようにいたしましょう」
「いえ、そこまでは……」
「そうすれば辺境伯家が、ルシーラ王国との交渉を引き受けるランタラン侯爵家の利益に、嘴を突っ込む気だとは誰も思いますまい」
落とし処を探るように、弱い制止を掛け始めるランタラン侯爵を一気に畳み掛ける。
向こうとしては、互いの妥協点を探って緩やかな利益を少ない労力で、得たいところだったのだろう。
まさか、バカ正直に最も金が掛かり、ランタラン侯爵家が大きく利益をする決着に、いきなり辿り着くとは思っていなかったはず。
まるで、ランタラン侯爵が新米辺境伯を騙したような構図だ。
……誰も気遣ってくれないし、それどころか俺が加害者みたいに言われる不思議だがな!
俺と勇者連中を交換してみ?
レンターやジンバルが、ランタラン侯爵に注意をするくらいのことはするぜ?
なのに!
俺が相手だと、ランタラン侯爵を貶めるようなことはしないでくださいとか、逆に怒られることになりそうなんだよな!
「それではあまりにだね……」
「我が家の人材不足を気に掛けて、いただくランタラン卿のご慧眼に感服しております。
私も卿のような思いやりを身に付けていきたい次第ですね!」
とは言え、長い旅路の同行者だ。
念のためにフォローも入れておく。
こう言えば当事者が納得しているので、周囲もランタラン侯爵を表立って批難出来んからな。
「……陛下や宰相殿が、卿の相手は難しいと言うのが良く分かりましたぞ。
我々とは根本的な部分が違いすぎる。
それがこちらからは分からないのに、卿はこちら側への理解が高い。
一方的に攻撃されているのと差して変わらん状況だ」
「そんなつもりはないのですけど……」
お手上げと言わんばかりの台詞を述べるランタラン侯爵にさすがにそれはないと返すが、
「……分かっておる。
今回は、マウントホーク家の実情を数字でしか見ていなかった私の落ち度だ。
後日、我が家から担当者を送るので事務的な調整をしてくれ。
それでは失礼するよ」
「あ、はい。
ありがとうございます」
最後の方は勝手に落ち込んで離れていった。
……何だったんだ?
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