第350話 社交辞令も使い方次第

「それは閣下に参加していただく夜会の招待状ですよ」


 ユーリカと話していた手紙。

 うっかり混じってしまっただろう招待状について、昼の間に俺が処理した書類の確認をするシュールに訊ねると、そのような答えが返ってくる。


「……参加するのか?」

「ええ。

 向こうも本当に招待を受けるとは思っていないでしょうが、今回は折角の招待状ですので、利用させていただきます」

「利用?」

「はい。

 ルシーラ王国へ赴くには、サザーラントの領内を通る必要があります。

 現在、サザーラントとファーラシア王国は停戦調停中ですので、ファーラシア貴族である閣下がサザーラント領内を通るには、周辺貴族の許可が要ります」


 まあ、当然の話だな。

 俺の護衛に辺境伯家の従士隊が付く。

 サザーラントの貴族から見れば、他国の軍隊が自分達の土地に近付く訳だし、侵略を警戒しなくてはならない。

 ……事前の通知は不可欠だろう。


「あいさつ回りって、余計なコストが掛かるわけだ。

 それを上回る利益は?」

「代官候補の大量獲得です」

「代官候補?」

「はい。

 閣下のご尽力により、候補地に街の器は設置出来ました。

 後は、人を入れて運営させれば、街として機能し税収が見込めることでしょう」


 なるほど。

 馬車馬みたいに働かされたのはそれが原因か。


「俺がダンジョンで稼いだ金が何処に消えたかと思えば……」

「それは事前に確認してありますよ?

 昨年末に出した外壁工事費用と住居建設費用に許可印もあります」

「……ドラグネアを大きくするためだと思ったんだよ」


 実際、ドラグネアは倍くらい広くなっていた。

 旧外壁の撤去と新しい外壁の設置で人件費が掛かったのかくらいに考えていたのだが……。


「あちらも一緒に工事をしましたけど、住居建設はしていないんですよ?」

「商人や貴族が許可を取って建てているんだな?

 だが、ダンジョンに引き籠っていた俺が経緯を知らんのは当然だろ!」

「その書類も出してます。

 申請者の調査書と共に!」

「却下する書類はなかっただろうが!」


 真っ当な貴族や商人ばかりで明らかにアンダーグラウンドの連中は、書類に混じっていなかったので、斜め読みで許可していた。


「普通は!

 ……いえ、よく考えれば当然?」

「どうした?」

「多くの貴族は問題ない人間達の中から、より利益の見込めそうな人間を優先していくんです。

 土地や予算には限りがあるのが当然ですので。

 しかし、閣下の場合は広大な空地に潤沢な予算ですから、吟味する必要がないのですね?

 その辺りの確認を怠っておりました」

「……まさか選別しろと言う思惑があるとは、思っていなかった」


 見事にスレ違っているな。


「ともかく、許可を貰いに行った際に、各貴族の縁者を代官として引き取ります。

 既に根回しは終わっていますので、閣下は内諾を得た相手の屋敷を訪ねるだけで問題ありません」

「……よくあの傲慢なサザーラント貴族がうちみたいな新興貴族の下に付いたな?」


 既に準備が整っていると言う手回しの良さに驚くが……。


「ガノッサ殿が良い働きをしてくださいました。

 彼を領地開発責任者に任命し、引き抜きを行わせたので、旧公爵家へのご恩を返すと言う建前を与えてやったら、あっさりと靡いてきましたよ」

「そんなに泥沼なのか?」


 ガノッサのサザーラントでの立ち位置は、言わば裏切り者である。

 それを建前にしてでも、避難したいと考えるレベルかよ。


「……アイリーン皇女派がおかしいんですよ。

 ライラック伯爵と言う愛国心が強い貴族の諫言を、戯れ言扱いして、伯爵を処刑したようです。

 そんな狂気の集団ですが、民衆の受けは良く帝都は彼女らの手に落ちたようです」

「そりゃ、民衆の受けは良いだろう。

 ポッと出の侵略勢力に反抗する皇族だからな。

 英雄譚の目撃者にでもなったつもりじゃないか?」

「でしょうね。

 支持層は下流民が大半みたいですが、兵士や民衆も末端は下流層ですからね」

「……だな」


 ……つまり、政治的な判断が出来ない連中の集まりっと。

 そりゃ、挙ってうちに避難したくもなるわ。

 ましてや上司は自分処の元公爵だし、状況次第じゃあ、その上司より出世も夢じゃないからな……。


「……分かった。

 俺はこの夜会に出席する方針で考えておく。

 調整を頼むぞ?

 ……それと上手く立ち回って、困っている人間を助けてやりたいんだが」

「……難しいですね。

 困っている民と言うのが、末端の民衆達ですが彼らはアイリーン皇女の支持者でもあります。

 北部の寒村くらいなら村毎引っ越させることも出来るでしょうが……」


 シュールの懸念も最もだ。

 辺境伯家で稼いだ金がアイリーン派閥に流れては大問題だからな。

 しかし、


「偽善でもやらんよりマシだろ?」

「分かりました。

 少し動いてみます」

「……頼む」


 シュールに無理を言うことになったが、レンターと話していた時の肩の荷は少し降りた気がしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る