第297話 辺境伯失踪
イルス・レッグが抗議に訪れて10日目。
レッグ家の次男は、ドラグネアとアタンタルの距離から、そろそろ辺境伯の指示が届くだろうとシュールに、個人的なお茶会をしようと要請した。
「そろそろユーリス卿から返事は来たか?」
「いえ、閣下は数日前から消息不明とのことです」
「はあ?!!」
開口一番に訊ねたイルスは、弟からあまりに非常識な返答を受けて絶叫する羽目になるのだった。
「どう言うことだ!
辺境伯ともあろう方が消息不明?
一大事だろうが!」
「……閣下の元には、ゼファート様の縁で派遣された真竜様がおり、閣下自身も真竜に匹敵する実力者と讃えられる方ですよ?
何かあるわけないでしょ?」
「いや、しかし!」
取り乱すイルスに対して、シュールは落ち着きはらった様子であるが、辺境伯家の常識は世間の非常識なのでしょうがない。
「大体、消息不明になるのが早すぎます。
使者を送って即座に、消息不明の返答なんてあり得ないでしょう?
現地調査が長引いているだけかもしれないし、変な報告を上げれば今後の出世に響くんですよ?
これは自身が介入することで大事になるのを、避けるための方便でしょう。
つまり、事を小さく片付けたいと言う遠回しな閣下の指示です」
こうして、見晴らしの良い平原に赴いて、帰ってこない上にその近辺に異様な大穴が有ったので、指示を仰ぎたかったアタンタル担当官の悲鳴は、ユーリスの日頃の行いによりつゆと消えた。
「まあ、普通なら調査報告書のような形で、具体的な指示もありそうですが。
相手が外国と言うことで、出身者の私に一任と言うことでしょう。
……堂々とサボれる口実を与えたようで、少し業腹ですね。
後日、少し面倒な案件を回して、懲らしめておきます」
何故か、やってもいない悪さで灸を据えられることが決まったユーリス。
日頃の行いは大事である。
「……まあ、下手に指示を記した報告書が残れば、更に拗れるからな。
マーキル本国をもう少し突っついてみる。
国としては良いかもしれないが、俺とレッグ公爵家としてはさっさと帰って領地運営に勤しみたいんだがな……」
辺境伯の恨みを買いたくないイルスが、フォローを入れつつ愚痴る。
「何も指示はないのですか?」
「ない。
マーキル王国とマウントホーク領は遠いんだぞ?
今頃、こちらから出した使者が国境に辿り着いた辺りだろう」
そもそもドラグネアとラーセンですら、馬を乗り継いでも4日以上掛かる距離である。
これはユーリスの資本力? で、大規模な一斉開拓をしたために、一定距離に町の再配置を行えたマウントホーク領の特色であり、『水晶街道』が非常に流れの早い道になっている理由でもあるのだが、ラーセンからマーキル王国への道はそんな便利には出来ていない。
馬を乗り継げるような距離に、町があるとも限らず、故に馬を全力で走らせるわけにはいかない。
「そういえば、そうでしたね。
ラーセンからグリフォスの方が、距離は遥かに近いのに掛かる日数は数日多かったんでした」
「国境さえ越えれば早いがな。
グリフォスへの影響力を上げるために、街道整備に臨時予算を出していたはずだ」
「そんなことをしていたんですね?」
「持ち主のマウントホーク家はあまり気にしていないだろうが、ジンバット王国との開発合戦になっている。
……将来を見越すのは当然と言うわけだ」
「……良いんですけどね」
あの地は将来、……マナの子供か孫の世代に独立させることになるだろう。
ファーラシア王国の東端と北西端では管理する旨味がないのだ。
それよりも後継争いになりそうなタイミングで、隔離先に利用した方が良い。
殆どの貴族がそう考えるし、ユーリス達もそうなると推測している。
「下手に所属を替えさせる真似はしないでくださいよ?」
「大丈夫だろ?
そんなバカはいない」
他国の者が自分達に優位な貴族家を興させるまでは良いが、あの地はファーラシア貴族のユーリス・マウントホークが解放した土地なのだ。
マーキルやジンバットに鞍替えさせようとすれば、辺境伯家は全力で妨害しなくてはならない。
その時に矢面に立つのは、将来生まれてくるであろうシュールの子供達。
兄弟で殺し合うような自体は避けてほしいと願うのだった。
「そういえば、その兼ね合いで親父がぼやいていたな。
マーキル王国の貴族で家格が釣り合う家は、レッグ家と相性が悪い家ばかりだし、かと言ってジンバット王国からシュールの嫁を宛てるのは避けたいって」
「……まあ、そうなるでしょうね」
『狼王の平原』解放前であれば、マウントホーク家の権力も知れたものだったし、その家宰だったシュールに宛がうのは、小飼の子爵や男爵家から長女とかを貰えば事足りた。
百歩譲って、『東南紛争』前ならその長女を高位貴族と養子縁組させて嫁がせることも出来た。
しかし、今や王家にも匹敵する権勢となったマウントホーク家の家宰になると、少なくとも伯爵家以上の血筋がほしい。
レンター程ではないが縁組みの難しい物件へ進化しているのだが、去年まで死ぬまで独身だろうと思っていたシュールの関心は薄い。
それよりも、
「これ以上の問題悪化だけは避けたいところです」
シュールの願いが目前の兄、そして、遠くマーキル王国の王族達の大半と共通であったが、その言葉が叶うとも限らないのが、組織運営の難しさであった。
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