第296話 抗議の使者
「それでご対応は頂けるのですか?」
ユーリスがアタンタルへ向かってから3日。
しかし、アタンタル活性化の対応に出向いたことを考えれば、帰城は数ヶ月単位で先だろうと予想されていたので、特段の心配をすることもなく、執務に励んでいたシュールの元に急を告げる使者が訪れた。
使者の名はイルス・レッグ。
レッグ公爵家の次男で、彼の兄であった。
「ですから、現在辺境伯閣下はアタンタルに出向いておられますので、その判断をお待ちくださいと言っているではありませんか」
「何を迷っておられるのか不思議でなりませんな?
所詮、獣人の配下でしょうに。
家宰殿の裁可ですむ話でしょう?」
「では、その原因となった任務を教えて頂きたい。
その上で判断をいたします」
「……」
「……一旦、お茶を用意いたしましょう。
宜しいでしょうか?」
「……ええ。
お願いいたします」
公のやり取りでは埒が明かないと、判断したシュールが水を向けると直ぐ様飛び付くその兄。
元から公式のやり取りでは解決出来ない問題だったかとため息を付きつつ、ソファーへ移動する兄弟。
「まったく勘弁してほしいぜ。
いくらお前と兄弟だからって、領地で補佐官やっている俺をいきなりマウントホーク家との交渉に出すか? 普通?
何のための外交官だっての!」
「それで何があったんです?」
メイドに出された茶菓子をお茶で飲み込んで、私的なお茶会と言うアリバイを作ると、同時に文句を吐き出すイルスに早く話せとせっつくシュール。
彼は兄と違って多忙なのだ。
「どっから話すかな。
……最近、お前ん所と獣人勢力の間を狐の獣人が頻繁に行き来してるだろう?」
「ええ、とある事業に彼らの力を借りたいので……」
『赤い湿原』開発を欲深な貴族に嗅ぎ付けられると厄介なので言葉を濁すシュール。
「それがマーキル王国としては面白くない。
当然だよな?
獣人勢力の躍進なんて冗談じゃないって思うだろ?」
「……まあ気持ちは分かりますよ」
マーキル王国の貴族にとって、獣人達の躍進は厄ネタでしかない。
元々王国騎士団に所属していたシュールとて、思うところはある。
しかし、利益第一主義でそのためなら、"先祖の因縁"何処か、"自分を不幸にした相手"にさえ、喜んで手を結ぶ主と行動していれば、その幼稚さに気付く。
ユーリスに感化されたシュールは、獣人と組むことへの忌避が下がっていたのだ。
「しかし、過去の話でしょう?
今や、長命で価値観の極端に異なるエルフやドワーフが、普通に爵位を賜っているんですよ?
彼らよりも価値観の近い獣人と、手を取り合っても良いのでは?」
「……。
そうだな。
親父達は何故、あんだけ嫌ってるんだ?」
弟の発言に耳を傾けたイルスも、同意を示す。
これはある種の世代間格差である。
直接、獣人の恐怖を味わっておらず、親達も親としてのプライドから、当時の恐怖を教えなかった悪影響。
『直に獣人に恐怖を感じている親世代』と『何となく獣人を嫌っている子世代』の差。
「とにかく、領地開発のために獣人達の手を借りるのは、必然に駆られての判断です。
撤回はいたしませんよ?」
「……問題はそれじゃねえんだよ。
グリフォスで野盗紛いに襲われなかったか?」
「確かに報告がありますが、……まさかマーキルの貴族の仕業ですか!」
先月の末に帰還した際に受けた報告を思い出す。
何処かの貴族の仕業だと思うが、それを調べれば抗議に無駄なコストが掛かるので、なかったことにしたい話だ。
マウントホーク家をやっかんだファーラシア貴族だろうと思っていたので、当事者達以外には話題にならない話のはず。
「警告を予て、1人を残し皆殺しにしたと思いますが?」
加えて、全て殺すより生き残りがいた方が、相手組織内で不満が募って、相手の弱体化に繋がると言うユーリス独特の発想もあるが、敢えて教えるべきではないと判断するシュール。
しかし、今兄から野盗と言う単語が出てきたならば、襲撃者の正体はマーキルの騎士か従士。
「やっぱり警告だったんだな……。
本人は逃げきったと思っているぞ?」
「……愚かな。
20人からなる軍人が、一掃されていて、何故自分が生き残れると思うのです?」
「運が良かっただけじゃねえ?
それよりも問題はもっと深刻だ。
殺されたのは、陛下の密命を受けた騎士達。
……お前の知り合いも多い」
「……」
兄の言葉に沈黙を返すしかないシュール。
それは、高位貴族の子弟が多いと言うことである。
「その内容は、獣人達をマーキルに連行して警告することだったらしいが、どうやら張り切ってしまったと言うことだ」
「普段、活躍の機会等ありませんからね。
しかし、いきなり剣を向けてきたと聞いていますが」
「武器を見せて脅そうとしたらしい。
そしたらいきなり攻撃されたと……」
「アホですか。
普段の騎士としての格好であればともかく、粗暴な格好でそんなことをすれば反撃されて当然でしょ」
「だよな……。
どう考えてもこっちが悪い。
しかも事を起こしたのがマウントホーク領グリフォス。
取り繕いようもない」
10歩譲ってマーキル王国内であれば、不審者を取り締まろうとしたと言う弁明が出来るが、マーキル王国の騎士と言えど、正式に名乗れない以上マウントホーク領では一般人でしかない。
「それでも謝罪の言葉を引き出してこいと?」
「高位貴族の子弟が殉職しているんだ。
賠償金も取らないとメンツに関わるし、犯人を引き渡せと言う要求もある」
「……」
「相手が獣人だから、最低でもそこまでしないと王家が貴族に怨まれる訳だ。
どうしたら良いと思う?」
兄の苦々しい顔を見て、沈黙した弟に更に、情報を出すイルス。
辺境伯の庇護下にあれば、マーキル王家は獣人相手でも抗議が出来ない。
それはマーキル王国が辺境伯に屈したなんて噂が立ちかねない大問題だが、
「もう貴族子弟の暴走で片付けましょうよ……。
少なくとも辺境伯家が折れることはありません」
折角、スカウトしたリザードマンに嫌われては堪らないので、受け入れられないと突っぱねる。
「そこを何とかしてほしい。
賠償金の倍額を別名目で払うし、犯人も逮捕はしたけど証拠不十分と言う名目で直ぐに返すから!」
ユーリス相手でも毅然と対応すると言う形にさえなれば、多少の損益も辞さないと言う。
国内へのアピールのために外面だけは取り繕いたいと言う事だった。
しかし、
「無理ですよ。
騎士達が襲ったのは、フォックレスト太守豊姫からユーリス様に貸し出された霊狐ですから、閣下の指示がなくては動かせません。
それにそちらを立てれば、獣人に不信感を与えることでしょう。
私自身もそれくらいなら、マーキル王国と疎遠になった方が利益が大きいと思っています」
「……」
シュールが反対したけど、ユーリスが許可を出したなら、誰も文句を言わないが、シュールが独断で動けば大問題になる。
此処で下手にマーキル王国の肩を持てば、自身の破滅だと自覚のあるシュールはきっぱりと拒絶する。
「……どちらにしろ、閣下が戻られませんとどうにもなりません。
それまでの時間で上手く解決するような手を考えてください」
「……分かった。
本国に連絡する許可をくれ」
「もちろんです。
私とて実家を苦しめたくはありませんし、閣下も望みませんでしょう」
数日とはいえ猶予が生まれた。
その時間を有益に利用してどうにか良い結論が出てほしいと祈るシュールだった。
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