第270話 策に沈めて

 冬夢がルガートに護衛されて、旅立って3日。

 俺は国境の街ルネイで、彼女がやって来るのを待っていた。

 同行しているのはマーマ湖の管理をしているはずの水侯とフォックレストの長である豊姫。

 ミーティアでマナ達と合流したら、ドラグネアには戻らず王都へ直行し、その途中で『赤い湿原』解放作戦を実行する予定なのだ。


 冬夢に首尾を確認したら彼女から数日遅れで、俺はミーティアに向かい、豊姫と麾下の霊狐達は一部従士と共に『赤い湿原』解放作戦の横槍を防ぐため。

 辺境伯領北部に展開待機。

 水侯はアタンタルに待機中の水霊達を率いて、『赤い湿原』へ向かう手筈になっている。

 本当は『夜の森』解放を優先する手筈だったんだが、マキナー伯爵家を追い落とすのと同時に『夜の森』解放作戦を決行するのは、辺境伯家がマキナー伯爵家を陥れたようにみえるので醜聞が悪い。

 かと言って、辺境伯領北部の民衆へ不満を持たせたまま年を越すのは避けたい。

 じゃあ、『赤い湿原』へ再挑戦しようと言う形へ落ち着いた訳だな。


「後は、冬夢がやって来るのを待つだけかな?」

「はい。

 ……しかし、態々手紙を運ばせるような真似をせずとも主様の力であれば、証拠も残さずに済ませられたのではございませんか?」


 俺の問いに答えた豊姫が、証拠つまり死体事消せば良いのにと尋ねてくる。

 その辺は、弱肉強食を本分とする人外所以の考え方だろうが、彼女は街を治め、人と関わることになるのだから、人間社会の機微を教えておこう。


「平の従士とは言え、貴族出身者が行方不明になれば、死体を残す以上に無駄な労力が掛かる」

「はあ……」

「絶対に見つからない相手を捜し続けるなど不毛にも程があるが、それでも周囲の目があるから誠実な対応と言う奴がいるのさ。

 ……そうだな。

 10人規模の捜索隊で1ヶ月程度が最低ラインだろう」

「……無駄ですわよね?」


 水侯の顔には訳が分からないと書いてある。

 そう無駄なのだ。

 しかし同時に、


「無駄ではなくなるのさ。

 私達には疚しいことはありませんと言う証明になるからな。

 ちなみにルガートを暗殺しても犯人捜しで同じような対応が求められる。

 素直にルガートを犯罪者に仕立てた方が効率が良い」

「……はあ?」

「……それはそれで疑われるのでは?」

「そのために冬夢の力を借りた訳だな。

 ルガート以外の全員が、ルガートは冬夢を護衛してミーティアに向かったと認識している。

 ……証拠もあるしな」

「「証拠?」」


 配下の2人が首を傾げるタイミングで、コンコンとノックが響く。

 ……豊姫の予想した通りの到着だな。


「入れ」

「失礼いたします。

 主様。

 護衛の任務中に私を襲ってきたルガートを返り討ちにし、その遺体をスギタ子爵家に引き渡しました」

「……そうか」


 北上してトランタウ教国経由のルートを通ろうとしたのか。

 ……面倒な。


「素直に北西ルートで向かってくれれば良かったんだがな」

「申し訳ありません。

 それとなく誘導したのですが、あの男にとって混乱から立ち直っていないスギタ子爵領が都合が良かったらしく……」

「すまない。

 冬夢を責めてはいない。

 護衛として行動しているはずの従士が、混迷中の領地を経由して目的地を目指したのだ。

 それだけでマキナー伯家を糾弾出来る材料にはなる。

 良くやってくれた」


 事前に今回の事情を話し、最も良い結果となるのがナカノ子爵領方面を抜け、グリフィスを経由するルートだと含ませていたせいで、ルガートへの愚痴を冬夢への叱責と取られてしまった。

 気の置けない危険な仕事に加え、その功績を表立って褒めるわけにもいかない汚れ仕事をやってもらったのだ。

 感謝こそすれ叱責等有り得ないと説明し、謝罪をしておく。


「後日、何らかの名目を立てて褒美を授ける。

 欲しいものを考えておけ」

「?」

「どうした?」

「高々、小物を1人始末しただけでございますが?」


 首を傾げる冬夢に問うと、あっさりとした返答が返ってくる。

 ……まあ、霊狐達とルガートの実力差を考えればそういう考え方も出来るが。


「只働きが当然になれば、健全な統治者ではいられないからな。

 遠慮なく受けとれ」

「……はい」


 報酬を受け取らせることで、共犯であると認識させると言う意味もないではないが、ルガートの方は既に辺境伯家へ攻撃していたので、今回の件をつつかれた所でどうってことない。

 それ故に忌憚ない意見を述べる。


「さて、お前に預けた物とルガートの持っていた手紙をくれるか?」

「こちらです」

「うむ」


 冬夢から引き取った2つの手紙を開封して、共にマナへの伝言であることを確認する。


「……スギタ子爵家の人間はこっちを確認したんだな?」

「はい」


 封を開けた形跡のある方を示すと冬夢が頷く。


「よし。

 これはこちらで処分するので、冬夢はこっちを持ってミーティアへ向かってくれ」

「たまわりました」


 これでルガートが手紙を奪おうとしたと言う事実のみが残り、他家の兵士を証人として引き込めるようになった。

 後は文句を言ってくるであろうマキナー家への対応だが、そこはシュールに一任で良かろう。

 従兄弟より辺境伯家への忠義を取ったと周囲に思わせた方が後々まで利益になるからな!

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