第217話 すり替え
「……まあ実際にロッグ伯爵が借換えをして利益を狙っているかは別問題だがな」
ナカノの嘆願から始まった騒動の話を聞いている途中で、嫁の回想の腰を折る。
「絶対に思っているわよ?
見るからに狸親父って感じだったもの」
「そうか。
それで結局はどういう対応をしたんだ?
聞いてる限りでもかなり回りくどいやり方だと思うが……」
「複数のテーブルを用意して、その間に衝立てを立ててお互いが見えない状況で各家の料理人にマヨネーズを作らせたの。
それを被験者として雇ったランダムな男性数人に食べてもらって2日ほど監視下にいてもらったわ」
「……」
それは議論のすり替えじゃないか?
食材由来の食中毒を料理人由来の物だと、思い込ませるための……。
何より、
「よくそんな危険な賭けに出たな。
ナカノ家の料理人が作った物を食べたヤツからも食中毒が出れば、言い逃れ出来ない状況だろうに。
それに加えて他家の料理人が作った物からも、1人も食中毒が出なければそれはそれで問題だろ?」
俺ならやらない類いの博打だ。
……料理に対する知識量の差かもしれないが。
「大丈夫よ。
ナカノ家は日本の中学生が当主になった家よ?
料理人に料理前は手を洗わせるし、卵も使う前に汚れを拭き取ると言うような基本は出来てる」
「?
手を洗うのは当たり前だろう?」
「日本ならね。
現代の地球だって料理前に手を洗わない国の人は少なくないわ。
気軽に水を使える先進国ならともかく、上下水道が完備されていない国の地方なんて、飲用ですらギリギリなラインだわ」
「……」
「ましてやここは異世界よ?
見た目に汚れていない手が実は見えない汚れでいっぱいなんて理解が及ばない」
……それなら勝算もあるのか?
「とにかく、その予想は大当たりだったけど……」
「……他所に招かれて料理が食べたくなくなる話だな」
ステータスで言えば、我が家の面々はこの世界の人間より恵まれている。
食中毒が細菌の毒素由来なら、毒扱いだろうから体力値が高い分だけ発症リスクは下がるが、気持ちの問題だ。
……地球でも中世から近代では傷口に馬の小便を掛けて、化膿を防ぐとかしていたな。
小便は腎臓で半透膜ろ過された水だから、そこらの川の水よりはるかに雑菌数が少なく、正しい対応だが多くの日本人は嫌だろうし、俺も嫌だ。
「これを機に衛生概念が広がってくれることを祈るわ」
「それが狙いか?」
手を洗うことや食材を洗うことを意識した人間が増えるのは利点も大きい。
「いいえ。
マヨネーズが簡単に広まったでしょ?
つまり卵を手にいれやすい環境なわけで……」
「……そのノウハウを奪う気か?」
「人聞きが悪いわね。
手伝った見返りに少し養鶏技術を教えてもらうだけよ」
「……広大なマウントホーク領なら養鶏向けの土地もあるだろうしな?」
「……卵かけご飯とか食べたくない?
今遠くから持ってこさせている卵は古いから、生食向きじゃないの」
……卵かけご飯か。
懐かしい。それならいっそ、
「どうだろう?
ナカノ家から物品で借金を取り立てると言う手もあるが?」
「さすがにかわいそうよ?
鶏が輸送に耐えられるかしら?」
そうか。
今、取り立てると言うことはジンバット王国からナカノ子爵領経由で持ってくると言うことだから、超長距離移送になるな。
ナカノ子爵家で繁殖させて、次代の鶏の方が安心だ。
「数年後に期待だな。
……醤油と米も探すか」
「それが良いわ。
なんかむしょうに食べたくなるのよね……。
そういえば、ユーリスならどうやってこの問題を解決したの?」
うんうんと頷いていると、不意に質問を受ける。
俺ならか……、
「お前のやり方に比べて稚拙で恥ずかしいが……。
ナカノに決闘を仕掛けさせる」
「決闘?」
「ああ。
連中はナカノ子爵家でマヨネーズを食べた後、もらったレシピで食中毒になっただろう?
ナカノ子爵家を嵌める目的で食中毒を偽装したと言い張れば良い。
勇者相手に決闘を挑むバカも少ないだろうし、賠償金で片付くはずだ」
お互いに証拠を実証出来ない状況なら、紛争に出来る。
後は声が大きい方が勝つだけだが、ナカノはロッグ伯爵の縁者だ。
……負けるはずがない。
そこで決闘と言う形に譲歩してやるわけだし、こっちは賠償金に加え、自分達の評判も上がって万々歳。
「早々と片付くが、マウントホーク家の取り分は一気に減る。
ユーリカの方が圧倒的に優れた対応だろう」
手放しで称賛する。
前提となる知識の差があるとはいえ、俺にはそれをやることが出来なかったのが事実。
知識の差も踏まえて称賛されるべきだ。
……ウチが得した分、ナカノ子爵家が大損被ったがそれは独力で解決出来なかった代償だろう。
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