とある一家の異世界転移

第210話 見付からなかった『何か』

　ガンツとの再会から２日後。

　俺は、再びガンツの鍛冶屋に来ていた。

　目的は別れの挨拶。

　アンデッド調査に使用出来る時間を使いきった以上はインバルに留まるわけにはいかない。

　あれからも調査に時間を費やしたのだが、これと言った結果は得られずに、王都へ向かう時間が訪れた。

　もちろん、個人としては解決するまで調査したいが、今回が戦争による遠征で終戦調停が終わった以上は、王都で凱旋式に参加しなくてはならない。

　冒険者であれば、時間と金銭の余裕の限りに調査出来るのだが、為政者となった以上はそう言うわけにもいかないようだ。

　この調査自体、巫爵を全員揃えるまでの猶予期間を転用したものに過ぎないのだ。

　…アンデッド達がもっと暴れてくれれば別だが、被害なく潜んでいるだけのアンデッドに割くだけの予算が確保出来ない。

　……予算。

　領主の働く時間は、実質的にその領地の財産であり、公務時間を割くならそれに見合うコストパフォーマンスを発揮する必要があると言うことだそうだ。

　暴れまわり被害をもたらす魔物の討伐なら領民の安全と領の安寧と言う利益で採算を取ることも出来るが、これが潜伏するアンデッドでは時間の浪費でしかないらしい。

「そうか。

　領主ってのも嫌な仕事だな」

　アンデッドを放置して王都へ向かう話を聞いたガンツに事情を説明してみれば、ガンツも眉を潜めて嘆く。

「全くだ。

　これでアンデッドの被害が出れば、お役所仕事だの、税金泥棒だのと言う不評を買うんだから堪らない」

　まあ、日本じゃ批判する立場だったがな！

「それで？

　すぐに立つのか？」

「ああ、明日の朝一で迎えの馬車が来るらしい」

「そうか…」

「なに、またすぐに会う機会があるかもしれん」

「……そうだな」

　勇者のパワーレベリングに参加したこの男は、鍛冶師としては圧倒的に高レベル。

　無論、レベルが鍛冶にどれ程の恩恵をもたらすと言う話でもないが、硬い特殊な鉱物を扱える数少ない技術者なのは間違いない。

　マウントホーク領でもゼファート領でも知名度を上げていくだろう。

　そうなれば公の立場で会うことになるかもしれないと思いつつ店を後にして、…一瞬目の前の親子に既視感を覚える。

　鍛冶屋の前を通り過ぎて行く母娘が、何処かで見たことがある気がしたのだが、…よくよく考えてみれば街中で聞き込みをしていたのだから、その時に会ったのだろうと思い直す。

「もう一度、ぐるっと街中を見て回るか…」

　母子に背を向けるように商人が多い路地へ向かうのだった。

　王国騎士と思われる男性を見掛けたマリアは、ジュディと共に早足に鍛冶屋の前を通り過ぎる。

　この辺りの騎士であれば、ボーク元宰相襲撃事件を調査している可能性があった。

　実際、ここ数ヵ月で変わったことはなかったか？　と訊いて回る兵士もいたと言う。

　下手に踵を返すのも不味いとジュディを強く抱き締めて、通り過ぎたが特に話し掛けられることもなく…。

「マリア」

「ヒッ！」

「どうした！　何かあったのか？」

　後ろから声を掛けてきた祖父の声を騎士と勘違いして悲鳴を挙げてしまったが、幸い騎士は逆方向へ向かった後だった。

「何でもないです。

　お爺様こそどうしたんです？」

「いい陽気だと散歩くらいに出ても良いだろう。

　それよりもジュディも顔色が悪い。今日は早めに家に帰りなさい」

「ええ。ありがとうございます」

　ベックの嫁であったマリアはこの街の豪商の１人と祖父、孫の関係であり、ボーク家に奉公に出たあともたまに遊びに来ていた。

　街の住人にとって、そこまで『特別』なことではなかったのだった。