第186話 ギュリットの野望
ファーラシア王国南部の要衝を治めるギュリット侯爵家は本来なら、ファーラシア王家の主君筋であった。
彼らは、現在のゼイム領とサザーラント帝国の一部を支配する大国の支配者だったのだが、ファーラシア王国とサザーラントの前進であるサウザンポート王国の中継地として、立地を生かすべく商人への重税を課して、商人の不満を買い困窮した。
ついには武力による弾圧を試みるも、商人ギルドが雇っていた傭兵団に敗北。
亡命した彼らは旧臣であるファーラシア王家を頼って、現在の地にギュリット侯爵家として存続を許された経緯を持つ。
そんな彼らは幾度となく、ファーラシア王家に干渉しようとして失敗してきたのだが、その度に旧主である立場で改易を免れてきた。
それで増長して行った彼らは、いつしか自分達は何をしても許されると勘違いを始める。
そして、何時ものように勢力拡大を狙っていた彼らが目を付けたのは、新興貴族マウントホーク家だった。
レンターを守って危険な旅を達成し、王国解放でも多大な活躍をみせた連中が、旨味の少ない東部の守護にまわされたのだ。
甘い言葉を囁いてやればすぐに自分達に靡くと考えたが、マウントホークはあろうことか最高の難易度を誇る『狼王の平原』解放に挑むと言う噂を聞いて、自分達を過大評価しているバカだと呆れる。
そこで興味を失えば幸いだったのだが、自分達のような失敗を期待していたマウントホークが解放に成功させてしまう。
……彼らはそれを裏切られたと感じた。
勝手に失敗を期待して、成功させたことを裏切りに感じられても迷惑だが、幾度となく失敗を重ねてきた彼らにそんな道理は通用しない。
彼らは口々に罵る。
きっと連中は卑怯な手を使ったのだ。
ならば、それは正義の味方である自分達が正さねばならないと。
そのひねくれた正義感は、現状維持に甘んじる南部諸侯の劣等感に支えられて暴走する。
その現れが、王家への介入なしの陳情であるが、それは受け入れられなかった。
そんな自分達の正義の行いであるはずなのに、何故かファーラシア王国やレッドサンド王国がマウントホークに味方する。
それはファーラシア王家が腐敗しているのだと思い込むのに十分なことで…。
それを正すためにも自分達は立ち上がるのが正しい。
侯爵のような身分に甘んじて"やる"ことももう必要ない!
これまでも幾度も独立を狙いながら、成功出来なかった歴史は都合良く忘れて彼らは立ち上がった!
ギュリット侯爵は自らをギュリット6世と名乗り、旧ギュリット王国の臣下籍にあった各貴族へ独立運動に加わるように密書を送る。
…滅亡したギュリット王国の最後の王であるギュリット5世の正統な後継者であると内外に宣言するわけだが、これでファーラシア王国は彼らの助命をする必要もなくなるのだと喜ぶ。
このような暴挙に出ずとも、どちらにしろギュリット侯爵家は断罪するが、侯爵家のままであれば他の地域で男爵家として残す程度の配慮が必要だっただろう。
しかし、自らその道を断った。
…城壁の上に立つギュリット6世の眼前には、ドワーフの重装兵に王国の正規兵、そしてマウントホーク辺境伯家の親衛隊。
3つの軍がそれぞれに別れて、戦闘準備を整えている。
装いの違う兵達だが、掲げられた旗は1つ。
…『盃を抱える白竜』
戦意に満ちる相手の兵およそ4500に対して、自陣には怪我で包帯を巻いた兵が多く、無事な兵でさえ足取りが重い。
ラガート領侵攻時に竜の襲撃を受けた傷兵は800人ほど。
これが戻ってこれた兵のおおよその数であり、元の2500から半分以下に兵数を減らしていた。
急いで他の地に留まっていた兵を呼び集めたものの、その総兵数は2000に満たない勝ち目はなく降伏を願い出たが。
…降伏の使者は受け入れられなかった。
ギュリット6世を名乗った時点でギュリット家に対する義理は解消したとあしらわれ、今は籠城して、ミッドナー元儀典長がサザーラント帝国の援軍を連れてくるのを待つしか選択肢がない状況に陥ったのだった。
彼らが来れば、サザーラント帝国に亡命して貴族として生きていけると夢想する。
その時は、正義の味方である自分達を受け入れなかった目前の兵団司令官を拷問に掛けて殺してやると暗い憎悪を滲ませていたのだが…。
不意に1人の兵士が隊列からはぐれてこちらに向かってくる。
奴らの兵の中にもどちらが正しいかを弁える優れた人間がいたかと都合の良い妄想に耽るギュリット6世を余所にその人物は剣を高々と掲げ…。
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