第175話 宗教自治区

 南部を統合することで発生する膨大なリスクをどうするかを問えば、既に腹案ありと答える。

 その内容がまともであることを祈りつつ、耳を傾けることにした。


「先生は今回竜として大暴れをしてください」

「手紙でも言われたが、それをすれば王国やマウントホーク辺境伯家が侮られる原因になるだろう?

 …竜の力を借りた者と言う評判は」

「なりませんよ。

 ユーリス・マウントホークは竜の盟友であると噂を流し、彼の頼みは断らないと言う風評が立てばそれは、先生と竜がほぼ同じであると言うことです」

「…一理あるな」


 虎の威を借る狐ではあるが、その狐は虎を使役しているので問題ないわけだ。


「その上で、王国と先生の盟友の竜が契約を交わします。

 南部の土地を献上する代わりに王国の守護者となると言う形で…」

「1人で2役やれと言うのか?」

「守護竜領はこちらで全て管理しますよ?

 南部の土地からは税金を受け取るだけで良いわけです」

「それを東部に投入できるな!」


 それはありがたい。

 不労所得万歳だ。


「しかしそううまく行くか?

 王国の人員や予算だって有限だぞ?」

「それを解決するのが新たな役職です。

 ボーク侯爵家などのこちらに味方した勢力を統合して複数の新しい貴族位を定めます。

 それらは従来の侯爵家より遥かに大きい領地を運営しますが、それはあくまで守護竜の代理人です。

 そこで発生した税は王国ではなく守護竜に納められます。

 そして、街道整備等の依頼は別途王国に依頼料を支払って行ってもらう」

「…悪くない案だな。

 税負担が減った分、自力で領地の運営がしやすくなるから、王国が担っていた負担の何割かをそれぞれの家に任せられる。

 その分、貴族達の力は増すが俺が抑え付けるだけ良い」


 暴走した家は、守護竜本人とその契約者である王国に加え、盟友マウントホーク辺境伯家の3つを相手取ることになるので簡単に捻り潰せる。


「その際に選定しているのが我が姉を当主とする筆頭家とボーク侯爵家。残りは今回の戦いの結果からになるでしょう」

「なるほど。

 …ミネット王女は承諾するか?

 マウントホークに嫁ごうと結構画策してただろうに…」

「今からでも娶りますか?

 それなら南部との争いが決着する前に結婚して子供が生まれるまで進んでほしいんですが?」

「物理的に無理なことを言うな」

「私達からしたら『狼王の平原』解放も同じようなものだったんですよ?」

「俺から見たら全然違う」


 力さえあればどうにでもなる領域解放とタイムマシンでもないとどうにもならんレベルの超現象を一緒にするなと言いたい。


「まあ冗談はこれくらいにして、正直な話ですよ?

 先生が南部も引っ括めて、公国を作り大公位に着くなら姉上を正妻としてもらうのが1番です」

「……正統性か?」

「はい。

 英雄に王女が嫁ぐのではなく、王女が嫁いだ者が英雄になるんです」

「王家の権威に公国の正統性と貴族の反発抑止。

 八方が丸く収まる。……ように見えるな」


 物語なら英雄とお姫様は末長く幸せに暮らしましたっとでもまとめれば良いが。


「はい。

 まず王家の血を引いていないマナ嬢とその母親であるユーリカ夫人の問題。

 ユーリカ夫人は一旦離婚してもらってから再婚して、マナ嬢は婚外子となってもらわないといけなくなります」

「マナ本人よりウチの配下が激昂すると思うぞ?」

「魔狐達ですよね?」

「ああ。

 アイツら止められる護衛がいないとミネット王女は…」

「命がないでしょう。

 更にそこを凌いでも…」

「俺とミネット王女の子が次期ファーラシア王に相応しいと言う勢力が現れて、それに反発する勢力が動く。

 その時に命を狙われるのも」


 俺が死んで公国が混乱するのは誰もが避けたいのに対して、


「姉上です。

 結婚したと言う事実さえあれば、姉上はいない方が都合が良い。

 マナ嬢を姉上の養子に縁組みすれば、公国は安泰で…」

「王家の血が入っていないから、王国も掻き回されないで済む」


 現実はそんなものだな。

 英雄に嫁いだお姫様が幸せになれる未来はまずない。

 王国からしたら、嫁いだと言う『当代の絆』はほしいが、英雄とお姫様の子供と言うサラブレッドはほしくない。

 よくて不妊用の薬を盛られた状態での嫁入り。

 悪ければ事故死ってところだろう。

 特に事故死したら英雄への圧力も掛けやすいし、『王女の死を嘆く英雄』は領民のウケも良くて万々歳だろうな。

 大公位の場合はこれだ。

 対して辺境伯位なら、国境の守りを司る忠臣への『褒美』と言う建前を通して側室で嫁げるし、そこで子供が生まれても、『褒美』で差し出した娘が生んだ子供に過ぎない。

 子供が成人したら、その子の赴任地に付いていけば死ぬまで安泰だ。


「そういう流れで姉上は説得します」

「分かった」


 聡明な彼女が自殺紛いをするとも思えんし、そちらは任せれば良いだろう。


「それで新しい爵位ですけど…」

「好きにすれば良いんじゃないか?」

「先生の代理人ですよ?」

「それはそうだが…。

 …巫爵(みこしゃく)で良いんじゃないか?」

「巫女、…シャーマンですか?」

「分かりやすいだろ?

 竜なんて精霊みたいなもんだしな!」

「……ではそうしましょう。

 後は……」


 少し考え込んだが、納得したらしいレンターが他の案件を持ち出す。

 こうして幾つかの打ち合わせを終える頃には日が傾き、俺は王都別邸で1泊することになるのだった。

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