第139話 思い上がり
「ヤバい! ヤバい! ヤバい!
…っと! セーフ!」
突如として顕れた水の竜巻に小舟ごと巻き上げられた俺は、命の危機を感じつつも竜化に成功したのだが。
空から眺めると湖の一部が盛り上がり、巨大な竜が現れるのが分かる。
俺と同サイズの竜は、こちらに向かって口から水を吐き掛けてくる。
「いきなりかよ!」
速やかに旋回して竜の背後に回るのだが、反るようにしてこっちへ向き直り、輪郭が歪むと下側に合った角や眼が上側に戻る。
「スライムか? それとも魔術?」
「ガアァァ!」
「威嚇かよ! フウゥゥ。ガアァァァ!」
あちらの咆哮により大きな咆哮で応える。
それを受けた相手はドサッと言う音を立てて水になる。
「鬼が出るか蛇が出るかってフラグの回収かねぇ?」
湖面付近まで降りた俺の周囲に人型スライムの群れ。
一斉に平伏する様は圧巻だが…。
「竜の君への無礼をお許しください」
最前列の娘が謝罪を口にするが、どちらかと言えばこれは俺が起こした騒ぎである。
「こちらこそ悪かったな。
歌が聞こえたので、念のために戦闘準備に入った」
と言うことにしておく。
どうせ心の内は分からないのだから。
「重々申し訳ございません!
竜の君より施しを受けましたので、歓迎の歌を歌ったつもりでしたが、それがお気に召さなかったとは!」
「不幸な行き違いだ。気にするな」
罪悪感を誤魔化して笑う。
脅すつもりでしたとは言えん。
「ありがとうございます」
「それでな。
これから俺がこの湖の支配者となるのだが、敵対する存在がいるかを確認したい。
念のため訊くがお前達は?」
ストレートに聞いたが互いの顔を見合わせながら困惑する。
いきなりやって来て、俺が支配者だなんて何処のバカだと思うわな。
…それが通じる豊姫達がおかしいのだろう。
「……恭順致したいのですが、この湖は古くからサーペントと我らアクアディネが争いを繰り返しています。
サーペントと同じ竜の系譜に連なる方を主と認めるのは…」
この湖は魔物同士の争いの舞台でもあるのか。
…不味いな。
両方を恭順させても、互いが敵愾心を向ければ自然と争いになる。
その度に調停していては、統治コストが跳ね上がるぞ?
上杉謙信と武田信玄の争いとかでも割に合わないと室町幕府が放置しただろう?
ここが戦国時代の川中島なら、放っておいても良いが交易路として利用したい湖である以上は絶対に調停しなくてはならない。
その度にコストが掛かるわけだ。
ましてや小競り合いの余波で商船が沈没でもしたら、マウントホーク辺境伯家の信用に関わるし。
ここは、
「それではお前らに助力して、サーペントの駆逐を行おう。
それでどうだ?」
「「「……」」」
下手に両方との共存など考えるから難しい。
ならば知能が高いアクアディネ達を従え、動物に近いサーペントを追放してしまうのが一番だろう。
「……本当に宜しいのでしょうか?」
「お前達が臣従を誓うならな」
「……しばらく相談しても?」
「そうだな。
崖が崩れて斜面になっている所があるだろう?
その辺りで待っているので決まったらやってこい」
こちらの制限時間も乏しいので仕切り直しは有難い。
「賜りました」
「それではな。
良い返事を期待している」
空に舞い上がり、『狼王の平原』方面へ向かう。
どちらかに肩入れをして、もう一方を排除する。
決して誉められた対処ではないだろうが、物語じゃあるまいし、対立する勢力の両方が満足する結論などありはしないだろう。
一時的に和解してもすぐにぶつかるのが目に見えている。
地球でも双方へ良い顔をした結果、百年単位の歪みを産み出した事例は両手に余る。
仮にサーペントが先住民であろうと、アクアディネへの肩入れを優先する。
勝手な思い上がりではあるが、そうした方が利益が大きいのだからやむを得まい。
……交渉が決裂すれば、サーペントを使役する方で動くべきだし、アクアディネ達と戦う用意もしておくかね。
「そこは伯爵達と相談して決めよう」
交渉の場で一網打尽に出来れば良いがしくじればゲリラ化しかねない。
その時はサーペントを上手く手懐けないと危険だな。
最悪は双方と敵対すること。しかし、同じくらい双方と友好関係を結ぶことも危険だ。
そこはしっかり相談しておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます