第129話 辺境伯の帰陣と
一服したら岩場付近で潜伏を企む狼を狩り尽くし、辺境伯軍の駐屯地に向かった。
早めに陣地を構築させないと狼達の夜襲も可能性があると考えたのだが、…予想以上に進軍が遅い。
一番戦力的に低いのは承知しており、武器の強化と『ディープライトニング』による戦力の強化を図ったのだがそれでも足らなかったのか、予想地点には見る影もない。
まあ行軍に想定外は付き物だし、しょうがないので更に西へと進めると、予想地点から数キロ西で陣地を構築していた。
簡易柵の設置完了から見て、進軍時間は陣地出発から30分程度しか経っていないだろうと思われる。
「何をサボっていたんだ? これは…」
陣地が騒がしくないのに安堵して、安心したせいか愚痴が漏れる。
竜気を帯びた武器を持つこの軍は一番最初に狙われる可能性があると思っていたのだが、取り越し苦労だったようだ。
と思ったのだが…。
「!
閣下! お急ぎください!」
俺を見つけた従士の1人が駆け寄ってきて、腕を引っ張る。
…慌てぶりに嫌な予感を高めながら向かった先では、天幕の中で横たわるシュール君。
呼吸はしているようだが、右腕がズタズタになっている。
隣で必死に治癒魔術を施しているのは『ディープライトニング』のシンディ。
「これは?」
「すまねぇ!
草むらに潜んでいた狼の奇襲を食らった。
俺達が大型種と応戦している間に、抜けられてこの様だ」
フルヒートが土下座で謝罪してくるが、
「謝るな。
大型種をお前達が抑えてくれなければ全滅していたはずだ。
竜気を帯びた武具を渡した俺の判断ミスだ」
竜気を帯びた武器を持つこいつらを実際より上の脅威と判断してきたのだろう。
下手な武器など与えず包囲のみに終始させるべきだった。
結果諸侯の影響力が増そうが、それよりも若者の未来を守るべきだった。
「それは違うな。
ユーリス卿の武器がなければ、包囲網に穴が開いたでしょうし、かといって持っていれば、ここを狙って来たのは間違いない。
それよりも武器を与えたことで、重症者1名の損害で済んだのですから正しい判断でした」
「そうね。
リーダーはこう言ってるけど、武具が普通の代物なら私達が大型種と戦っている間に全滅していたわ。
普通の魔狼で7から9層クラス。大型種に至っては15層フロアボスクラスよ」
クックに続いて姉のアローナもフォローしてくれるが気が晴れることはない。
他にやれることがあったのではないかと考えてしまう。例えば、
「…そうか。
偵察を行えれば良かったんだがな」
「その場合は狼の警戒が上がって、今以上に被害が拡大したと思われます。
閣下の判断は正しかったかと。
実際、私達の見立てより被害は少ないのです。
たまたまその被害を被ったのが総大将代理のシュール殿であったと言うだけのことです」
参謀に付けたベストリアが俺の考えを否定し、むしろ被害は想定以下であるとまで言う。
「……はぁ。
シュールは治りそうか?
これからは俺が総大将として軍にいるから、護衛を付けて撤退させても良いのだぞ?」
包囲網の内側にいる狼はともかく、戦場になった地域には火事場泥棒が現れるかもしれないので、それなりの部隊再編が必要になるだろうが、俺が先陣をきれば、半分以下の進軍組でも問題ないはずだ。
そもそも……、
「『応急治療薬』とか渡していたよな?
…使っていないのか?」
「使ったから生きてるの!
けど、腕は駄目。
欠損ダメージだったみたいなの。
むしろ『応急治療薬』がなければ腕は既にないわよ?」
普段オドオドしているシンディの強い口調にそれだけ切迫していたことが分かる。
「駄目か。
欠損を治せる薬はないのか?」
「ないわ」「あるぜ」
シンディとフルヒートが同時に答える。
しかし、その内容は真逆。
「リーダーの言うことは気にしなくて良いわ。
どうせお伽噺に出てくる『完全回復薬』のことよ」
「『完全回復薬』?」
「ええ、制限はあるけど、寿命以外の死すら回復出来るお伽噺の薬」
「……」
「誰も見たことはないわよ?
そんなモノ在るわけが…、どうしたの?」
沈黙する俺をいぶかしむアローナ。
ダンジョン攻略で手に入れたと思ったのかもしれないが、俺の考えは別。
「シンディ少し退いてくれ。
…ライフギフト」
俺の身体が青い燐光を纏い、それがシュールの腕に移っていく。
駄目元で、生命力供給の魔法を使ってみるのだ。
マイナスの生命力であろう死後数時間の状態をプラス側に無理矢理もってこれば生き返るだろう。なら或いは…。
「……シュールが起きたら教えてくれ」
青い光がおさまるのを確認して、シュールの腕を見れば、痛々しい傷は影も形もない。
しかし本当に治ったかはシュールが起きるまで分からない。
それなら少し休ませてもらおう。
どうせ、内政官だって足りていないんだ。
腕が治らなければそちらに転属させれば良い。
…『ライフギフト』の生命力消費がでかいのでかなり疲れたし。
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