第114話 エリオ回収と誤算
ダガーダを出立して、オドース領アグ、トラシア領ゼッゾ、トラシア領トラシアを越え、リングスで再びボルドー商会に世話になる。
そこで折角トラシア商人との交渉術を習ったのに、ゼッゾ及びトラシアの両方が素通りだったと思い出す。
…ボルドー曰くコウモリ的な奴が多いと言う話から敬遠してしまったのだが、オドース侯爵と友好を結んだ以上は今後もスルーで良いだろう。
夕食をご馳走された後に、ボルドーにだけは正体を明かして、オドース領での経緯を説明する。
下手に隠したまま、オドース方面から俺の正体がバレるのは、後々不信感に繋がるのでしょうがない。
…見た目は大きく驚いていたが、いまいち嘘っぽい。
ミーティアの隣国だし実は情報握っていたか? しかし、
『アイリーンの婿に考えておりましたが』
と言う台詞から、バラしたことが正解だったと気付く。
フォックステイルの動きが活発化してから、従業員の嘆願と言う形を取られていると、彼女を妾として受け入れる名分にされた可能性がある。
『俺が正体を隠していたので話が拗れてしまった』
と言われると辺境伯家の体面を傷付けるから、妾で受け入れるか、それに匹敵する利権で宥めないとならなかった。
現状でそんな利権は用意出来ないし、商会の跡取りとなる者の婚姻に匹敵する利権を与えるにはこの商会は遠すぎる。
ファーラシア国内の商人を飛ばして、最初にリングスにあるボルドー商会へ気を遣うのは反発を生むだけだし…。
最悪は嫁に内緒で現地妻扱いくらいしか思い付かないが、そんなあからさまな弱みなど絶対にお断りだ。
そして、ゲルガー代官が侯爵と引き合わせてくれなければそうなっていた可能性が高いわけで…。
しかも、
「実は私もアイリーンやエリオと話をしまして…」
と、向こうの告白が始まった。
幾らなんでも白々しいと思うが、結果的に冬誘の懸念が大正解となる、
「アイリーンはエリオを兄のように信頼こそしていますが恋慕ではないと…」
と言う物。
「は?」
「私もすっかりエリオへの親愛を思慕と勘違いしていましたよ」
ハハハと笑うボルドーにコイツの作為を知る。
俺の間抜けを笑っているわけではないだろうが…、
「エリオはエリオで、同じ孤児院出身のキルケと言うメイドと付き合っていると言うではありませんか。
本当に驚きました」
「…そうか」
ボルドーの言い分に否定するだけの根拠のない俺は同意する以外の選択肢を持たない。
『思い込んでいた』とか『だろうと推測していた』と言う言い回しをされると向こうの確認不足を非難出来るがそれだけだし。
これが歴戦の商人の強かさか。
…厄介な。
「娘のことも見えていないとは歳は取りたくありませんな」
白々しく更に言い募る。これには俺も自分の目付きが悪くなっていく自覚があるぞ。
そのうち、この国へ出兵したろうか?
「……」
「閣下には多大な心遣いをいただき、感謝の念にたえません。
私共の持つ空き家の1つを進呈させていただこうかと…」
さすがに不味いと思ったのか、ジト目で睨んだら空き家を献上してきた。
距離的にこの街に中継点が必要なのも間違いないが、その店の店員もこの街ひいてはボルドーの伝手となるのだから、一切の損をしないわけだ。
かといって領地の開発に人手が足りていないマウントホーク辺境伯領から人手は出せない。
「あまりやらかさない方が身のためだぞ?」
「それは重々胆に命じておきます」
俺に出来るのは、ウチへの妨害を許さないと言う警告だけだった。
微笑みながら応えるボルドーに対して、ラーセンのギルドから人を招いて対応することを考える。
その程度の抵抗しか出来ないが、それだって街の世帯数が増えるわけで、市場が広がるリングス商人の利益だ。
……俺の資産で引っ越しさせて。
しかも、店の幹部数人程度では圧しきられるので、数十人単位の人員を招致しなければならないが、ボルドーへの一任はやりたくないし、ここは…。
「折角だからそれなりの規模の空き家にしてくれ。
オドース領の商人も招いて複合商店とするから」
「いえ、それは…」
「お詫びなんだよな?
それとも要らない空き家を押し付けようと?」
「滅相もない!
しかし、物件を確認しますので暫しの猶予を頂きたいのですが?」
「構わない。
オドース侯爵への連絡を取ってからになるから慌てないさ」
「そうでございますな。ハハハ」
「もちろんだ、ハハハ」
お互いに白々しい笑いを交わす。
未だに人手も権威もない新興貴族はともかく長年根を卸すオドース侯爵家からの人員流入は厄介だろう。
…少し灸をすえてやる。
自分達の縄張りに他の商人が入ってくるのはリングス中の商人にとって嫌な話で、その原因は娘の心情を確認していなかったボルドーにある。
しばらくは影響力を落とさざるをえまい。
そうなればウチがリングスの商会へと影響力を及ぼせる可能性も十分ある。
別に商人で食っていくわけでもないからその権利はオドース侯爵家へ明け渡しても良いし…。
「…これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
表面上は互いに笑顔で握手を交わす。
向こうの場合は最悪ウチの傘下に入ると言う宣言かもしれないが…。
しかし、オドース卿との会談は嬉しい誤算となった。
あれがなければどうなっていたか…。
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