第112話 アグ

 アグの街は、オドース侯爵領の金蔵とでも言うべき街だった。

 近隣の木材や石材が穀物等々と交換され、小国群との国境からやって来た商人がアガーム王都ヘ向かう中継地となる。

 そんな地を治めるのに半端な奴を入れるような真似はせず、分家筋から優秀な人材が入れ替りで代官職を任されているらしい。

 現在はゲルガー・ロウンと言う人物で現当主の従兄弟に当たると言う話だ。

 公正を重んじる人物で下手な裏工作はせずに実直な交渉が良いと言うのがクチダーケのアドバイス。

 そこでこちらはユリウスではなく、ユーリス・マウントホークとして交渉に望むことにする。


「初めまして、ユーリス殿!

 よくぞお越しくださった!」


 そしていきなり大歓迎を受けた。

 老年期に差し掛かっていると思われる白髪混じりの代官は普通に握手を求めてきたのだ。

 普通、仮想敵国の貴族が訪ねてくるなんて思わないだろうに…。


「ええ…、ゲルガー卿?」

「失礼しました。

 今はファーラシア王国の子爵に叙勲されてみえるのでしたかな?」

「いえ、先日のことですが東部国境沿いを領地とする辺境伯位をたまわりました」

「おお!

 それほどまで登り詰められたのですな!

 さすが! ダンジョン攻略者です!」

「私が言えたことではありませんけど、一応仮想敵国の貴族が訪れたわけでして…」


 歓迎されているところで言いにくいが、この辺をハッキリさせないと対応に困る。


「ああ、そんなことですか。

 仮想敵国と言っても年がら年中戦争しているわけでもありませんよ?

 さすがに国境を接する貴族は手放しに歓迎は出来ないでしょうが、ダンジョン攻略を成したあなたに会ってみたいと言う方は多いでしょう」

「そういうものですか?」

「ええ、クチダーケ様からあなたと知り合いだと聞いた御当主様もどうにか夜会に招待出来ないかと常々口にされています」


 …良いのだろうか?

 そんなことしたら、アガーム王家に怒られないか?


「ダンジョン攻略者と言うのはそれだけの価値がある存在なのです。

 おそらく、御当主様の夜会にユーリス様が参加されれば国中の貴族が集まるでしょう」

「……良いのかな?」

「人の欲とはそういうものですよ。

 さて、それで本日のご用件は?」


 穏やかに言う老代官に促された俺は資材の購入に関して説明をする。


「…『狼王の平原』解放に、新領都創設ですか。

 私としては応援したいのは山々ですが、さすがに取引額が大きすぎますので…」

「厳しいと」

「御当主様を通していただければと思います。

 紹介状を用意しますのでご足労ですが、ダガーダまで行ってはくだされませんか?」

「それは助かるのですが、さすがに侯爵殿がすぐに会ってくれるとは思えないのですが?」


 代官である彼なら次期当主クチダーケの紹介状で会えたが、さすがに侯爵当人にいきなり会えるとは思わない。


「大丈夫でしょう。

 その深紅の瞳を見ればあなたが、ユーリス・マウントホークなのは一目同然。

 遠い国境の代官にすぎない私でも知ってる情報ですよ?

 ダガーダ城の兵士とてすぐに気付くでしょう」


 …ああ、この世界にカラコンなんてないからな。

 うん? 何か違和感があるが?


「もちろん事前に早馬を走らせます」

「それは重ね重ねお手数をお掛けします」

「いえいえ、あなた様から持ち掛けていただいた取引を思えば当然の話です」

「感謝します。

 そうだ、私の情報と言うのは何処から?」


 ミーティアでは大して広がっていなかった気がするのだが?


「王都からだと思いますが?

 先の話ではありませんがファーラシアの冒険者がダンジョン攻略を成したと聞けば、その者を我が国に招けないかと情報収集に熱を上げるでしょう」


 …仮想敵国だからか。


「…しかし、ファーラシア国境に近い貴族ほど信じていないかと思われます」

「それは…」

「あくまで御当主様よりうかがった話ですが」


 そのような前置きから始まったのは俺達がエトル砦の攻略に乗り出している時期のロランド達の動向であった。


「御前会議に参加した御当主様もそこであったロランド王子の話を聞いていますが、マウントホーク卿のことは『ただの勇者召喚に巻き込まれた男』でレンター陛下の用意した飾りだと聞いたそうです」

「なるほど。それで侯爵殿はよく信じられましたね」


 信じないのが普通でダンジョン攻略者が出たと言う信じがたい噂を信じた侯爵の方がすごい気がするが、


「ロランド王子が我が国に亡命される以前から噂になっていましたので、それに申し上げにくいのですがロランド王子の評判は我が国にも…」

「…確かにそれなら」


 俺がミーティアに着く前からの噂を合わせれば、レンター側の人間がダンジョン攻略をしたと言うよりもダンジョン攻略者をレンター側が引き込んだと考えるわな。


「信じていない貴族と言うのもどちらかと言えば信じたくないが本音のようで…。

 ただ、ガーター卿には気を付けてください」

「ガーター卿?」

「ジング・ガーター辺境伯様です。

 我が国の西部国境を治める方ですので…」

「俺の隣と言うことですかね?」

「はい。

 あの方は閣下のダンジョン攻略を全く信じていないことでしょう。

 ですので王家の制止を振り切っての紛争と言う可能性も…」

「なるほど。

 ちなみにベイス侯爵と紛争した方ですか?」

「紛争とおっしゃいますとレンター陛下の行方不明となられた事件の?

 それは違います。

 あれは南部のキルメン侯爵家が依頼し、王家が兵を出したものと噂されてます」

「南部?」

「ベイス侯爵家に嫁いだお嬢様がみえるので…」


 まあレンターが行方不明になったからそういう話も出るわな。

 しかし、その時は辺境伯は動かなかったのか?

 時勢の読める厄介な相手でないことを祈ろう。


「さて今晩はこの城にお泊まりください。

 先触れを出しますので…」


 …まあ先触れより先に着いたら面目丸潰れだしな。

 お言葉に甘えるとしよう。

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