第111話 リングスを出て

 リングスにあるボルドーの屋敷で1晩の宿を得た俺達は、昼前にリングスを出て、東南東に向かう街道に進路を取る。

 この時点で俺は満面の笑みだった。


「まあ主様の喜びも分かりますけど…」


 隣に座る冬誘が呆れた顔で溜め息を付く。


「どうしたんだ?」

「いえ、主様がやらかすことは大抵大事になって帰ってくるので、浮かれていて大丈夫かなっと思いまして…」


 嫌なことを言われた。

 多少の心当たりがあるので何も言えないが…。


「だが、この間から生まれ変わったニューユーリスだから。

 今だって馬車に乗ってるだろう?」


 命竜化してから動物に必要以上に恐れられることもなくなり、むしろ森で休憩していると様々な動物が寄ってくるようになった。

 竜化しても尊大な性格はなりを潜め、生まれ変わったとしか思えない。


「何ですか? ニューユーリスって?」

「ユーリスマークIIでもユーリス改でも良いぞ?」

「そういう話ではないと思いますが?

 そもそも例え体質や能力が変化したと言えど暗躍とその結果は別なのでは?」

「…あ、

 しかし今回は上手く言ってるぞ?

 昨晩の様子は…」


 昨日のやり取りを回想することにした。

 決して、冬誘の会話から不安になったわけではない。




「失礼します」


 こちらの許可に入室してきたのは仕立ては良いがやや地味な色合いの服を着た青年。

 顔立ちも含めてイマイチ、パッとしない。

 真面目そうな顔をしているので補佐役としては良いが、商会の顔となる会長にするのは少し不安だな。

 …まあ、家柄のハンデを吹き飛ばすほどのカリスマがあればボルドーも困らないわけだが。


「はじめまして、当商会で番頭をさせてもらっています。

 エリオと申します。

 会長より何か不自由をかけていないかと…」

「今のところ大丈夫だ。

 強いて言えば新しい商路を拓こうとしているのに、この街道に詳しい者がいなくて困っているかな?」


 一瞬だけ狐兄妹に目を向ける。


「若様、その原因はお父上の用意した計画を無視した若様自身にありますよ!」

「まったくですわ!」


 良い仕事をする。

 事前にお前達は俺のお目付け役と言う設定だと言い聞かせた甲斐がある。


「それは大変ですね…」

「まったくです。

 エリオさんはこの街には詳しいんですか?」


 若干引き気味のエリオに同意して、話題を振る。


「はい。

 この街で生まれ育ちましたので、他の街へは行ったことはありませんが、この街は庭のようなものです」

「なるほど。

 あなたのような方が雇えれば、しばらくウチの商会のやり方を学んだ後に中継地点となるこの街の支店長を任せられるのですがね」


 上手く誘いに乗ってくれないかな?


「難しいと思いますよ?

 慣れ親しんだ街を出るのも再び戻ってきて、そこで商売をするのも…」

「何故?」

「多くの人は故郷を離れるのを不安に感じますし、故郷で商売をすれば、恩義のある商会と競合することになります」

「何もあえて競合しなくても良いんですよ?

 この街で他の交易路からやってきたものを買取り、ファーラシアに運ぶ。

 そうすれば、この街が新たな交易都市となり発展する。

 結果的に故郷と恩義のある商会の両方へも利益を還元出来るんですが。

 …あなたのような人材を知りませんか?

 新たな雇用主と旧主への利益のバランスを取りながら舵取り出来て、かつそれなりに顔の広さのある人物は?」

「……」


 ジッと考え込んでいるし、グラついているかな?

 ……札を切るタイミングだろう。


「そういえば、ボルドー商会長が娘さんの婚約で悩んでいましたね。

 我々と縁を結べれば、想い人との婚約を後押しできるのですが…」

「はあ…。

 そうですね。

 例えば私を雇うと言うのは…」

「こちらは大歓迎ですよ。

 しかし番頭をしてみえるエリオ殿では難しいのでは?」


 エリオが食い付いてきたが少し懸念と言う形で牽制を掛ける。

 あまりあからさまな態度は足元をみられるかもしれないので。


「…正直に言いますと、商会長からはボルドー商会の中ではこれ以上の昇進は厳しいと言われています。

 私は元々孤児院出身でして…」


 なるほど、確かに難しいな。

 だが、


「それなら現在の仕事を引き継いでウチに来てくださいな。

 ウチの支店長となることでこのボルドー商会へもより大きな恩返しとなるでしょう」


 そういって説得する。

 実際、『フォックステイル』としてはここに新参者を入れても何も問題ないのだから。




「うん。

 振り返ってみても完璧な引き抜きだと思うぞ?」

「そうでしょうか?」


 俺の自画自賛に首を傾げる冬誘。

 その様子に若干の不安を感じて問い質すと、


「主様がアイリーン嬢の話を振った時にあまりしっくり来ていないような態度だったのが気になりませんか?」

「突然の話で思考が付いていかなかっただけだろう?」

「だと良いんですが…」


 冬誘の言葉に多少の不安を感じながら、既に後の祭りだとそれをねじ伏せようとする旅路となった。

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