第96話 ベイス領都アタンタル
森を後にして、数日。
山間の街であり、旧ベイス侯爵領の領都アタンタルへとやって来た。
早速、侯爵邸へと乗り込んだ俺を兵士達はいぶかしんだが、王国の親書がある以上無下にも出来ず、領主代行のアーレス・ベイス公子に謁見が叶った。
「現在のベイス家がどういう扱いにあるかは知っていますか?」
「…推測は出来ています。紛争中に父が死亡し、その際の混乱で陛下に剣を向けた不忠者と言う扱いでしょうか?」
言質を取られないように出来るだけ柔らかい表現をしているな。だが、
「民衆の噂はそうなっていますね。それどころか口の悪い者はロランド王子とアガーム王国と共謀して陛下を亡き者に企んだ逆賊ではないかとも」
「下世話な憶測です!
我が父は国と領のために出来るだけの選択をしたに過ぎません!」
さすが高位貴族の跡取り。
こっちの意地悪な言葉に嘘ではないけど、真実にも程遠い表現で返してくる。
だが、そういう頭の回る奴の方が話が早くて助かるんだよな。
…少し失敗しているのは若さゆえだろう。
「それを聞いて安心しました。
つまりベイス家は国への忠誠を失っておらず、いたずらに国を乱した挙げ句、母国を捨てたロランドとは今後関わる気がないのですね?」
「あ!」
「あ?」
俺の指摘に『国』と言う文言を入れた失敗に気付いたらしい。
「いえ!
何でもありません!
ロランドは確かに私の従兄に当たります。しかし、その行いを我が家が認めたわけではございません!」
勢いに任せてうっかり『国への忠誠を持っている』と言ったので、それを利用させてもらって退路を塞いだ。
「それを聞いて安心しました。
王国もあなた方の忠誠を疑っていたわけではございません。
しかし、紛争中に運悪くとは言えど当主を失い、混乱にて陛下を殺めそうになった貴家に国境の守りは難しいのではと言う疑いが生まれるのもご納得いただきたい」
「信賞必罰は常でございますね。
しかし、これまでの当家の功績を考慮いただきたいと陛下にお伝えいただけませんか?」
「無論、国もそれは理解しておりますが、それは先祖の功績であり現在のベイス家のものではございません。
ましては当主の亡くなられて混迷中の貴家にその功績を理由にした減免はむしろ害悪となります」
国境警備に関して、今まで上手くやって来たから1度の失敗くらい見逃しては通用しない。
しかもこれまで成功させてきたのは先祖であり、目前の彼ではないのだ。
「減免がむしろ害悪とは?」
一瞬、ハッとした顔をしてから訊いてくるのは周囲の護衛やメイドに周知させるための芝居か?
本当に頭が回るな。
「貴家のメンツを考えれば、アガーム王国への懲罰的出兵はしないわけにいかないですから…。
現状は当主死亡による喪を理由にした出兵延期を出来るでしょうが、遅くとも来年初頭には出兵せざるをえないのでは?」
「……確かに。
いくら不幸な事故と言えど父が亡くなった原因がアガーム王国の挑発である以上は出兵せざるをえませんね」
アーレスの言葉に困惑している騎士と目を見開いている騎士に反応が別れる。
前者が内情を知っている騎士つまりは上位騎士で後者が内情を知らない下級騎士だろう。
…あれ?
領内に残る可能性が高いのが下級騎士。
戦端が開かれた時に暴走する可能性が高いのも下級騎士。
専守防衛は問題ないけど、侵攻には使えない戦力だな。これは…。
俺みたいに領域を解放出来るなら良いがそうでない奴がここを治めたらファーラシア対アガームの戦争になっていたんじゃないか?
あぶねぇ。火薬庫かよこの領地。
「ええ、しかしそれを王国は望みません。
例え向こうが挑発して起こった争いであろうとアガーム王国も国としてのメンツがあるのでベイス家には謝罪出来ないでしょう」
実際は黒幕ロランド。その共犯がベイス家とアガーム王国だろうがそれはなかったことにしておく。
あくまで格下に謝れないと言う方向に持っていった方が変な疑惑にならない。
何よりこの子は王国側の意図を理解してくれるだろう。
「仰る通りかと思います。
それで閣下のご要望は?」
「私はあくまで国の使者として訪れています。
詳しくは親書の方をご覧ください。
強行軍で親書を持ってきた私を貴家が労ってくれましたので私もつい雑談に興じただけですよ?」
「失礼。
あまりにも普通な裁定であったので王家の采配を疑ってしまいました」
「それは普段王国がどれだけ無茶振りをしているのかと悪意的に取られかねない気を付けた方が良いですよ?」
「確かに。
閣下があまりにも王家の使者としては話しやすかったので…」
話しやすかった割にずっと『王家』と言うカマ掛けをやめなかった。
俺は『王国』の総意だって言ってるのに。
こっちが王家と口を滑らせたら、国の総意でない以上は最悪出奔するとでも言って、ロランド派に合流するかもって脅してくるつもりだろう。
…いい性格をしている。
「今回は火急ですので引き受けましたが、私も在地貴族となりますので…」
「そうですか。
今回はご足労いただきありがとうございます」
「いえいえ、同じ王国貴族の誼ですよ。
私は他にも急ぎの用がありますので…」
そう言って席を立ち、メイドの案内で退室する。
向こうも本物の公子と話し合う時間がほしいだろうから。
…にしてもアーレ・ベイス。ベイス侯爵家の令嬢かね?
ウチの娘はああいう男勝りに育ってほしくないものだ。
そんなことを考えながら、アタンタルを後にしたのだった。
ユーリスがもうすぐ愛する家族に会えると揚々とアタンタルを出ていった頃。
騎士の変装を解いたアーレス・ベイス公子は双子の妹に礼を言っていた。
「助かったよ。アーレ。
あの人は僕が苦手なタイプの人種だ」
「いえ、私も少し失態を…」
「しょうがないさ。けどファーラシア王国は何を考えているんだろうね?
こんな僕達に有利な采配なんて…」
「戦争を避けたかったと言うのが大きいでしょうが、それ以上に何かの思惑がありそうですわね」
「うん。それでどう動くべきかな?」
「私は少しあの辺境伯を探ってみます
兄上は新領地の運営を過不足なく行ってください」
「それだけで良いのかい?」
「情報が無さすぎるので…。
現状はベイス家を潰さないことが重要なのですわ。
新領地の運営をしくじれば、今度こそベイス家は改易待ったなしです」
「……分かった。頑張るよ」
「お願いします。
警備隊の1隊をお借りしますね」
家の存亡を懸けて兄妹が動き出した。
国境を守ってきた素直な侯爵家の兄妹は、家の発展のためにミカゲ子爵家を手助けしてほしいと言うユーリスの思惑に気付かずに…。
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