第86話 開戦の真相

 ユーリス達が立てた推測だが、内情はかなり異なる。

 そもそも宮中の権力がほしい第1王子閥の貴族が危険な前線に出なくてはならなくなる戦争を望むわけがない。

 では何が起こったか。

 順番に説明をしよう。

 

 事の発端はユーリス達がもたらしたプチバブル景気。

 希少なアイテムがガンガン市場に出回り、毎日金貨10枚以上を消費する一家の行動は貨幣の流動性を上げた。とは以前にも書いただろうか?


 ではその金貨の価値からの説明だ。

 日本とは物価の種類が違い、この世界は人件費より材料費の方が高額であることが多いので正確に金貨1枚幾らとは言えないが、銅貨が1枚10円前後、銅貨100枚で銀貨なので銀貨は千円程度の価値となり、それ100枚分が金貨1枚と言える。

 つまり金貨1枚は10万円程の価値、ユーリス一家は毎日100万円以上をばら蒔いていたわけだが、これが東京都と同じくらいの規模の大都市なら一日に動くお金としては大したこともない。

 仮に100万人以上が暮らす都市で全員が1本余分にコーヒーを買うだけで、

 1,000,000人×100円=1,000,000,00円=1億円の資金流動が起きるのだ。

 対して、1,000人が暮らす村なら?

 1,000人×100円=100,000円=10万円の流動となる。


 ではラーセンの人口だが、1万規模の中世レベルの都市としてみればそれなりの規模のものだが、日本の村で1万人規模だと人口順位10位前後。

 沖縄の読谷村が約4万人であることからその経済規模は想像出来るかと思う。

 そのくらいの村で毎日100万円を使う一家がいる。

 それが数日続けば、なんとなくいつもより売り上げが多いと感じる住人が増え、それを体感したものが財布の紐を緩める。


 加えて、希少なアイテムが市場に多く出回ったのだ。

 普段お金を出しても買えないものが出せば買える訳で…。

 それらは人から人に渉る度にかなりの利潤を生み出し続ける。

 例えば、飴玉を相手に売るとしよう。

 10円で手に入れたそれを20円で売ると言って買う奴はあまりいない。

 しかし、それが希少な素材と特別な製法で作られた世界に数個しかないものだとしたら?

 10円の飴玉を20円にしてもかなりの人が買うだろう。

 世界に1つしかないものだとしたら?

 10円の飴玉に10万円を出す者とているかもしれない。

 それに近い現象が起きてしまったのがラーセンだった。

 それらが転売に次ぐ転売を繰り返されて、大金が王都内を飛び交った。

 その様はまさにバブルのよう。

 しかし、決済に使われる貨幣が少なくなった。

 ユーリスが今後のために大量に溜め込んだまま持ち出した。

 結果、買いたい希少品があるのに手持ちの貨幣が足りないと言う商人が続出し、クレジット決済のような実通貨を使わない決済も発展していない現状では極端な貨幣の偏りとなった。

 それは予算の分配において削れるところをとことん削り、予算を掛けるところに潤沢に掛ける現象を起こして行く。

 それは最初にもっとも削りやすい人件費を削られるために貧富の差が拡大する方向に経済が傾く結果を招く。

 賃金が減った労働層は金を貯蓄するようになり、異常に早く景気が悪化していく。

 これが王都の状況だった。


 それを打開するために国の上層部は国境に緊張を起こし、特需を発生させて不況を回避することを思い付いた。

 国境に多くの兵士が集まれば人が動き、そのために沢山の物資を国が買い付けて、その対価に通貨をばら蒔き貨幣を市場に供給する。

 その相手として選んだのが、ドワーフの住むレッドサンド王国と言うわけだ。

 ここを選んだのは実際のところ消去法による。

 既に緊張が高まっていることになっているアガーム王国やレンター王子に近いマーキルとジンバット両国との間にそのような行動を行えば、緊張状態を通り越して開戦となりかねない。

 かといってファーラシアでも多くの信仰を集めるトランタウ教国と争えば、内乱になりかねない。

 南に目を向ければボーク侯爵家の当主死去と強力なアンデッドの出現による混乱中で下手な介入は危険。

 結果、レッドサンド王国となったわけだが…。


 外交のトップが交代したことが悲劇を招く。

 外交の素人が第1王子のコネで外務大臣となり、レッドサンド王国に通じている部下が製作した書状を勝手に直したのだ。

 彼は罵詈雑言に見える書状を見て、自分を失脚させるために作成したと考え、部下を謹慎させたうえで、直した文書を送った。

 例えば、『恰幅良き国王陛下』を『壮強美麗な国王陛下』と言うような人族向けの物に直した。

 太っていることが冨貴の象徴となるドワーフに…。

 案の定、それを受け取ったドワーフ王は『貧しくて太る余裕もない王』とバカにされたと激怒。


 しかも親書の中身は輸出時の関税を下げてほしいと言う依頼。

 まだ大規模な移送が出来ないこの世界では現代の地球とは逆に輸出時に関税を掛ける。

 そうすることで人の流動を増やすのだ。

 1人の商人が10の品物を持って出入国するより、10人の商人が1つずつ持って出入国した方が経済が回るから…。

 当然、この関税が下がれば少数の商人が大量に買い付けれるようになり輸出国は税収が落ち、逆に輸入国は税収が増えるのだから、輸出国であるレッドサンドは嫌に決まっている。

 そこに来て、ドワーフ的に罵声に等しい書状だ。 

 これが初めてやり取りをする国ならともかく、これまで親交を深めてきたファーラシアからとなると、国中のドワーフが怒り狂って宣戦布告するのも当然だった。

 とまあ、お互い早とちりは気を付けようと言う話。

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