第67話 道中馬車に乗って
それなりに頑丈そうな馬車を入手した俺達は黒姫にそれを牽かせる。
指示も要らんが気味悪がられても困るので、俺が形ばかりの御者のフリをしていくことにしたら、杉田が隣に座った。
一番文句を言いそうなマナは変化を解いた春音と秋音に埋もれている。
勇者達が結論を出すまで、後数日の距離だ。
話し相手くらいにはなってやろう。
「…なあ、師匠は初めて人を殺した時どう思った?」
「初めて…。
お前らと潜った時に会った冒険者達か」
「え?」
「何だその反応は?」
「師匠は日本で殺し屋でもやっていたのかと思ってた」
「アホ。
現代日本にそんな職業あるわけないだろう。
普通のって言うと語弊があるな。
少し幸運なことにしがない会社員をしていたよ」
「こう言うのに巻き込まれてるからブラック企業の社畜とか?」
「いや、地方ではそこそこ有名程度の中規模企業だったがブラックでも社畜でもなかったな。
…自ら社畜化してる奴も結構いたがな」
「なにそれ?」
「押しの弱い奴に顕示欲の強い奴。
こう言う奴は気付かないうちに社畜化してたりする。
後は効率を理解する頭もない骨董品が上司になった部署の人間とかな」
そう言う奴はパワハラもセットで付いてくるから質が悪いな。
営業部の同期もそれで辞めていったな。
「それで初めて人を殺した時だったな。
特に何も感じなかったと言うのは納得しないだろうな。
骨と肉を斬る嫌な感触だった。だがな俺が躊躇えば娘や嫁がこうなると思えば何度でも同じ選択をするさ」
「師匠はブレないよな。
守るもんがあるからか?」
「どうだろうな?
…壊れている俺を何とか人の世界に繋ぎ止めているのがアイツらだって時折思うことがある。
結局俺が守っているのは俺自身かもしれん」
俺だってアイツらを免罪符にしているんじゃないかって罪悪感を覚えることくらいあるんだ。
どこまでが罪悪感で、どこから先が愛情なのか何て分かる筈もないがな。
「……自分を守る」
「ガキが1人前に悩んでんじゃない。
そんなのは大人になってからやれば良い。
自分が生き残ることだけ考えれば良いんだ」
「それで人を殺してもかよ?」
「何でそう人を殺すと言うことに拘る?
魔物だって動物だって同じ生き物だぞ?」
「けど!」
「敵って括りでみれば全部一緒だ。
向こうは生きるための欲を満たしたくてお前を襲う。
お前は生きると言う欲を満たしたくて相手を倒す。
何も違わないんだよ。
後は弱い者や迷った者が死に、強い者や決断した者が生き残るって当たり前のルールがあるだけだ」
「……」
「答えはでないか?
それならそれで良い。
それがお前の選択ならば、責任を取るのもお前だしな」
「責任…」
「無抵抗を貫いて殺されたって、それで自分なりに納得出来るならそれで良い。…お前の自由にしろ」
「自由って重いな」
「当たり前だ。
利益も損益も全て自分に掛かってくる。
その結果と責任も誰も背負ってくれない。
自由ってのはそう言うもんだ」
まあ時々それを履き違えてる馬鹿がいるがな。
そう言えば噂の馬鹿は出てこんな。
山賊として命を奪って糧にすると言う選択をした連中。
こう言う連中は何故か何でこんな目にっとか妄言を吐くんだよな。
自分でそう言う運命を選択しただけなのに。
「もうちょっと考える…」
そう言って馬車の荷台に入っていく杉田を見送る。
「自由って良いものじゃないわよ?」
「黒姫か…」
「誰も助けてくれないのが当たり前だもの。
私はユーリス達の庇護下に入って幸せよ。
色んな害意から守って貰えるし食事にも困らない」
「自由を俺達に差し出して、その結果として生きるための責任を相手に委ねる。
それもある意味正しい選択だ。
…委ねる相手は吟味しないと大変だがな」
「ええ。だからあなた達を選んだの」
「…そうか」
野生の勘ってのは馬鹿にならないのだろうな。
今やコイツは上位の精霊獣の一角に上り詰めているんだから。
「それで山賊は出てくると思うの?」
「どうかな?
五分五分と言ったところだろう。
受付嬢が内通者とも限らないし、昨日の今日で行動するかどうか。
3日仕事をしてないんだから、辛抱のない小物なら出てくるとは思うが…」
「けどユーリスはあの受付嬢を内通者と疑ってるんでしょ?」
「ああ。
俺達の情報を具体的に持っていたのが怪しい。
よほど近くで見たとしか思えん。
山賊の斥候と接触してるとかな。後は地図の種類が北に行くって言ったのに街周辺だった」
「…例えばその受付嬢が私達の到着した日に休みでこっちを見ていたら?」
「あ、
……いや、なら伝聞形式で俺達に言う必要は」
「変わった奴って面と向かって指摘しにくかったんじゃない?」
「……」
…言われてみれば、受付嬢=王都のアレのイメージが強すぎたが、別人なんだからまともな可能性も。
「地図も気遣いだったんじゃないの?
北部に行けば詳細な北部の地図はあるんだし、この街近郊でも十分と思ったんじゃ?」
「……」
そう言えば普通に若手に耳の痛い忠告が出来る女性だった。
「…まあ、こっちも変な対応しなかったし、山賊も出ればラッキー程度のものだからな!」
「……良いけどね。
疑ってばかりだと疲れるわよ?」
黒姫の憐れみを含んだ声に地味なダメージを負いながら街道を進んでいった。
追伸、ついに山賊を見掛けることはなかったと追記しておく。
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