第41話 外食
平民街の一郭にある高級レストラン、バノッサ。
豪商が商談で使うことが多く、客層が極端に壮年男性に偏っているこのレストランに珍しく2人の少女の客があった。
まあ1人はうちの娘だが…。
隣り合う席で少女2人が談笑しているのを尻目にメニュー表を見るのはうちの嫁。
「ロームチキンの蒸し物、レッドチェリーのソースを添えて…。
ダンジョンポークのガラムオレンジ炒め、ダンジョンポークのチェリーエール煮?」
「…果物のソースが掛かったのしかないな」
優香が読んでくれる内容に思わず呟いてしまった。
「そう言えば、ユーリス殿は海辺の出身でしたね。
それに侯爵家では香辛料の掛かった料理が、多いようですし…」
「どういう事だ?」
「内陸にある王都近郊では、料理と言えば岩塩が掛かった物で、高級な物になると果物でソースを作るのが基本なんです」
珍しく騎士服を身に纏うベックが説明をしてくれた。
「なるほど。内陸国家の色が強いんだな」
「私達にはあまり向かないかもしれないわね…」
優香と顔を見合せて思案する。
中華屋に入ったつもりで、フランス料理店に入っていた気分。
…どうしたものか。
「お客様。
こちらシェフからでございます」
「これは?」
ウェイターがさりげなく出してきた皿には、白い固形物に黄色いソースが掛けられていた物が乗っている。
「ヤギのチーズに木苺のソースを添えた物でございます」
「へえ。…美味しそうだ」
それぞれ、目の前に置かれた物を口にすると綺麗に反応が別れ、ベックとまなが美味しそうに食べるのに対し、優香とベックの嫁のマリア、娘のジュディはやや顔をしかめる。
俺も旨いと思ったから見事に半分に別れた状態だな。
ゆっくり咀嚼していると先ほどのウェイターが再び口を開く。
「差し出がましいかと思いますが、旦那様と騎士様、お嬢様にはダンジョンポークのサワークリーム添え、奥様方にはラハーブ湖産ジュムジュの香草焼きを当店としてはオススメ致します。いかがでしょう?」
なるほど、今のチーズでおおよその好みを推測してきたのか。
…大したものだ。
「俺はそれにしよう」
「私もオススメで良いわ」
店のやり方を察した俺達夫婦に釣られるように、皆オススメを注文したのだった。
「ずいぶんと気遣いの行き届いた店だな」
「ユーリス殿に気に入られたいのでしょう」
「うん?」
「我が家の娘と奥様、お嬢様は見るからに新しい服を身に纏い、私と家内が騎士家の装いで、ユーリス殿は間に合わせにアストル様の服を借りてみえますでしょう?
この店の者達はきっとユーリス殿を裕福で気前の良い大貴族と思っているのですよ」
「実情は違うがな…」
最初は新しい服を来てお出掛けしたいうちの嫁と娘に押し切られ、夕食に出掛けることになった。
そこに念のための護衛を付けて欲しい侯爵家の思惑があり、娘同士が仲良くなったベックの一家が形ばかりの護衛をすることで収めた。
と言うのが真相である。
「しかし経済力では大物貴族以上の物ですし、この店のやり方は正解では?」
「そうだな。
息抜きを兼ねて、週一くらいはここを使うかもしれない。
…値段次第だが」
「ああ、その件ですがここはうちで持たせてください。
先日は娘の服を仕立てて頂きましたし…」
「オークナイト1体分だ。気にするな。
それより、侯爵家が絡んでだいぶ取り分は減ったんじゃないか?」
冒険者ギルドを介さずに侯爵家のコネでドロップ品を卸し始めた際に、商会経由で俺達の得ている利益が伝わり、ロッド翁が利益調整を行ったのだ。
それにより7割を俺が取り、残り3割が侯爵家経由で4人にと言う形になったと聞く。
まあ付いていくだけで利益を得ていると言われ、周囲のやっかみを買うのは彼らにも不利益が大きい。
「それでも月の収入は3倍以上に増えました。
不満はありませんよ」
「そうか?
まあここは俺が持つ。
大した額じゃないだろうしな」
「全員分ですと金貨1枚超えますよ?」
「大したことないじゃないか。
一回潜れば毎日でも来れる」
「そうですか…」
呆れた顔をしているベックだが、9層のオーガだって、金貨1枚くらいの魔石を落とすし、皮や角なら金貨2枚になることもある。
「お待たせいたしました。
こちらジェムジュの香草焼きになります」
出てきたのは白身魚の切り身とその周りに野菜が囲むように添えられ、周囲に広がるのはニンニクに良く似た香り。
…旨いやつだ。これ。
「パンとスープは後程お持ち致しますので…」
「そちらでも良かったな」
「ママ、少し頂戴!」
「ええ」
ウェイターの対応から見た感じだとダンジョンポークのサワークリーム添えが今日一番のオススメで、このジェムジュの香草焼きは肉や脂っこいのが苦手な人向けの料理だろう。
ならば俺達の分はこれと同等以上、…期待が膨らむな。
「これで銀貨50枚程度か。かなり良心的な店だな」
「いえ、充分高額ですからね。
ユーリス殿の金銭感覚はかなりズレてますから…」
ガッツリとため息を付かれたが、折角の良い飯なんだから今日くらいは楽しもうぜ?
ウェイターが運んでくる料理をみながら、そんなことを考えた夕食会。
……結構に楽しいものだった。
帰り際に次の探索から帰ったらまたやろうと言う約束をしたが、それが叶えられなくなる出来事がこの後に起こっていたとは知るよしもなかった。
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