十六国春秋 前秦列伝(苻丕苻登世代)

王兗   孝子の門に違う 

王兗おうえん新平しんへいに住まうてい族の人だ。

苻堅ふけんより中山ちゅうざん太守に任命され、

淝水ひすいの後には博陵はくりょうで守りを固め、

慕容垂ぼようすいの侵攻を食い止めようとした。


そんな中、苻堅が死に、苻丕ふひが即位。

王兗は平州へいしゅう刺史に任じられた。

いやそこは兗州刺史にしましょうよ……

(自分が面白いだけ)


とは言え、この任命の知らせが来たとき、

博陵は慕容麟ぼようりんに包囲されていた。

やがて軍資も、食料も尽き、

このあとに待っているのは

降伏か、緩やかな死。


当然、誰もがこの状況を

受け入れられるわけでもない。

部隊長のひとりであった張猗ちょういは、

同調するものらを引き連れて脱出。

慕容麟に投降してしまう。


王兗、城壁に取り付き、さけぶ。


「そなたは秦の民にして、

 我が配下であろう。

 人々をそそのかして

 逆賊になびいておきながら、

 どの口で義兵を自称している?

 名実にここまで隔たりのある例も、

 そうはあるまい!


 そなたの兄はそなたの宗族をまとめ、

 父親は城主を放逐した!

 そなたらの振る舞い、天地は決して

 お許しになどなるまい!

 然るべき罰が、そなたには降ろうぞ!


 我が身は間もなく滅ぶことであろう。

 だが、そなたも

 間もなく続くことになろう!


 あぁ、我がもとでともに働き、

 生死をともにしたそなたに、

 なぜこのような責めをせねばならん!


 人々はそなたの振舞いを功とは認めまい!

 そして、そなたの不忠不孝、

 どうして人々が忘れ去ろうか!


 古人も言っているであろう、

 忠臣を求むに必ずや

 孝子の門を出でん、と!


 そなたの母はいまだ城内にある!

 その母を捨て、顧みもせぬものが、

 どうして忠義者たり得ようか!


 そなたのような悪人は、

 いつまでも根絶されぬものだな!

 それともそなたの一門は、忠孝の心など

 はじめから持たぬとでも言うのか!


 老いたる母をも見捨て逃げ出す者に、

 これ以上語る言葉なぞない!」


やがて城は落ち、王兗、

そして苻鑒ふかんはともに殺された。




兗本新平氐也,仕堅為中山太守,固守博陵,為秦拒燕。丕即位,以兗為平州刺史。先是,慕容麟攻兗於博陵,至是糧盡矢竭,功曹張猗踰城而出,聚眾應麟。兗臨城數之曰:「卿,秦之民也;吾,卿之君也。卿起眾應賊,號稱義兵,何名實相違之甚也?卿兄往合卿宗,親逐城主,天地不容,為世大戮。身滅未幾,卿復續之。卿見為吾吏,親尋干戈,競為戎首,為爾君者,不亦難乎!今人何取卿一切之功,寧能忘卿不忠不孝之事?古人有言,求忠臣必出於孝子之門。卿母在城棄而不顧,何忠義之可望!惡不絕世,卿之謂也。不圖中州禮義之邦,而卿門風若此。卿棄老母如脫屣,吾復何論哉!」既而城陷,兗及固安侯鑒並為麟所殺。


兗はもと新平の氐なり、堅に仕え中山太守為れば、博陵を固守し、秦が為に燕を拒む。丕の即位せるに、兗を以て平州刺史と為す。是の先、慕容麟は兗を博陵に攻め、是に至りて糧盡き矢竭き、功曹の張猗は城を踰えて出で、眾を聚め麟に應ず。兗は城に臨みて之に數して曰く:「卿は秦の民なり。吾は卿の君なり。卿は眾を起て賊に應じ、義兵を號稱す。何ぞ名實の相い違いたるの甚だしきや? 卿が兄は往きて卿宗を合じ、親は城主を逐う。天地は容れず、世に大戮さることと為らん。身は未だ幾ばくもなく滅べど、卿も復た之に續かん。卿は吾が吏為るを見、親しく干戈を尋ね、競いて戎首を為し、爾が君為る者、亦た難ぜざらんか! 今人は何ぞ卿の一切の功を取らんか、寧んぞ卿の不忠不孝の事を忘る能わんか? 古人に言有り、忠臣を求むに必ずや孝子の門を出でん、と。卿が母は城に在りたるも棄し顧みず、何ぞ忠義の望べからんか! 惡しきは世に絕たず、卿の謂なり。中州禮義の邦を圖らざる、卿が門風は此くの若し。卿は老母を棄て脫屣し如く、吾れ復た何ぞを論ぜんか!」と。既に城は陷ち、兗、及び固安侯の鑒は並べて麟に殺さる所と為る。


(十六国42-19_仇隟)




これ以上語ることはないって、めっちゃ語っとりますがな……しかしこの話から感じるのは、氐人ってだいぶ漢ナイズされてたんですね。初出は後漢書韋彪いひょう伝とのこと、……やっぱり後漢なのか……これ、苻堅がよっぽど教育課程で後漢推しねじ込んでますねぇ。


この頃の後漢の歴史は、誰の著述を読むのがメインだったんでしょうね。そこはちょっと興味を惹かれます。

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