3、さあ、ゲームを始めようその1

3、さあ、ゲームを始めよう


佐倉さんから私の主人公になってくれ発言を聞いた翌日、俺はいつも通り普通に登校し授業を受けた。正直、何も理解できなかった。

佐倉さんはあの後、満足そうな顔をしてすぐ帰ってしまい何の説明もしてくれなかった。

 俺は詳しい説明も無しに勇者になって世界を救ってくれだのダンジョンを攻略してくれだの言われるどこぞのドラ●エや異世界転生の主人公とは違うんだよ!

あいつらはふたつ返事で承諾し、助けるために尽力するだろうが普通の人間はそうはいかないんだよ!

内容をしっかり説明してくれなきゃ今自分が置かれている状況が把握できないんだよ!

一体これからなにをさせられるんだよ。

そんなことを考えているうちに6限目の終わりを告げる鐘がなった。帰りの会を終え俺は部室へ向かった。

一日中考えて、一つだけ分かったことがある。

それは佐倉さんの主人公になってくれ発言は捉えようによっては俺にとってプラスであるということだ。

悲しいが俺ひとりでこのまま宝生先輩を狙い続けても何の進展もないまま宝生先輩が卒業して会えなくなってしまう確率が高い。

なら佐倉さんの言うとおりに動いて宝生先輩を攻略するほうがいいのではないか?


“女子にリードされるなんてかっこ悪い?”


今の俺のとって一番大切なことは宝生先輩と恋人同士になることなんだよ、一年も一緒にいるのに何の進展もうめなかった俺の焦りがわかるか? わかるなら理解できるだろ。


“恋愛っていうのはこの片思い中のもどかしさも含めて恋愛だろ、誰かの力を借りるなんてそんなの恋愛じゃない!”


うるせーーーーーーーーーーー、お前らは恋のピューピットという言葉を知らんのか、恋愛ってのは必ずしも一人でやるもんじゃないんだよ。

漫画でもよくあるだろ、主人公がヒロインの親友にヒロインにどうアプローチすればいいか相談するとか主人公の親友が悪役をふるまってくれたりとかさ。


“漫画の内容って現実には…………”


 そんなこんなで頭の中に浮かんでくる一般論と戦っているうちに化学室の前に着いた。ドアを開けるのを少しためらったがビビるぐらいならっと思って勢いよく開けてやった。

 化学室の中には佐倉さんが一人でいた。これは好都合だ、今は何よりも先に昨日の発言の説明をしてほしかった。

とりあえず、佐倉さんの座っている椅子の机を挟んだ反対側、つまり佐倉さんと向き合って座ることにした。

大きく深呼吸をし、顔を決め自信満々を装って話しかけた。


「佐倉さん、ちょっといいかな?」


完璧だ! いかにも出来るサラリーマンのような爽やかイケメンオーラを出せた。



「は? なんですか」

しかし、俺が纏う偽物のイケメンオーラは佐倉さんの不機嫌そうな返事によって一蹴された。


「あの~昨日言ったことの説明をしてくれないかな? あの主人公になってくださいってやつの」


ビビりまくった……ビシっといくはずだったのに、女子の不機嫌そうな顔を見ただけで下手に出るとか、しかも後輩に、どれだけ女性に対して免疫無いんだよ。



「説明? 言ったじゃないですか。先輩は私の行ったとおりに行動してくれればいいんですよ。そうですね…………とりあえず今日は雪先輩と一緒に帰ってください」

「へ? は? 宝生先輩と一緒に帰る? そんなことできるわけないじゃん。女子と二人で帰るとかどこの都市伝説だよ。」

「なにきょどってるんですか、一緒に帰るぐらいで」

「だ、だって俺、女子と一緒に帰った事ないし、どうやって誘えばいいかわからないし」

「は? 駅までは絶対に同じ道で帰るんでしょ、先輩も雪先輩も電車通学なんだから。なら帰るタイミングを合わせれば一緒に帰れるでしょうが! これぐらいであたふたしないでくださいよ。今後が心配になりますから」

「…………はい」


 佐倉さん怖えぇぇ、写真で脅されていなくても素直に従っちゃうよこの迫力。

『宝生先輩と一緒に帰れ』か、俺が女子と一緒に帰る、そんな日が来るなんて夢にも思わなかった。

しかも、相手は宝生先輩。一体何を話せばいいのだろう。

歩く速度を合わせなきゃだよな、あとはさりげなく車道側を歩くと好感度が上がるって聞くよな……“さりげなく”ってなんだ?

一緒に歩いてて歩道側から車道側に移動したら絶対不自然になるじゃん。

世のモテ男たちが一体どうやっているのか聞いてみたいものである。

というか根本の問題、どうやって誘えばいいんだ? 今まで一年間同じ部活にいたにもかかわらず高校から一緒に帰ったことないんだが、いまさら誘ったら不自然じゃないか?


「何考えこんでるんですか、先輩。そんな難しいことは言ってないでしょ」

「だって、何を話せばいいかとか、どんなふうにエスコートしたらいいかとかわからなくて……あとどうやって誘えばいいかとかも……」

「は? 何言ってるんですか。いつも部室で話してるじゃないですか。あと、明らかなエスコートは好きな人じゃない限り気持ち悪いだけですよ。一緒にいたいって思いでいればいいんですよ。それ以外の小手先のテクニックなんて必要ありません。いいですか先輩、一緒に帰るということは“二人きり”という状態と“時間に制限がある”もどかしさをたのしむものなんですよ。“このままの速度で歩いたらすぐに駅についちゃう、歩くの……遅くしよう……かな”みたいなもどかしさがいいんですよ。わかりましたか? それと誘い方なんて一緒に帰りましょうっていうだけでいいんですよ! ホントにそれで雪先輩と付き合う気あるんですか」


椅子から立ち上がり体をくねくねさせながら熱弁し、最後に顔を近づけてきた。いきなり目の前に女子の顔が表れた俺がどうなったかなんて自明なことだ。

頭が真っ白になり、それ以上何も考えられなくなった。


「……わかりました」


 何も考えずに返事をしてしまった。

結局何をすればいいかがなにもわからないままなのに。

それから三十分程度して宝生先輩が化学室にはいってきた。

佐倉さんから“しっかりやってくださいね?”という可愛い悪魔の眼差しを向けられて覚悟を決めた、俺だって女子と二人で帰ることぐらいできるんだぞ!


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