2.人が誰しも裏の顔をもっていることくらい知ってたし! その2
本当に理解できない。
「あさひさんって雪先輩のことどう思っているんですか?」とかならまだわかる。
少し踏み込んではいるが普通の会話だ。
「どうだろうね〜」などといくらでも誤魔化すことが出来る。
でも今回は違う、「あさひさんって雪先輩のこと好きですよね」だ。
完全に確信のある言い方だ。何故そんなに自信を持っているんだ。そんなあからさまに宝生先輩にアタックしてない。とゆうかそもそもアタックすらしてない。
なのに何故?
「そんな黙り込んで考えこまないでくださいよ、別に取って食べようってわけじゃないんですから。」
「ご、ごめん、なんでバレたのかよくわからなく……」
「なんでバレたかって、入部した時から気づいてましたよ」
「ならなんでこのタイミングで言ったの、昨日だって一昨日だって二人きりだった時はあったの。」
佐倉さんは妖精のような満面の笑みを浮かべながら答えた。
「万が一断られた時のための保険に弱みを握っておきたかったからですよ」
今の彼女を普通の人が見れば花の妖精が幸せそうな笑みを浮かべて楽しそうにしている、見るだけで心が癒される光景かもしれない。
だが、今の俺には真っ黒な翼が生えた悪魔が目の前の人を楽しそうに弄んでるようにしか感じない。
「……弱みってなに? 俺なんて欠点だらけで逆に強みを探す方が難しいと思うけど。」
理解不能なことが多すぎてすでに脳は全く働いていなかった。
そうなると面白いことに自然とその場に合った自虐ネタがたくさん浮かんできた。
俺、普段からそんなに自虐ネタばっかり言ってたのか!
「この写真ですよ」
そう言って佐倉さんは俺に向かって自分のスマホの画面を見せてきた。
そこにはなんと俺が写っていた。
その写真には俺と宝生先輩が写っていた。もちろんただ写っていたのではない。化学部の机に突っ伏して寝ている宝生先輩にキスしている俺の写真が写っていた。
実際、キスはしてない。
好きな人が無防備で寝てたからこっそりキスしたいなって思って顔を近づけただけだ。
そしたらなんと宝生先輩の顔が目の前に来たんだよ。
キスするとき、相手の顔が目の前に来るのは普通だけど、めちゃくちゃ恥ずかしくなったんだよ。
こちとら16年間女子とまともに関わったことのないピュア童貞だぞ。女子の顔が目の前に来たら恥ずかしくて逃げちゃうわ。
しかし、そんな事実とは裏腹にその写真は完全に寝ている宝生先輩に俺がキスしているようにしか見えなかった。
本当に上手く撮りやがったな。
「寝ている女子にキスするなんてセクハラですよ、先輩」
「違う! キスなんてしてない」
「そうですね、キスはしてませんでしたね、とゆうか出来ませんでしたね、ヘタレ先輩」
「ならぁ!」
「でも事実なんてどうでもいいんですよ。大切なのはこの写真です。この写真には寝ている女性の唇を勝手に奪ったセクハラ最低野郎が写っているんですから」
……終わった。
この写真が宝生先輩に知られればもう恋人になるどころの話しではない。
同じ部活の仲間、どうでもいい話で笑いあえる関係すら壊れてしまう。
実際、宝生先輩以外の人にバレても自分が危機的状況になることは確実だ。
クラスではハブられ友達、その中でも最も仲の良い友部 友樹にすら疎遠にされるかもしれない。
だが、あさひの脳内はこの時宝生先輩のことでいっぱいだった。
……どうする……どうすればこの状況を打破出来る……どうすればあの写真を宝生先輩にバレずに済む。
……わからない……どうすれば……
「だ か ら 〜 勝手に考え込まないでくださいよ、言ったでしょ、保険だって」
「保険?」
その瞬間、あさひの心は安心で満たされた。
状況は何一つ変化していないのだが「宝生先輩にバレないで済む、今までと同じ関係のままで済む」と考えただけで自然と全身の力が抜けた。
そんなあさひを美玖はにっこり笑ってもてあそぶ。
「そうです。先輩この写真を宝生先輩やその他北高生にバラされたくなかったら……私の奴隷になってください」
佐倉さんは猫が人にじゃれついてくるときの鳴き声のような聞いた人に安心感と母性を感じさせるような声で俺に爆弾を投げつけてきた。
奴隷……その言葉を聞いた時のあさひの頭にはそこまで酷い状況は浮かんでこなかった。
それどころか少しいいんじゃないかと言う気すら湧いてきた。
完全に昨今の成人向け漫画や成人向け実写動画の影響である。
美少女が自分だけにためにお仕置きをしてくれる、それってご褒美…………いや、ダメだ。
そんないびつな関係、俺は望んでない。それに俺は宝生先輩が好きなんだ。
「奴隷になれってどう言うことなんだ? 俺は一体何をやらされるんだ?」
佐倉さんはクルクルッと回りながら後ろに下がり、劇終盤の悲劇のヒロインのように化学室の床に座り込み両手を天に伸ばして語り始めた。
「私、いわゆるお嬢様ってやつなんですよ。なので両親がとっても厳しいんです。子供の頃からいくつも習い事をさせられました。ピアノにお琴、習字など色々、それでも時間を作って友達と遊んでいたんです。小学校高学年になると周りの友達が徐々にゲーム機でゲームをするようになりました。だから私もみんなと一緒に遊ぶため、話を合わせるため両親にゲーム機を買って欲しいとお願いしたんです。……なのに、なのに! 両親はゲーム機を買ってくれなかった。そんなことしてる暇あったらピアノの腕をみがきなさいってね。結果私はみんなのゲームの話題には入れなかった。ゲームの話をしてるみんなの顔は私とゲーム以外の話をしている時より楽しそうだった。」
芝居めいた語り口調だった。
化学室の床に座っていた美玖は立ち上がり、まるで舞台で悲劇のヒロインを演じているかのように両手を広げてまるで翼を与えられ空を自由に飛べるようになった喜びを表し、満面の笑みをあさひに向け大仰しい口ぶりで続けた。
「だから、やることにしたんです。ゲームを。先輩を使って」
「俺を使ってゲーム?」
「そうです、先輩には私がプレイするゲームの主人公になってもらいます。みんながあんなに楽しそうにやっていたゲームをやっとプレイすることが出来るんです。指示にはしっかり従ってくださいね、先輩」
ここまで聞いても理解できない。
佐倉さんの家庭環境は確かに厳しいものだった。
俺だったら絶対に耐えられない。佐倉さんはすごいと思うけれど、俺を使ってゲームするという発想は全く理解できない。
頭が全く働いていないにもかからわず、自虐めいた言葉が自然と口から出た。
「なんの種類のゲームをするんだ? 言っておくが熱血スポーツ系で全国大会を狙え、とか不良ヤンキー系で日本一喧嘩の強い男になれとかは無理だぞ。俺の運動神経は平均程度だぞ、持久力には少し自信があるがそれだけだ。」
「安心してください、体力を使うようなゲームではありません。とゆうか女の子がそんなゲームやるわけないじゃないですか。ほんと先輩、女子のことわからないんですね。そんなんだから一年も雪先輩と一緒にいるにも関わらず、なんの発展もないんですよ」
ぐはっ!
人が触れて欲しくないところを的確に刺してくるぞ、この女。しかも正論だから言い返せない。性格変わりすぎだろ、いつもの妖精のような佐倉さんに戻ってくれよ。
「なら、どんなゲームをやろうって言うんだよ」
佐倉さんは両腕を広げニッコリ笑いながら一大発表でもするかのように答えた。
「そんなの決まってます。恋愛ゲームですよ! まあ、主人公が先輩ってのは少し残念ですが……どうせなら、可愛い女の子が良かったです」
佐倉さんのこの言葉を聞いて俺の頭は思考の迷路に迷ってしまった。
今なんて言った? 恋愛ゲーム? つまりギャルゲーってことか?
あの佐倉さんがギャルゲーをやりたいって言い出したのか? しかも、俺が主人公で。意味がわからない。
「さっきも言いましたが、私子供の頃から習い事をたくさんやらされていたので恋愛なんてしてる暇なかったんですよ。仲のいい男子はたくさんかいたんですけどね。高校に入学して自分の本当にやりたいことを探すためにという口実で両親を説得して習い事を減らしてもらったんです。だから今こそ恋愛をしてみようかと思ったんですよ」
美玖はあさひの直前まで移動して身をあさひの方へ乗り出しながら続けた。
「でも、いきなり恋愛しようって思っても何していいかわからないじゃないですか。だから決めたんです。今、片思いしてる人を私の意のままに操ることでまずは恋愛を知ろうって」
「だから、先輩。私の主人公になってください」
「この方法ならゲームを楽しむことも恋愛を学ぶこともできますからね、一石二鳥です」
俺の頭は未だ迷路に迷ったままだった。
佐倉さんが俺の直前まで来て、身を乗り出しているため佐倉さんの顔をいつもより近くに見ることができた。
混乱した俺の頭には「やっぱり佐倉さんって可愛いな。」と言う情報しか流れていなかった。
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