おふくろの味はカレーライス♪

桃もちみいか

おふくろの味。具がゴロゴロカレーライス。

 華やかな桜の花々が、外の世界を彩り始めていた。

 俺の生活はそんな美しさとも華やかさとも正反対。灰色とくすんだ青のようで、一日一日を無駄に過ごしてる気がしている。

 春は三寒四温とはよく言ったものだ。

 今日はとても冷え込んでいた。

 寒くて、今はしかも腹が減っている。朝から何も食べていなかった。

 買い置きをした覚えがないので、家にはたぶん食い物は無い。分かってはいたが、もしかしたら忘れているお宝があるかも知れない。

 可能性に賭けてみよう。


 俺の住んでる部屋は1Kなので、リビングと同じ空間にキッチンスペースがある。キッチンの床は冷たすぎて裸足ではこたえるな。

 慌てて靴下を履いてから、キッチンの冷蔵庫や収納箱を漁ったがカップラーメン一つ出て来なかった。


 近くのスーパーに買い物に行こうと思ってもみたが……。

 財布を見て、落胆する。

 残金をしっかり分かってはいたが、奇跡や魔法を願ってしまった。

 働かざるして、金は増えない。投資してる株や財産も無いので増えるわけが無い。


 ――はあ、金が無い。

 本気マジでやばい。

 安月給、ただ生きているだけで金が減る。

 財布の中身があと四百円。


 煙草は吸わない、酒もやめた。

 ギャンブルはしない、女遊びもしない。

 ついでに、彼女もいない。

 ボロアパートに住み散財はしない。高い物は買わないし、自家用車もない。堅実で節約をし慎ましく生きている!

 それなのに、お金が無いぞ。


 俺は家計簿をスマホでつけている。

 収入を上回る支出。電気ガス水道代、民間保険に年金国民保険……食費、トイレットペーパーや洗剤とかの雑費。

 毎月毎月スマホの画面に出てくる、デッカイ赤字と書かれた表示が目に痛いぜ。


 会社が不景気で、元々雀の涙ほどのボーナスが出なくなった。リストラが始まり給料が激的に目減りした。

 もうそろそろ、転職をする節目かもしれない。


 給料日まで、あと三日。

 仕方ない。それしかない。

「実家に帰ろう!」

 俺は決めた。

 そうだ、実家に帰ろう!



 ◇◇◆◇◇



 実家は自転車で45分。

 同じ市内なのだ。

 三月の花冷えの斬りつけるような風を顔や体に受けながら、必死に自転車のペダルをこぐ。


 腹減った。腹減った。

 飯食いたい、飯食いたい。


 事前に母ちゃんに電話をして、一週間ほど甘えさせてもらうことにした。

 実家に着くと父ちゃんは仕事で沖縄に出張中だった。沖縄か……、暖かいんだろうな。


 会社はわりと実家寄りなので、自分のアパートから通うより楽チンなのだ。

 いえーい。朝はゆっくり寝てられるぜ。

 いい大人になってるのに情けないが、困ってるので親に助けてもらう。

 両親の健在を改めてありがたく感じる。


 ありがとう、母ちゃん。

 ありがとう、父ちゃん。


 いつか親孝行しまっせ。たぶん、いつか。……必ずきっと。そのうち出世したら、温泉旅行とか海外旅行とか連れて行ってやるよ。……こんな俺じゃ、いつになるか分からないけど。



「さあ、あんたの好きなカレーだよ」


 でかいカレー皿に、母ちゃん特製の具のゴロゴロでっかいカレーライスが盛りつけられている。

 人参じゃがいもゴロゴロでかい。

 隠し味は一欠片ひとかけらのチョコと林檎の擦り下ろし、そしてカレールウは違うメーカーの甘口中辛のブレンドらしい。

 ガラムマサラってのも入れるとか入れないとか。


 俺は母ちゃんの作るキーマカレーも好きだし、たまにカレールウを使わない本格カレーも母ちゃんは作るが、やっぱりこれ、これっ!


 俺にとって、おふくろの味はこのカレーライスなんだよな。


「美味そ〜!!」

 

 テーブルの上には、あとはサラダ。

 ホクホクじゃがいもと玉ねぎ、きゅうりとゆで卵を粗く刻んで入れたポテトサラダ。

 そして俺の大好物のアップルパイと、苺の練乳がけとチーズケーキが所狭しと並ぶ。


「いただきますっ!」

「召し上がれ。たくさん食べなさいね」


 美味そうなカレーの刺激的なスパイスの香りが、俺の鼻腔を行進しながら脳を覚醒させる。(オーバーかな?)


 俺はテーブルを視線だけで見渡す。

 まず一番目は、ホカホカ白い湯気を上げてる大好物のカレーライスを食べよう!

 銀色のスプーンでルーと米を同時にすくげた。

 よしっ! この厚みは豚肉だっ。間違いない。よく味わいたい。

 ぱくっ。もぐもぐ。

 ――んっ?


「母ちゃん……これ……」

「なあに? どうした? ……ふふっ」

「豚肉かと思わせといて、厚揚げかよ〜」


 カレーライスに入っていたのは厚揚げだった。

 母ちゃんは可笑しそうに笑ってる。


だまされたぜ〜」

「それはびっくりさせようと思ってね」


 母ちゃんはおもむろにキッチンから、何かを持って来ていた。


「はははっ。実はお肉はステーキにしたよ。久しぶりにあんたが帰って来るから、母ちゃん嬉しくって張りきっちゃった」

「母ちゃん……」


 しんみりとした。俺は少し涙ぐんだ。厚揚げカレーをかきこみ、ステーキも食べる。



 ✻



「もう一つ、実はびっくりすることがあるんだよ」

「なんだよ、母ちゃん。厚揚げ以外になんかあんのか? アップルパイが実は辛い……とか?」


 その時、母ちゃんが少し寂しげに笑った。母ちゃんは、おもむろに録画していたドラマをリモコンでつけだした。


「あんた、仕事上手くいってないんだろ?」

「まぁ、正直あの会社は傾いてるな」

「そうかい。あのね、あんたの人生どんでん返しできる秘密があるんだよ」

「はあ? 何言ってんだ、母ちゃん」


 母ちゃんはテレビドラマの画面を指差した。そこには国民的大女優が映っていた。若い頃から大人気でスーパースターだったらしい。

 今や日本を代表する、誰もが名前を知る大女優の姿があった。


「女優の夕霧苗子ゆうぎりなえこがどうしたんだよ?」

「あんたの本当の母ちゃん」

「えっ!? えぇっ? 何言ってんだよ。下手な冗談だな。ドッキリ仕掛けるならもっとマシな――」


 母ちゃんは泣きながら、俺に茶色い大きな封筒を出して来た。


「なんだよ、これ?」

「母ちゃん、後妻なんだよ。夕霧苗子は父ちゃんの前妻でね。苗子さん、世間には結婚も出産も内緒にしてたんだけど。……だから、あんたあの人の隠し子なんだよ。父ちゃん、大女優とは上手くいかなかった。父ちゃんと私は幼馴染みだろ? 相談聞いてるうちに、父ちゃんにもあんたにも情が湧いちゃってさ」

「嘘だろ?」


 封筒を開けると出てきたのは、一枚の写真と通帳と手紙、そして。

「戸籍の謄本……」

 俺はガクガクと震えた。

 衝撃の事実だ。ずっとあった土台も家族も何もかもガラガラと足元から崩れていく気がした。

 少し古くなった写真には俺らしき赤ん坊と若かりし日の父ちゃんと夕霧苗子が映っている。手紙には夕霧苗子の俺宛ての謝罪の文面がある。


 意識が遠のく。


「お金は苗子さんが毎年送って来てね、貯金しといたんだよ。あんたのお金だ。自由に使いなさい」


 母ちゃんが、俺の本当の母ちゃんじゃない?


「二千万ぐらいあるから、会社でも起こすなり転職の為に勉強するなりしなさい。資格を取るも良し、大学行き直したり留学も出来るんじゃないかい?」


 戸籍には母ちゃんとは血の繋がりがない証があった。

 心臓がバクバク言っている。手の平にじんわりと汗をかいて、呼吸が浅くなる。

 俺は封筒を母ちゃんに突っ返した。


「このお金は母ちゃんと父ちゃんで使ってくれ。実家うちは古くてガタが来てるじゃん。リフォームしたり、老後に役立ててくれ。あのさ、母ちゃんさえ良かったら、俺を母ちゃんの子供でいさせて欲しいんだ。今までどおり。母ちゃんと俺似てんのに……他人なんて」

「長年一緒に暮らしてると、不思議と似てくるんだろうねぇ」


 母ちゃんは泣きながら笑っていた。何度もティッシュで涙を拭き取っている。


 嘘だったら、良かった。冗談だったら……。


「母ちゃん、あんたのこと、本当の息子だって思っているよ」

「母ちゃん……。俺、自分の手で人生をどんでん返ししてやる。必ず、大逆転して母ちゃんと父ちゃんに孝行するからな」


 俺はこの日、信じていた物や常識がどんでん返しにあった。


 だけど、大切なものは変わらずそこにあって、思い出も家族もあって。


 俺の中の何かをがらっと変えてくれた。

 母ちゃんを喜ばせたい。

 血の繋がりがないのに、自分の息子として愛して育ててくれた母ちゃんに感謝した。


 どこか人生を諦めていた。

 ツイてないなと思っていた。

 やる気や目的を持たない俺に、真実は目標を持たせてくれた。


 母ちゃん父ちゃんに孝行しよう。

 大事なものは家族だから。


 俺は母ちゃん特製のカレーライスをお代りしてガツガツ平らげ、母ちゃんと仲良くスイーツを分けて食べた。


「母ちゃん、あんたの母ちゃんで幸せだ」

「……俺も幸せだ。ありがとな、母ちゃん」


 俺はおそらく初めて母ちゃんに心から感謝した。


 人生のどんでん返しは

 そう、

 これからだ――



       了





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おふくろの味はカレーライス♪ 桃もちみいか @MOMOMOCHIHARE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ