第38話:二度と復活してくるな

 火口から俺たちを睨む邪竜。

 切り裂いた翼がもう再生しはじめているな。とっとと片付けてしまおう。


 再び奴が口を開き──閃光が放たれる!

 だがこれも防御結界で跳ね返す。

 同時に全方位型の、闇色の刃が俺たちを囲んだ。


 結界への負担が重なり、亀裂が生じる。


「負けるわけにはいかない! 俺の──俺の背後には、野菜畑や小麦畑があるのだから!」


 おおおおぉぉぉっ!

 結界に注入する魔力の量を更にアップ!


『グオオォォォォッ』


 あちらもパワーを増したようだ。

 埒が明かない。


 本来もっと落ち着いていられる時に使いたい魔法なのだが、仕方ない。

 防御結界の内側に聖領域サンク・フィールドを展開。更に俺とイルクに魔力付与防盾エンチャント・シールド"を付与。

 これで十分時間を稼げるだろう。

 あと奴の声が五月蠅いので、静寂サイレントの魔法も掛けてっと。


『グオオォ──────』


 よし、雑音は消えた。これで集中できる。

 

 深呼吸を一つ。

 宙に魔法陣を描きつつ、詠唱に入った。


「"始原のマナ──巨人の吐息──"」


 呪文の頭を口にするだけで、周辺の気温が一気に下がっていく。上位精霊であるイルクの精霊力をも無視して。


「"無より生まれるのは全てを凍てつかせる霧"」

『そ、その呪文……若干異なるが、まさか──』


 気が散る。黙っててくれ。


『……ぴぇぇ』


 完成した魔法陣から、白い粉のようなものがキラキラと溢れだす。

 まるで俺たちを包むように流れ出るそれは、濃霧となった。


 だが触れてはいない。触れてはいけない。

 イルクもそれを知ってか、微動だにせずただただじっとしている。

 それでいい。

 僅かにでも触れてしまえば、生命の活動を停止してしまうのだから。


「"生命の炎すら消し去る、白銀の世界となれ──絶対零度アブソリュート・ゼロ!」

『やはりそれは、大陸をも氷の大地にするという禁忌の魔法っぴね!』


 それは魔力が足りなかったときの場合。

 この魔法はコントロールが難しく、未熟な魔導師では暴走させて一国を滅ぼしたこともある魔法だ。

 あっちの世界はそれが理由で禁忌にされていたが、この世界では大陸を滅ぼした奴もいるのか。

 なんて恐ろしい。


 眼下に向け集束した魔力を解き放つ。

 俺たちを包んでいた濃霧が、まるで雪のように降り注ぐ。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 だが一粒大地に触れると、そこから瞬く間に大地を純白に染め上げる。


「はーっはっはっは! 溶岩だろうと、俺の敵ではない! さぁ、凍れ!!」

『お主、すっかり悪役のようだっぴ』


 それまで黒々としていた噴煙も、雪に触れて真っ白な柱に。

 そして火口すらも凍らせ──外から中から内側から、全てを冷却させるとついに俺は火山の噴火に打ち勝った!


 断末魔の咆哮は上がらない。

 いや、口を大きく開けているのだから何か叫んではいるのだろう。

 それも静寂の魔法によって、奴の周辺の音は全て掻き消される。


 静かに……。

 どこまでも静かに、奴は氷の巨大彫刻となった。

 最後には──


「"隕石召喚メテオ・ストライク"」


 無詠唱によって召喚されたのは直径5メートルほどの小さな隕石だ。

 それを邪竜目掛けて落とせば木っ端みじんに粉砕!!!


『お主っ。火山岩よりそれキケーン!』

「しまったぁぁっ。よけろイルクゥゥゥッ」

『ぴえぇぇーっ!』


 慌てふためく俺たちの目の前で、ずごっっと大地が隆起する。

 それはハムスターによる物理的な結界だった。


『ふっ。我に感謝するがいい! そして毛繕いをするがいい!!』


 ドヤるハムスターに、今は感謝しておこう。あとで毛繕いもしてやるか。


『ところで主よ、これいつになったら溶けるのだ』

「んー……一カ月は凍ったままだろうなぁ」


 規模を極小にしたものの、生半可な魔力では邪竜を凍結させられないかもしれない。

 そう思って手加減を一切しなかったからなぁ。


 まぁ……それでもあの魔王は耐えたんだけどな。


『イ……カ……消火は完了した。全ての火は鎮火したが、動植物の命はだいぶ失われ……タ』

「そうか……今後は山の再生も考えていかなきゃならないな」


 やることがまた増えたな。

 仕事があるというのは良いことだが、余計な仕事を増やしやがって。

 ま、この世にいないモノを責めても可愛そうか。


 今は安らかに眠れ、邪竜よ。そして二度と復活してくるな。


  

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