バグロード市編

第22話 冒険者の称号プレート

午前中の仕事は仮市長として働く。

なので市長室に顔を出せば、アリッサが悲鳴をあげた。


「きゃあっ、し、市長?! おはようございます。あ、朝からお疲れですね…?」

「ああ、おはよう」


挨拶もそこそこに執務机に着くと、そのまま突っ伏した。


「大丈夫ですか?」

「なんとか意識は保ってる程度だが…」

「うっわ、見事な凶悪ヅラだな…昨日は眠れなかったのか?」


市長室に入ってくるなり、ダグラスが目を丸くした。

自覚はあるので、そっとしておいてほしい。


「おはようございます、ダグラスさん」

「おはよう、アリッサちゃん。今日も可愛いね」

「人の秘書口説いてる暇があるなら仕事しろ、何しに来たんだ?」

「いや、挨拶だから。円満な人間関係には大事だろ。しっかしなんだその顔、何か悩み事か? お前、凶悪顔の割には繊細だからな」

「ダグは顔の割には鈍感だよな」

「だからスッキリしたいい顔だろうが」


眉間の深い皺がデフォルトの自分に対して、ダグラスは好青年だ。顔もそれなりに美形の部類に入るため、大層モテててもいらっしゃる。

だが、本人の性格はいたってのんびりとした図太い神経の持ち主だ。細やかな神経をどこに忘れてきたの?と聞きたくなるほどだ。


昔、討伐依頼で、オークゾンビの群れに囲まれ腐臭を一日中嗅いでいたにも関わらず、焼いた肉がうまいとガバガバ夕飯が食べられるほどのツワモノなのだ。

あの時のパーティメンバーは5人だったが、今でも語られるほど、ダグラスの神経は図太い。


どうしてその無神経さや鈍感さが、女共に伝わらないのか不思議でしょうがない。

初見で悲鳴をあげられ、遠巻きにされるクロゥインのほうがよっぽど気配りができるというのに。


決して、羨ましいとは、言わない…

滅しろ、滅びろとは思うが。


「ちょっと急いだ方がいいと思ってこっち来たんだよ。とりあえず昨日の報告だが、お前が半魚人どもを連れて行ってくれたおかげで、街の混乱は治まった。市民も冒険者たちも落ち着いて、北門の兵士も眠っていただけで無傷ですんだ。半魚人にケンカを売った冒険者もいたが、お前に任されたからそっちは厳重注意にしといたからな」


フェーレンには街の中にいる魔族や魔獣に手を出してはならないという条例がある。破れば罰金だ。手を出す前に駆け付けることができてよかった。


「ただ、ちらっと深淵の大森林を覗いてきたが、あっちはひどいもんだ。死体がゴロゴロ転がってたぞ」


執務机越しにダグラスを見上げると、彼は報告書の束を差し出してきた。

ぱらぱらとめくりつつ、必要な情報を拾う。


「人狼の里の襲撃者は10人程度と聞いたが?」

「それ以外にもいたのかもな。まあ、とばっちりを受けた冒険者ということもあるが。出入口付近で5体、少しはずれた場所に8体ほど転がっていたな。ひとまず回収できるだけ回収して、今検分してるところだ」

「ぐちゃぐちゃに食い荒らされた死体を拾ってきたのか?」

「放置しとくわけにもいかないだろ」


これだよ、こういうところが神経が図太いというのだ。朝飯を思わず戻しそうになりながら、なんとか声を出した。


「で、襲撃者の正体は何かわかったのか?」

「どっかの金持ちか、貴族から依頼された冒険者ギルド所属の者たちだ」


ダグラスは執務机の上に、バラバラとプレートを放り投げた。

中指ほどの大きさで指2本分の幅のある金属の板だ。白金、金、銀、銅、青銅、鉄と金属の種類は様々、表の刻印もA~Eとある。


冒険者の称号プレートだ。または登録プレートとも呼ばれる。

登録した冒険者ギルドが発行しているもので、魔法で名前などを刻印させている。身分証にもなるため冒険者なら見える位置に提げている。携帯が必須だ。


金属のプレートは何を選んでもいい。そのプレートにA~Eのランクを刻むのだ。


ちなみに、金持ちのドラ息子などがゴールドやプラチナにランクEを刻むことがあり、失笑の的になったりする。ケチなランクSの冒険者がブロンズにSを刻印するのも眉を顰められる行為だ。そのため、大体はランクに合った金属を選ぶ。Eなら鉄や青銅、Sなら白金やミスリルだ。


表に刻まれたランクはバラバラだが、裏に彫られた刻印は共通している。


『バグロード市冒険者ギルド』


硬い文字で刻まれた表記に、盛大に顔をしかめる。


「あんのハゲ野郎、いい根性しやがって」


脳裏に隣の市の冒険者ギルド長のスキンヘッドの男の顔が思い浮かんだ。


フェーレンの冒険者ギルドのギルド長になった15歳の時から、散々難癖つけてきた相手だ。


グアラニーは銀の巫女が狙われ、攫われたのは自分たちの落ち度だと言っていたが、なんのことはない、クロゥインへの嫌がらせだ。

深淵の大森林から貴重な種族を拐うなど、管轄している市長の顔に泥を塗る行為だ。それを余所の市の冒険者たちが関与しているなら、フェーレン市の冒険者ギルドに喧嘩を売っている。つまり二重の意味で嫌がらせをされたと見なせる。


その行為が偶然にも魔王も馬鹿にした行為に繋がっただけだ。此方としては三重の意味で虚仮にされたのだが。要は魔王配下の将軍は巻き込まれただけとも言える。


「アリッサ、すまない。ちょっと最優先事項ができた」

「はい、本日の予定を調整しておきます。気をつけて行ってきてくださいね」

「ああ。ダグラス、出るぞ。ついでにレミアルも連れて行こう」

「了解」


言葉少なく頷いてくれる仲間たちに感謝しつつ、レミアルの元まで転移魔法で跳んだのだった。


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