第21話 思ってた店と違う…

「それが、気になるのかぃ?」


しげしげと服を眺めているとガウンを纏ったマヤと女が一緒に部屋にはいってきた。

もちろん風呂場での声はしっかり聞こえていたので、誤解が解けたようで、安心する。


女はクロゥインが見ていた服を面白そうに眺めている。持っているのは白色のブラウスに、赤いチェック柄のスカートがくっついているワンピースタイプの服だった。

サイズは小さめで、マヤにはぴったりに見える。


「それはこの前下ろしたばかりの新品だよ。小さいサイズだからあんまり着れる子がいなくて。思ったりも需要も少ないんだよ、見た時はピンときたんだけどね。うちの子たちには少し可愛らしすぎたようだ。確かにこの子によく似合うね。着せてあげるよ、おいで」


服を受け取ると、女はマヤを衝立の向こうに連れて行って着替えさせてくれた。

それを待つ間、クロゥインは壁にかかっている洋服をざっと見つめながら、こんな早くからやっている店についてようやく疑問が浮かんだ。


マヤが最初に来ていたのはアリッサが用意したもので、どこにあるのかわからない。まだ朝早すぎて本人に聞くわけにもいかない。

牛乳をかぶって替えの服がないとマヤが泣きそうになっている姿を見て、パニックに陥った頭で『サーチ』の魔法で『服、即、着替え』で検索してヒットした場所に慌てて跳んできたのだが。


「そうそう、着てきた服は洗って乾かしてあるから、忘れずに持って帰るんだよ」

「そうだよ!」

「ど、どうしたんだい?!」

「いや、なんでもない…ありがとう…」


女がマヤの服を着替えさせながら告げた一言に、クロゥインは地面が崩れるかと思うほどの衝撃を受けた。

汚れた服などクロゥインの魔法を使えば、すぐに洗って乾かせるのだ。

世の中には便利な魔道具もある。放り込むだけで綺麗になって乾燥までしてくれる。

洋服屋にもあるのだから、もちろんクロゥインが住んでいる市長館にもある。


どおりで、転移する前にデミトリアスが慌てて止めるような仕草をしていたわけだ。

早く言えよ、と思うが彼を黙らせたのは自分だったと気づく。


「うちのお客さんたちがしょっちゅう汚すからね。服を綺麗にするのはいつものことだよ」


女はよくわからない慰めの言葉をかけてくる。

しかし、本当にこの店はなんだろう。服屋の服を客がしょっちゅう汚すとはどういう状況だろうか。売り物を汚されれば、普通は怒るものではないのだろうか。

そもそも並んでいる服も違和感がある。

並んでいる洋服は極端に布面積の少ないものから、聖者、神官、冒険者と様々な恰好がある。

薄暗い部屋に怪しげに光る桃色のライトがぼんやりと洋服だけを浮かび上がらせているのだが。

これは本当に女性に需要のあるものなのだろうか。


服屋だよな?


「ああ、やっぱり。可愛いよ。このまま店においておきたいくらいだ。ほら、あんたもしっかり見ておくれ」


店に置く?


服の宣伝がわりにということだろうか。

ちょいちょい引っ掛かりを覚えつつ、クロゥインは衝立に視線を戻す。


衝立の向こうから現れたマヤが、もじもじしながら見つめてきた。白のブラウスに黒のリボンを胸元で結んでいる。ミニスカートからのぞくのはすらりとした綺麗な足。


やや恥ずかしそうに立っている姿は可憐だ。ぺたんと銀色の耳が下がっていて、所在なさげにしているところもいい。


「これを貰おう。いくらになる?」


きりっといつもの数倍以上眼光を鋭く問いかければ、女は怯んだ様子もなくはあっとため息をついた。


「うちは衣装の販売はしてないんだけどね。もう閉店時間だし、この服をこんなに似合う子は確かにいないから、今回ばかりは売ってあげるよ。小銀貨5枚、5万ジェニーだ」


この国で一番普及しているのは大陸通貨だ。『ジェニー』で『J』と表す。


一般人の平均月給が30万Jで、年収4百万Jが基本だ。硬貨は鉄銭、銅銭、青銅貨、白銅貨、小銀貨、銀貨、金貨の7種類。鉄銭1枚が1Jとなる。


服の相場などよくわからないので、鷹揚に頷いた。

空間魔法の『ストレージ』で異空間から小銀貨を取り出すと、女に支払った。


「着ていた服はこっちに包んでるから。帰ったらイイコトしてないで、ちゃんとした服を買いに行ってあげなよ。だいたい、いい大人なんだからたまには健全に遊びな。うちにも可愛い子はたくさんいるからね。犯罪者じゃなければ、金払いのいい客は大歓迎だ」


女の言葉の端々から疑問が浮かぶが、クロゥインは礼を述べると、布に包まれた服を受け取る。


「イメージ・クラブ『ももいろ天国』をこれからもごひいきに」


は?


成人指定のピンクの店だ!

女の言葉を理解したと同時に、慌ててマヤを連れて転移魔法で市長館へと戻るのだった。

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