第20話 仕事終わりの闖入者(アンバー視点)

「今日も良かったよ、また来るから」

「ええ、お待ちしております」


にこやかに帰っていく男を見送ってアンバーはふうと息を吐く。


これで、今日の最後の客を送りだした。後は、店の入り口を締めて、会計をするだけだ。できれば、その日の稼ぎはその日の内にやってしまいたい。

店の経営者として、キチンとしていないと気がすまない。


そうすると、一日が終わった気がするからだ。


軽く伸びをして、朝日を見つめる。徹夜にはつらいけれど、もう何十年もこんな生活をしていれば、慣れてくる。

小さくあくびをした途端、目の前に漆黒の男が現れた。


見間違いかと何度瞬きしてみても、朝の爽やかな空気をまるでぶち壊すかのような、大きな男はひどく人相が悪く見えた。深い眉間の皺がさらに凶悪さを増している。


え、強盗?!


こんな剣呑な顔をした男など決して堅気ではない。

朝早くから強盗だなんて、熱心なのか間抜けなのかよくわからない。

アンバーが身構えるより先に、男は切羽詰まったように口を開いた。


「服を売ってくれ!」

「は?」

「こいつに合う服を、今すぐに売ってくれ!」


ずいっと男が小脇に抱えていたものをアンバーに突きつける。


きょとんと見れば、大きな耳としっぽがついた獣人の可愛らしい女の子だった。珍しい銀色の毛並みが朝日を受けてキラキラと輝いている。獣人の年齢はわかりづらいが、見た目だけなら10歳程度の子供に見える。

彼女も金色の目を丸くしてアンバーを見つめ返した。


だが二人の関係性がよくわからない。

こんな凶悪顔の男に、なぜこんな可愛い獣人の子供がくっついているのだ。しかも子供は白濁にまみれている。匂いからして牛乳だろうが、何をどうしてそんな状況の中で、こんな店にやってきたのか全く想像がつかない。


「ええと、犯罪はお断りだよ?」


夢を売る店を自負しているアンバーだが、犯罪を許可した覚えはない。


男はどう見ても30歳を超えているし、少女とは年が離れすぎている。

警邏にでも通報しなければいけない案件だろうか。


「犯罪じゃない! ちょっと行き違った結果だ」


どんな状況だと思わなくもないが、遭遇してしまったものは仕方がない。というか、押し掛けられたが正解だろうが、警邏を呼ぶにも少女を男から引き離して安全な場所にかくまう必要がある。


女の子を守りたくなってしまうのは、アンバーの店にもよく似た境遇の娘たちが多いからだろう。


「とにかく話を聞くから入りな。うちの店の服を気に入ってくれてるのは嬉しいけど、牛乳まみれの女の子を放置するなんてかわいそうだよ。まったく、何プレイだかしらないけど、あんたも嫌なら嫌ってちゃんといいな」


びしっと宣言したが、男も少女も目を瞬くだけだった。


「ぷ、プレイ? 牛乳をかける??」

「まあ、いいさ。ついてきな、客をぼさっと入り口で立たせるのも問題だよ」


扉をくぐって受付カウンターを通り過ぎ、男をいつものドレスルームに案内してずらりと並んだ衣装を選ぶように伝える。女の子は一番近くにある隣の部屋の風呂場へと連れていく。ベッドには仕事を終えた店の子が寝ているが、ぐっすりと寝ているのか入っても動く気配がない。


シャワーしかない小さな風呂に女の子の服をぬがせて立たせると、ゆっくり湯をかけていく。

ぴんと立った三角の耳をあちこちに動かして、緊張しているようだ。


「今ならシャワーの音で、あの男には聞こえないよ。警邏隊を呼んでほしいかい?」


警邏隊はフェーレン市の市街地を守っている市長直属の私兵だ。門番や巡回などを行っており、気のいい屈強な男たちが多い。助けを呼べば、いつだろうが、すぐに駆け付けてくれる。


だが、女の子は首を傾げる。フェーレン市の者ではないのだろうから、警邏隊の意味がわからないのかもしれない。


そもそもフェーレン市は深淵の大森林に近いが、獣人はあまり見ない。


他の国では獣人もそれなりに見かけるそうだが、なぜかフェーレン市やその周辺には現れない。10年以上前には時折見かけないこともなかったのだが、近年はすっかりいなくなってしまった。


石鹸を泡立てて髪や身体を洗うと、少しだけ身体を硬くした。


「逃げたいなら、人を呼んであげるよ?」

「ううん、マヤはクロと一緒がいい」

「悪さされてるわけじゃないんだね」


念を押すと、少女はしっかりと頷いた。

それを聞いて、ふうっと安堵の息をついた。


不幸な女の子は少なければ少ないほうがいいに決まっているのだから。


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