第15話 魔王の玉座と代理
クロゥインは冒険者ギルドの集会所に集団転移した。
イプピアーラの先頭にいた者―――グアラニーとその部下100人ほどが、ぽかんと集会所の高い天井を見上げている。
空間転移の魔法は中級魔法なので『空間魔法士』のレベル50で得られる。一人空間転移するにつき消費魔力200となる。この世界はだいたいレベルに10をかけた数字が能力値になる場合がほとんどだ。『空間魔法士』なら50レベルで500ほどの魔力しかない。つまり1日に2回転移するのが精一杯となる。
集団で転移させる場合は人数×200なので、一人で実行するのは難しいと言われている。『空間魔法士』が2人いて1人跳ばすのがせいぜいだ。
それが常識なのだから、彼らがぽかんとするのも頷けるのだが。
魔族にも非常識として映るのは、人間としてどうなのかと思わなくもない。
だが、先ほども悪魔から非常識呼ばわりされたな、と空しくなる。
「なんだ、ボロボロだな。『インタイア』で『マジック・リカバリー』と『ヒール』かな」
何気なく口にしたが、そのまま魔法として発動した。
『インタイア』は全域を範囲指定するための空間魔法だ。空間内にいる対象に魔法をかけることができる。
あとの2つはどちらも『聖者』が使える魔法だが、『マジック・リカバリー』は自分の魔力を使って、他者の魔力を回復させる上級魔法にあたる。単体につき魔力100を消費するため、たいていは魔力消費量をカットする魔道具をつけて行使することが多い。もちろんそんな魔道具がなくとも、クロゥインの魔力量にはさほどの影響はない。
みるみる101人が元気になった。
だが、傷も癒えて魔力を回復させてやったというのに、全員が驚愕に慄いていた。
「はっ…なっ…か、回復? 魔力もすべて??」
グアラニーが困惑と驚愕と畏怖と畏敬をごちゃまぜにしたような不思議な表情で、百面相をしている。そんな忙しい半魚人の将軍に視線を向けると、彼ははっとしてぴんと背筋を伸ばした。ぼよんとお腹が揺れる。
記憶の中のままのずんぐり体形に、長い白い髭が特徴の老人だ。鎧兜から見える範囲の皮膚は鱗で覆われている。
彼は直立姿勢から、勢いよく平伏した。
「此度の失態、誠に申し訳ありません!!」
嗄れ声が、ぐわんと集会所に反響した。
大規模討伐後の祝勝会にも使えるように広く作られた集会所は500人の収容が可能だ。そこに100人程度しかいないのだから、狭さは感じさせないが一様にずんぐりとした体形の集団は暑苦しくもある。
そのうえ、率いていた頭の土下座だ。
「あー、いいから。とりあえず、報告だ。他の将軍からは事情が聴けなくてよくわからなかったからな」
「は! ご報告申し上げます。人狼の里が襲撃されまして、銀の巫女が連れ去られたと猿人のデッドボルトから知らせを受け、ただちに手勢100人を連れ現場に赴きました。それが未明のことです」
そうしてやってきたのが、目の前にいる100人というわけだ。
しかし、普段は魔王城にいるはずの半魚人どもが、ここまで半日で移動しているというのも不思議な話だ。人間の足で魔王城から深淵の大森林を抜けるのに最短を見積もってもひと月はかかる。それも魔物に全く出会わない場合だ。
ずんぐり体形のイプピアーラには迅速という言葉からは、かなり縁遠そうだが。
「ここまで来るのが速くないか? お前ら、移動はどうしてるんだ」
「配下にはサテュロスがいますので、彼らに運んでもらいました」
サテュロスといえば、半人半馬のワイン好きな種族だ。あと、女と美少年をこよなく愛するディオニューソス的なやつらでもある。
破壊的だが、小心者のため深淵の大森林に住んでいるが、姿を見ることはあまりない。スピードも速いので、見かけてもすぐにいなくなってしまう。なるほど、移動が速いのもうなずける。
しかし、彼らは半魚人をのせて走ったりするのか。
性格的に全く相いれないと思うのだが、そこは魔族同士なんとかやっているのだろうが。今は姿を見せないところを見ると、やはり仲が悪いのかもしれない。
クロゥインは彼らの鎧に付着している乾いた血を見て、話題を変える。
「で、どっかで戦闘でもやったのか?」
「我らが現場に駆けつけてすぐに5人の『魔法士』や『幻術士』と交戦いたしました。その後、デッドボルドの配下の者に野営地を作らせ、倒れている人狼に手当を施し休ませました。我らは巫女の匂いをたどって森を探索しましたが、見つかるのは敵とおぼしき輩ばかりで。何度か交戦し、撃退しましたが、肝心の巫女の匂いを街で見つけることができず…平にご容赦を!」
「そうか。言い忘れていたが、その巫女とやらは俺が助けたんだ。だから、気にするな」
「ええっ、魔王さまがですかな?!」
「おい、俺はあくまで仮だからな。魔王とか大きな声で呼ぶなよ」
「は、申し訳ありません」
顔をあげて叫んでいたグアラニーは、また床に顔を戻した。
この会話を以前もした気がする。そうして、彼はではなんとお呼びすればいいのですかと聞いてこないので、次に会うときも魔王呼びのままなのだろう。
「襲撃者はお前たちで片づけたんだろ? 街にも手を出していないし、よくやったぞ。お前たちはいったん戻って休んでくれ」
「はて、お咎めはなしということで…?」
「ああ。どこに帰りたいんだ。好きなところに送ってやる」
「ええ? この人数じゃあ、いっぺんにというわけには…」
「さっきもやっただろう。どこまで行きたいんだ?」
「では、魔王城まで―――なんて簡単にいくはずは…」
『サーチ』でイプピアーラを指定すると、『トランスフェレンス』を唱える。
全体魔法をかけなくても、『サーチ』で捕捉すれば指定ができる。認識すれば適応されるのが魔法のいいところだ。
呪文を唱えると、一瞬で景色が変わった。
魔王城の玉座の間まで跳んだのだ。
魔王城を使うことはないが、デミトリアスがまったく譲らずに作り上げた場所だ。彼の意思を反映し、贅の限りを尽くし趣向を凝らしている。1年かけて設計図を描き、さらにもう1年かけて築いている。
ここの話をデミトリアスが始めれば半日以上語り続けるほどの思い入れの強い場所だ。
はっきり言って居心地が悪いことこの上ない。
なぜなら10段ほどの階段を上がればその先に空の玉座があるはずだが、そこには等身大のクロゥインの人形が座って階下を見下ろしているのだ。
ごてごてと宝石で飾られた玉座には、同じく宝石で飾られた人形がいる。魔王らしい漆黒の服装に、金銀のネックレス、宝石のついた指輪に腕輪。正直、勘弁してくれとデミトリアスに願い出たほどだ。
あっさり却下されたが。
ちなみに人形はクロゥインが魔法で作り出したものだ。
生活魔法であるコピーを自分にかけたので、当時の15歳の姿のままだ。
デミトリアスに玉座を空にする魔王などいないと週に3日は魔王城に顔を出すように言われ、逃げるために作ったのだが、今では心の底から悔いている。
時間を遡れるならば、ぜひ戻りたいほどだ。
ちなみに、時間魔法はあるが、時間を遅くしたり速くしたりするのがせいぜいだ。もしくは時を止めることもできる。だが、戻すことは不可能だ。
デミトリアスを放置するのは危険だと実感した場所であり、後悔が詰まったところでもあるので、視線をなるべく動かさないようにして早口で告げる。
「着いたぞ。では、ゆっくり休め」
再度、ぽかんと玉座の間の天井を見つめる面々を残し、クロゥインは早々に帰宅した。
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