第13話 獣亜人軍団団長の焦り(グアラニー視点)
夕暮れ時のフィーレン市の大通りをずんぐりとした体形の一団が進む。
皆、鎧兜をまとい、戦闘態勢をとっている。数は100ほどだ。
その先頭を歩むのがグアラニーだ。
魔王軍三将軍の1人、獣亜人軍団団長。それが、彼の肩書きだ。
身長は小柄な大人ほどの大きさ。女性とほぼ同じくらいの身長だ。半魚人らしいずんぐりとした体躯で腹が出ており、鎧から出ている腕や足は水色の鱗に覆われ、白い長い髭がゆったりと揺れる。
兜をかぶっているが、防御のためではなく、直射日光を防ぐためだ。つまり日よけである。
「グアラニーさま、あそこの人間は食べてもいいの?」
傍にやってきた副官がよだれを垂らしながら、聞いてくる姿にグアラニーは戦慄を覚えた。
副官といっても、自分の甥の孫のそのまた孫の子供だ。
イプピアーラはみな、どこかで血がつながっている。そのため、話しかけてくる口調も親戚の子供が年長者に話すように幼いものになるが、誰も気にしない。
もちろん、グアラニー自身もだ。
そんなことより、今は話の内容の方が重要だ。
彼の視線の先には、街の白い建物の近くで身を寄せるようにこちらを窺っている親子がいる。
確かに昔の自分ならばおいしそうと思う端から喰らっていたかもしれない。
だからこそ副官の言葉に納得―――できるわけもなかった。
「バカもんっ、そんなことをしてみろ。ワシが魔王さまに八つ裂きにされるではないか。後ろの者どもにも命が惜しければ手を出すなと徹底しておけ!」
忘れもしない。
あのいけ好かないデミトリアスに頼み込んで今代魔王の御前で挨拶させてもらったときのことだ。
グアラニーが滔々と挨拶の向上を述べているのをうるさそうに手を払って止めた男は、ふっと息を吐いた。
そうして彼は眼光鋭く、街の人間に危害を加えることを固く禁じたのだ。
全身に走った死を感じさせる衝撃は、未だに身を震わせてしまうほど禍々しいものだった。
あの方が人間など、信じられない。
あの魔力。量も質も桁違いだ。魔族も魔獣も誰も彼には敵わないだろう。冗談か夢かと疑ったが、何度確かめても彼の魔力量は膨大で覆らない。
魔王など所詮、有象無象のボスだ。自分たちに害を与えなければ好きにしてくれればいいと、イプピアーラ率いて川傍で生活していたのだが。
あの日。
あの前魔王が消滅した日に感じた力はあまりに衝撃的で、この年まで生きてきて初めて恐怖を抱いたほどだった。
グアラニーはもともと自然魔法と呪術の使い手だ。自然魔法は、土・火・水・風・木の5元素魔法で、人間でいうところの魔法士と同じく攻撃魔法になる。イプピアーラではこれほど多種の魔法が使えるのは珍しいが、おかげで一族を率いてこれまで生きて来れたとも言える。
デミトリアスが将軍の地位を許している理由でもあるのだろう。
だから、こそ。
あの魔王の規格外の力の強大さを心の底、魂の芯まで感じることができる。
「それが、このような失態を…」
人狼の里が襲撃され、銀の巫女が攫われた。
その一報が魔王城に入った時、真っ先に思い浮かんだのが、あの日の彼の禍々しい姿だ。
人間どもが魔王の顔に泥を塗ったかのような所業だ。あの魔王が何に怒るのかは知らないが、歴代魔王ならば憤死するレベルでまずい事態だ。
しかもそれが自分の配下だというのが口惜しい。
以前は吸血鬼の長が将軍を務めていたはずで、その時にはこんな話は聞いたことがなかったのに、なぜ自分の代になって配下に組み込まれてからこのような事件が起こるのだろう。
失態を隠蔽するためにすぐさま、人狼の里に向かったが蹂躙された里に銀の巫女の姿はなかった。
配下に人狼の匂いをたどってもらい幾人かの下手人は見つけて森の中で始末したが、肝心の娘は街へと続く道の途中で匂いがなくなっていた。
半日かけてようやくフェーレン市までたどり着き、北門を見つけたときには絶望が増した。できれば街に入るまでに銀の巫女を取り戻して隠蔽したかったが、もう隠すことは難しいだろう。
ならばあとは、巫女を取り戻して許しを請うしかない。
北門にいた兵士たちはさっさと魔法で気絶してもらい、こうして街の中まできたものの、銀の巫女の匂いは辿れなかった。
途中で、街の中に放り出してあった幌馬車からわずかに銀の巫女の匂いがしたと報告があったが、巫女の姿はない。
この街には魔王の魔力の気配があちこちに充満していて、幌馬車からもしっかりと漂っている。あの方となんの関係もなさそうな捨て置かれた幌馬車からもしっかり感じ取れるほどの魔力量など恐怖しかない。できればこんな恐ろしい場所はさっさと逃げ出したいところだが、目当ての者の姿は一向に見つからない。
焦燥ばかりが胸に沸き起こり、苛立ちが募る。
「これ以上は進ませないぞ! 一体なにを企んでいるんだイプピアーラ!!」
そんなとき、威勢のいい男が立ちはだかった。
軽鎧に身を包み、剣を構えている。まだ年若い男だ。そのやや後ろには男女3人が並んでいる。
剣士、魔法士、聖者といったところか。
魔族には職業という概念はないが、人間はそうでないことを知っている。職業に合わせた攻撃があり、適した格好がある。長年生きていれば、それくらいの知識はある。
水棲人として気を付けなければならないのは、火の魔法だが、威力が弱いのであれば問題はない。たいして力を感じないが、周囲の人間どもの様子を見れば名の知れた者どもなのだろう。
さらなる面倒事に皺だらけの顔でさらに渋面を作りたくなる。
「おお、ランクAの冒険者たちだ」
「『氷結の盾』のメンバーだろ」
「ガイゼルさんたちが来てくれたぞ!」
「これで安心ね」
喜色に染まる声援を聞いて、ますます面倒ごとに巻き込まれたことを知る。時間もないというのに、己の不運を嘆かずにはいられない。
そもそも魔王は、街に住んでいる人間たちに手を出さなければ、街に住んでいる人間たちからも襲わせないと約束してくれたはずだ。
条例とやらでそれを設けたと言っていた。目の前にいる者は、それを知らないのだろうか。
「ええい、お前たちに用はない。銀の巫女を探しているだけだ」
「こんな大所帯でイプピアーラが攻めてきて見過ごしていられるわけないだろう?! 街の平和は俺たちが守る!」
「攻めてなぞおらん! ワシらは人探しをしとるだけじゃ、誰も街中では殺してはおらんだろうが」
「そんな言葉には惑わされないからな」
惑わしてなどいないというのに、これだから人間は!
まあ、イプピアーラは人肉を好物にしていて嬲り殺しを楽しんでいたので、当然の反応といえなくもない。ここまで来る間では何人か食しているので、それっぽい返り血もあびている。
しかし問答している時間があるなら、銀の巫女を探しに行きたいところだが、目の前の男女を瞬殺することも魔王の命令だからできない。
彼らを無傷で無力化するには、残存魔力が足りない。
すでに巫女を攫った者たちと戦っており、さらに北の兵士たちにも眠りの魔法を使ってしまった。仲間たちも何人かは魔力切れを起こしているほどだというのに。
「ぐぬぬぬ」
八方ふさがりとはまさに、このことだ。
「俺の街で好き勝手してるのは、誰だ?」
地を底を這うような重低音が響き、不機嫌を隠さない圧倒的に禍々しいオーラが辺りを一瞬で包んだ。
ある意味では助けだが、ある意味では希望が砕かれた瞬間だ。
夕日をバックに背負い、現れた漆黒をまとう男は眼光鋭くその場を睥睨するのだった。
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