第12話 三将軍の名前
頭を下げ、ひざまずいている二人を見つめてクロゥインが思ったのは、そういえばこんなやつだったな、ということだった。
もちろんデミトリアスに言うつもりはない。
引き続きのギルド長室だが、冒険者ギルドの三階建ての建物の最上階の一角であるこの部屋が一応、ギルド長の執務室になっている。つまりもう一つのクロゥインの部屋というわけだ。
ここも仮の肩書きだが前ギルド長を始末してしまったので、こればかりは仕方なしに引き受けている。仮でいたいのは、いつでも譲るつもりがあることを示した意思表示なのだが、周囲の受け入れは悪い。ダグラスに言わせれば往生際が悪いとのこと。
うるさい、と一喝したのは言うまでもない。
そんな冒険者ギルド長の補佐であるダグラスは、幌馬車を点検してくると言って出かけている。何か手掛かりでも見つかれば知らせてくれる手はずになっている。
残されたクロゥインは執務机を挟んで、二人を見下ろす形で座っているわけだ。
錆色の髪の屈強な男が、体を縮こまらせている姿は見ていて痛々しい。8年前に魔王城の竣工式で様子を窺いに行った際も、大きな体をしきりに小さくさせて震えていたように思う。
体の割には肝の小さい男なのかもしれない。
しかし、残念ながら種族と名前が思い出せない。顔を上げていないので、顔つきもぼんやりとしている有様だ。
ちなみに、探究者の下級魔法である『チェック』でステイタスを調べてみたが、ものの見事に『???』の表示だ。
レベル50以上の力のある魔物や魔族、人間でも『チェック』では調べられないようになっている。本気を出せば調べられなくはないだろうが、そんなことをすれば本人とデミトリアスにはばれる。
ばれれば理由を説明しなければならなくなり、お説教コースが発動してしまう。
「お召しにより、魔王軍の三将軍を控えさせております。ですが申し訳ありません、マイ・ロード。すでにグアラニーが独断で対処に当たっているようです」
デミトリアスが恐縮したように告げたが、グアラニーの記憶はうっすらある。名前は憶えていなかったが。
彼は三将軍の1人で、水棲人だ。二腕、二足歩行だが、ずんぐりとした体格で、びっしりと鱗に覆われている。老人のように豊かな髭を生やした男だったような記憶だ。
だから、説明してほしいのは目の前でひざまずいてる男の名前なんだ!
苛立ちを含んだ視線をデミトリアスに投げかけるが、彼は申し訳なさそうにするばかりだ。絶対に意図は伝わっていないだろう。まあ、伝わっても困るのはクロゥインだが。怒られるだけなので。
「で、被害の状況は?」
「やはり人狼の里は壊滅状態でした。まあ体は丈夫なので昏倒させられていただけのようですので、野営地にて休ませているところです。敵は魔法士と幻術士と魔獣使いがいたようですね。確認されただけで10人ほどで行動していたようです」
「そんな人数で動いていれば目立つはずだが。アリッサ、北門の出入り記録はどうなってる?」
傍らに控えていたアリッサが、手元の書類をめくってざっと目を走らす。
「それほどの人数の記録はありませんが、魔法士2人とか幻術士1人とかが入って何日か滞在している記録はあります。この中のいくつかが集まったのではないでしょうか」
「計画的だな、こればかりは防ぎようがなかった。グアラニーの件は了解したから、手が足りないようなら手伝ってやれ」
「かしこまりました」
デミトリアスが恭しく一礼するのを見届けて、もう一度2人に視線を戻した。
「失礼ながら、主殿。発言をお許しください」
「ああ、なんだ?」
顔を上げた美女はパロニリアだ。前魔王にも仕えていた淫魔で、出会いがしらの印象が強すぎて忘れられない存在となっている。なぜなら初めて会った時、彼女は下着姿も同然で、クロゥインに迫ってきたのだから。
淫魔だから、恰好については当然だと言われたが、目に毒なのですぐに服を着てもらったが。
今日はきちんと赤いドレスを纏っている。
本当によかった。
そんなクロゥインの内心にも気づかず、彼女はきれいな柳眉をひそませる。美女の悩ましげな様子も絵になる。ぼんやり眺めていると、形の良い口から鈴を転がすような落ち着いた声が響く。
「此度の件、グアラニーに一任されるということでよろしいのでしょうか」
「そうだが、何か問題でもあるのか?」
獣人はグアラニーの配下の者らしいので、将軍が治める方が筋が通る。どこに問題があるのか、わからない。
パロニリアは言いにくそうに口を開いた。
「その、グアラニーはイプピアーラですので―――」
彼女の言葉を遮って、ダグラスの声が頭に響く。
『クロゥ、緊急だ。半魚人どもが街中で暴れているぞ?!』
イプピアーラ。
半魚人で、獰猛。人をむさぼり喰い殺す種族だ。
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