第11話 銀狼の少女

「え、えと。助けてくれて、ありがとう」


淡い黄色のワンピースを着た小柄な少女が銀色のしっぽをふりふりさせながら、たどたどしく礼を口にした。


狼の三角耳はせわしなく左右に動いていて、金色の瞳は床を見つめている。ぎゅっとスカート部分を握りしめた手から少女の緊張が伝わってくる。


デミトリアスが将軍たちを呼びに行くというので、魔王城に転移するのを見送った。ちなみに、クロゥインが魔王城に行ってやつらから話を聞くと提案したが、たまには呼び出して威厳を見せつけるべきだとかなんとかデミトリアスが語るのでここで構えて待つことになった。


彼と入れ違いで、この銀狼の少女がメイドに案内されてやってきたのだ。


アリッサとダグラスが微笑ましげに少女を見つめている。


風呂に入って薄汚れていたところはキレイになり、卵のようなつるつるの肌が輝いている。

こぼれそうに大きな瞳と、長いまつげ。小さな鼻と桃色の薄い唇、ピンク色に色づく頬、と愛らしい顔立ちは、その場にいるだけで人の目を惹く可憐さだ。

銀色の長い髪はまっすぐに後ろに流しているが、サイドには細い三つ編みを作り黄色いリボンで結ばれていた。


執務机を挟んで、思わずぽかんとしてしまった。


檻の中にいた少女と同一人物なのか?


「おーい、クロゥ。顔が怖くなってるぞ」


気を抜けば眉間の深い皺や半目が俺のデフォルトだ。ダグラスの注意に慌てて、眉間の皺を指で伸ばす。


「あ、ああ。今、被害状況を確認させているところだから、しばらくはこちらで保護することになる。何か、攫われた理由を聞いたか?」


少女はふるふると首を横に振った。

運んでいた男たちは人間だったが、監視していた悪魔もいたようで何やら複雑な状況ではある。だが、彼女から情報を聞き出すことは難しいようだ。


「では、そちらも引き続き調べておくよ。何か困ったことはないか?」

「あの、ここは、どこ?」

「そうか、そこからか。ここはお前たちが住んでいた深淵の大森林の一番近くの都市フェーレンの冒険者ギルドのギルド長室だ。俺はギルド長のクロゥイン・キップ、クロゥと呼んでくれ」

「人狼の、マヤ」


一瞬驚いた表情をした少女はつぶやくように名前を告げた。

ふとあげた視線がクロゥインをまっすぐに見つめている。怯えられてはいないようだ。


ほっと胸をなでおろした。

たいていの女子供には怯えられるが、地味に傷つく小心者なので。


「よろしく、クローウ」

「いや、クロゥ」

「クロウゥ」


イントネーションがおかしいのか、マヤの発音は自分がいつも聞いている名前の音と異なる。

舌がうまく動かないのだろうか。


「クロゥ」

「クロ」

「あー、呼びやすい呼び方でいいから」

「クロ」


きちんと呼べるのはクロという部分だけのようだ。

苦笑するしかない。


「それでいいよ。とにかく状況が分かり次第、すぐに知らせるようにするから。アリッサ、彼女を市長館で面倒見てくれるか?」


市長館は市長の職場と住居スペースが一緒になったものだ。歴代の市長は家族で住んでいたので部屋数は多い。急な宿泊客にも対応できるようにもなっている。


クロゥインには一緒に住むような家族はいないため、マヤ一人増えても問題はない。


ちなみにダグラスも一緒に住んでいる。


マヤはまた市長館に戻ることになってしまうが冒険者ギルドに置いておくよりは安心だろう。

市長館が一部の冒険者や来客者から人外魔境と呼ばれていることには目を瞑る。


アリッサも快く引き受けてくれたことだしな。


「ええ、もちろんです。では、失礼しますね。マヤちゃん、ついてきてね」


少女は小さくうなずくと、アリッサの後ろに従って部屋を出ていった。


「俺、クロゥが幼女趣味だって知らなかった」

「え、違うからな。どこから、そんな話になるんだよ?」

「そりゃあ、あれだけ見つめてたら勘違いもするだろ」

「そ、そんなに見てないだろう?」


ダグラスは少し目を見張って、面白そうに口の端を上げた。


「自覚なしとは。お前、人のこと鈍感って言えないからな」

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