第515話 帰還1


 やっとのことで、ドラゴンの墓場の大穴を登りきることができた。


 空には星がまたたいている。ここは盆地の中の台地の上のはずだ。


 ずぶれだった衣服も登っているうちに半乾はんかわきになっている。かなり不快なので、真っ裸になって下着から全部着替えたらすっきりした。


 夜空を見上げると天の川のようなものも見えるのだが、空の星などまったく覚えてはいないので、方向が分からない。


 気ははやるが仕方がないので、明日の日の出まで休むことにした。


 草の生えた地面の上に毛布を敷いて横になり、もう一枚の毛布を丸めて枕にして、星空を眺めながら今日のことを思い出す。


 魔族戦のあとアスカと離れ離れになってしまったが、何とかここまで一人で頑張れた。俺も成長しているのかもしれない。


 いろいろ考えていたら眠くなってきたので、もう一枚毛布を出して体にかけて目を閉じた。




 朝日が差して目が覚めた。


 朝日の方向が大まかに言って東だ。ここからまっすぐ東に進めばセントラルから北に向かう街道に出るはずだし、南に進めばセントラルから西に向かう街道に出るはずだ。


 どちらに進んでもいいが、取りあえず東に向かって進むとしよう。ここからセントラルまで直線で七百五十キロ。山道は平均時速十キロとして、街道まで二百五十キロと仮定すると二十五時間。実際に走ればもう少し速く走れると思う。まあ、道があるのかないのか分からない山道を行くわけなので途中でモンスターに出会うこともあるだろうからなんとも言えないか。


 そこから時速二十五キロで街道を南下して五百キロで二十時間。六百キロなら二十四時間。街道ならもっとスピードがでそうだが、アスカもいないことだしこれもなんとも言えないな。


 走りづめでも丸二日かかる。それはさすがに無理だが、三日か四日でセントラルに戻れる勘定かんじょうだ。思ったほど大変でないな。しかし、三日も四日も行方不明となるとアスカを始めみんなに心配かける時間が長くなる。場合によったら、俺が元の世界に戻ったと思うかもしれない。マズいな。



 毛布を収納して、濡れタオルで顔を拭いて眠気を覚まし、まずは腹ごしらえ。


 ちゃんと食べておく方がいいだろう。昨日の夕食は壁を登る途中で食べたドラゴンジャーキーだけで済ませてしまったが、あれは結構腹持ちがいいようで、今はそこまで食欲があるわけではない。それでも水分だけはしっかり取らないとマズいので、朝はオレンジジュースを二杯飲み、ソーセージを挟んだホットドッグを一つ食べておいた。


「そろそろ、行くか」


 パシッ! っと、両手で顔をたたいてカツを入れる。



 台地を駆け下り、盆地を横切り、山並みの中に分け入って進んで行き盆地を囲むみねまで到達した。ミニマップ上では、モンスターなどの敵性のものは今のところいないようだ。


 しばらく峰の上を進んで、適当なところで下り始める。峰の上は木が生えていないしあしもとがしっかりしているので小走りで進めたのだが、峰から下ると足元が土で柔らかいし木々が邪魔してスピードは出ない。それでも休むことなく山の中を進んでいく。木立の間から前方やや右よりに太陽が見えるので、ちゃんと東に向かっていると思う。


 太陽が中天に差しかかったあたりで一度休憩して水を飲んだ。だいぶ山の中を進むのに慣れて来たようで、スピードは思った以上に出ていると思う。


 そこからは上り下りを繰り返し、途中、沢なども横断して、どんどん東と思う方向に進んで行った。




 陽も傾き、あたりが暗くなってきた。思った以上に足元は暗い。カンテラを手に持ってしばらく進んだが、片手が塞がっているだけでずいぶん速度が落ちてしまった。


 今日はこの辺りにするか。ここまでで百キロは進んでいると思うが、思った以上には進んでいない。


 この調子だと、王都にたどり着くまでにあと四日くらいかかりそうだ。


 気はくが、夕食をとって早めに寝てしまおう。




 ドラゴンの墓場で目覚めて、三日目の朝。


 やや開けたところで毛布を敷いて寝ていたのだが、辺りが明るくなる前、小雨こさめで目が覚めた。


 傘は持っているが、道もなく立ち木が林立した山の中で傘をさすわけにもいかない。仕方がないので、頭にいつぞや買ったテンガロンハットもどきをかぶって、点けっぱなしのカンテラの光の中で、朝食代わりにドラゴンジャーキーを食べ、オレンジジュースで流し込んだ。


 帽子のつばから垂れる雨水が肩にかかり、下着を通して体まで濡れてきた。寒くはないのだが、不快ではある。


 あっ! そうだ! いいことを思い出した。


 ビンゴ大会の賞品用に指輪を鑑定したとき、その中に雨の日にピッタリな指輪があった。その時はどうも皮膚がおかしくなりそうな気がしたので、賞品にしなかったのだが、どこにあるかな?


 収納庫の中にちゃんとあった。


 名まえは『雨にも負けず』

 この指輪をはめると、装着者の全身が撥水はっすいするようになる。


 これだよこれ!


 さっそく右手の小指にめてみた。


 何も起こらないないのでこれはハズレかと思ったが、気付けば濡れた下着が肌にくっ付く不快感がなくなっている。これはいい。



 夜は明けたはずだが、雲のせいでまだ暗い。このまま木々の繁る山中を突き切っていくのは逆に時間がかかる気がする。それで三十分ほど空が明るくなるのを待って出発した。


 少し出遅れたが、撥水指輪のおかげで、小雨の中でも昨日きのう同様のスピードで山の中を移動することができた。


 ミニマップ上にはたまに赤い点が現れるが、その点がモンスターなのか猛獣なのか分からないし、あえて接触する必要はないので、そのまま通り過ぎていった。


 進むにつれて、モンスターを含めた生き物が増えてきているようだ。



 一度、赤い点の群れがミニマップ上での進行方向にいたので、モンスターの可能性が高いと思って魔石奪取しようと思ったが、魔石を持たない猛獣のようだった。


 八角棒は砂漠に落としてきたらしく、いま手元にはないのでなにがしかほかの攻撃法が必要だ。


 直接対面しなくても、ミニマップ連動で収納関連のワザは使えるのだが、魔石奪取のようなピンポイント技ではないので調整がつかない。高速弾などを使った内部破壊攻撃やなんちゃってエアカッターも可能なはずだが、敵の体のどの部分に高速弾や空気塊が実体化するかはその時次第だ。そういうことなので、攻撃は相手を視認しつつ行うことにした。


 その前に戦いの準備として、防御力だけは先に上げておこう。


「装着!」


 フーを装着しようとしたが、装着できない?


 どうした?


 収納の中を探してみたが、フーがどこにもない。フーが消えてしまった?


 フーのことは後で考えることにして、目の前の敵をたおすことを考えよう。


 手間取っているうちに、ミニマップで見ると俺はすでに囲まれている。ちらっと見えた敵は大型の犬。おそらくオオカミだろう。


 アスカがいれば何匹いようが瞬殺だが、いまは俺一人。


 息をゆっくり吐いて気持ちを落ち着かせ、敵の接近を待つ。






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