第478話 帝都見物。実食、砂漠大ネズミ


 四人分のお茶はすぐに運ばれてきた。その後を置かず、アスカと俺の頼んだ砂漠大ネズミのシチューと小皿に置かれた丸パンがテーブルに運ばれてきた。アスカにはそのほか温野菜のプレートも運ばれている。


『お先にどうぞ』と殿下に言われたが、『はいそうですか、いただきます』とは言えなかったので、黙って目の前に置かれた木製のお椀ボウルの中に入った茶色のシチューを眺めていたら、隣のアスカが遠慮なく「お先に」とか言って食べ始めてしまった。アスカの場合は、殿下たちと同じパイ包み焼きを頼んでいるので、精神的なハードルは俺より低いと思う。というかアスカにはそんなハードルはないことを思い出した。


 俺も仕方ないので、


「お先にいただきます」といって、食べ始めた。


 出てきたシチューは、いろいろな野菜を形がなくなるまでトロトロに煮込んだ感じで、中にサイコロ状にカットされた小さめの肉がかなりの量入っていた。湯気と一緒に立ち上る匂いが食欲をそそる。


 見た目はすこし赤味をおびた深い茶色でビーフシチューなのだが、スプーンでかき混ぜたところ、どうやら固形物は大砂ネズミの肉しか入っていないようだ。さて、お味の方はどうだ。


 まず、シチューソースだけスプーンですくって軽く吹き冷ましながら口に運ぶ。


 ビーフシチューの場合、良くも悪くも油っぽい感じが口の中に残ったような記憶があるのだが、このシチューはトロっとしているものの、そういったしつこさがない。薄い酸味と甘みがあるが、それが気になるほどではなく、ソースのうまみを引き立てている。


 これは期待が持てる。


 次に、ソースと一緒に肉を一つスプーンですくう。


 これも軽く吹き冷まして、口の中に。


 前歯で軽く一噛みして大きくもない肉を半分にしようとしたが、思った以上に硬くて噛み切れない。


 少し力を入れて噛んだら、今度は逆に簡単に噛み切れた。何だか騙されたような食感だ。


 噛み切った肉を舌で転がして奥歯の方に運び、軽く一噛み。今度は硬い。


 少し力を入れて奥歯で噛んだら、プチン、といった感じで肉が潰れた。なんだ? これは癖になる食感だ。潰れたところで肉の旨みが口に広がった。


 そこからは、夢中で食べてしまった。半分くらい食べたところでハッとして手を止め、目の前に置いてあった丸パンに手を伸ばして、半分にちぎって皿に乗っていたバターを塗って食べてみた。コリッ、カリッ。中に木の実が入っているパンだった。焼きたてだったようで、まだ温かいパンの生地は柔らかく、モチモチしていてその中の木の実が良いアクセントになっている。


 俺がわきまえずほとんどシチューを食べ終わったところで、時間にして十分もかかっていない。サラダくらい頼んでおけばよかった。


 目の前の皿には小さなパンが二つバターの小片しょうへんと置かれていたのだが、殿下たちが食事を始める前に、俺とアスカふたりとも全部食べてしまってお皿の上は何もなくなってしまった。追加を頼もうもうか、どうしようかと考えていたら、アスカが、追加を頼んでくれた。俺の分はパンが二つ、自分の分はパンを三つ頼んでいた。俺はあと一つでもよかったが、アスカの三つはちょっと頼み過ぎじゃないか? アスカなら残さず食べてしまうだろうから問題ないか。


 すぐに追加のパンと一緒に、三人分のパイ包み焼きが運ばれて来た。皿の上に乗せられた黄土色のパイ、そのツヤのある表面のところどころがこげ茶色に焼けて、バターの匂いと一緒に実に香ばしい匂いが漂ってくる。俺のおなかもだいぶ膨らんでいるのだが、すごくおいしそうに見える。


 こっちも頼んでおけば良かった。


 殿下とお付きの人は、皿の上のパイ包み焼きをナイフとフォークを上手じょうずに使って口に入るくらいの大きさに切る。白いソースがパイ皮が切られたところからとろりとお皿の上にこぼれて出てくる。切り取った部分にこぼれ出たソースをつけてから口に運ぶ。


 一口食べた殿下が、目を細めて、


「おいしー!」


 うーん。そんなにおいしいのなら、俺もハムネア滞在中にあの料理を必ず食べなければならない。


 いつものように俺の左隣に座ったアスカを見ると、何も言わず淡々と食事を進めている。横顔だけしか見えていいないけれど、幾分いくぶん目が細まっている気がする。



 食事があらかた終わって、みんなでお茶を飲みくつろぎながら先ほどの料理についてあれこれ話をしている。


 俺は支払いを済ませてしまおうと、トイレに立つ感じで店の出入り口の脇にある会計用の小さなカウンターに向かっていたら、侍女の人が、あわてて駆けてきた。


「私が王宮よりサイフを預かっていますので、支払いは私の方で行います。ショウタさまはお気になさらず」


「そうですか。それではアスカともどもごちそうになりました」


 こういったところは難しい。ここで、あらたまった礼を言うと侍女の人も困ってしまうし、一言も言わないとなると、逆に俺の方が居心地悪く感じてしまう。


 最初から支払ってもらうことを当然と考えては図々しいと感じてしまうのは、俺が貴族の生活に慣れていないからで、貴族は基本その場で支払いなどしないそうだ。まとめて一月ひとつき分なり二月分を使用人が店に支払いに行くか、高額ならば商業ギルドを通して振り込むのが通例で、こういった旅先などで一度しか利用しない店での支払いは財布を任された使用人が払うそうだ。さらに言えば、伯爵以上の貴族は一人ではめったに出歩かないし、現金など持ち歩かないとか。そのかわり、もしもの時のために換金可能な貴金属製の装飾品などを身につけているそうだ。

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