第100話 逃亡勇者ヒカル


「勇者さまはまだ見つからないのか? あの人相にんそうだ、すぐに見つかるはずだろう」


 第2騎士団本部で側近そくきんの部下たちに、大声を上げるトリスタン第2騎士団団長の姿があった。


 先月、ギリガン騎士団総長に勇者をきたえなおしていただきたいと依頼したところ、総長による特訓が行き過ぎてしまい、勇者ヒカルの心が折れてしまった。その後のヤシマダンジョンでも、精彩せいさいを欠くどかろか全くのお荷物状態だったと聞く。


 王都に戻った後も、自室にこもり訓練にも参加しなかった。昨日侍女が勇者の部屋を掃除しようと部屋に入ろうとしたところ、鍵がかけられ、呼んでも返事がなかった。合鍵あいかぎで部屋に入ったところ、部屋の中に勇者の姿はなく窓が開け放たれていたそうだ。


 ヒカル・カネダが真の勇者であることを知るのは第2騎士団の上層部と一部の騎士、それにマリア王女付きの一部の侍女だけである。


 現在は、これこれの人相にんそうの者を探しだし、第2騎士団本部に連絡するよう、警備隊けいびたいにも応援を頼んでいる。



「何度も言うが、決して剣を向けてはならんぞ。私が行くまで勇者さまを引き留めておくんだ」


 トリスタンは、自分の実力では現在の勇者と良くて互角、これ以上勇者を鍛えることは困難になって来ていたため、己のはるか上の実力者であるギリガン騎士団総長に勇者を鍛えて貰おうと単純に考えていた。


 ギリガン総長に鍛えてもらえば、勇者ヒカルも何か得るものがあるだろうと思っていたのだ。 


 現在は、王国一、大陸一、二と言われる絶剣ぜつけんのギリガン騎士団総長の苛烈かれつさと実力を見誤みあやまっていた自分を後悔している。


 どんなに勇者ヒカルがダメな勇者でも、聖剣を扱えるのは彼一人なのだ。このままでは『魔界ゲート』を閉じる手段がなくなってしまう。


 あせりで、ひたいからいやな汗が流れる。マリア殿下不在のいま、頼れる上司はギリガン総長だけなのだが、この件を報告に行くのがためらわれる。しかし報告しないわけにもいかず意を決し、総長のいるはずの第1騎士団本部に向かうのだった。




◇◇◇◇◇◇


 昨日、発作ほっさ的に自室の窓から飛び出し、王宮を抜け出したものの、持参したのはわずかばかりの現金と、大切な『青き稲妻いなづまの大剣』だけである。


畜生ちくしょう、なんで勇者の俺があんなババアに負けなきゃならないんだよー!」


 もう何十回、何百回と繰り返した言葉である。


「くそー、何が『魔界ゲート』だ、知るかー」


「俺を、日本へ返してくれよー」


 最後は泣き言である。毎日っていた眉毛まゆげも、今は伸び始めている。


「モエもサヤカも俺を可哀そうなヤツを見るような目で見やがって。今じゃ俺のこと無視だよ、無視! チクショー!」


 最初ショウタを可哀そうなヤツと見下みくだしていたことはすっかり忘れている。


「もう絶対、王宮になんぞ帰ってやらないからな!」


 さすがのヒカルもこのまま愚痴ぐちばかり言っていても仕方しかたがないと思い直し、『青き稲妻の大剣』を抱えなおして、今後のことを考えた。


 まずは住むところ。今持っているお金でどれだけ生活できるかわからない。それなら、何かして稼ぐ必要がある。幸い自分は勇者だし、ここは剣と魔法のファンタジー世界じゃないかと思い直し、さっそく定番ていばんの冒険者ギルドを探すことにした。


 道行く人に冒険者ギルドの場所を聞こうと声をかけるも、どういうわけかこちらの顔を見ると逃げ出してしまう。全く失礼なヤツらだと思いながら通りを歩いていると、運のいいことにそれらしい建物が目の前にあった。しかも、人が出入りしている。ここで間違いないだろう。



 ヒカルが建物の中に入ると、そこは広いホールになっており正面に受付がある。受付には三人の女性が座っておりヒカルを見ると頭を下げた。どうも、雰囲気ふんいきが思っていた冒険者ギルドと違ったが、受付の前にはだれも並んでいないのでとりあえず、冒険者登録をしようと思い真ん中の青い服を着た女性に声を掛けた。


「冒険者登録してくんない?」


「申し訳ございません、こちらは王都商業ギルド本部でして、冒険者の登録はいたしておりません。冒険者の登録ですと冒険者ギルドにお越しください」


ナニー?!



 仕方しかたないので、先に今日泊まるところを探すことにした。


「こちらの商業ギルドの正面に見えますのが、当ギルドが経営しております『ナイツオブダイヤモンド』という宿屋です。設備も整っており、お勧めの宿屋です」


 どこかいい宿屋はないかと聞いたら返ってきた答えがそれだった。


 商業ギルドの玄関を出るとすぐ目の前がそれらしい建物だった。ここがその宿屋かと思い、エントランスに入ると確かに豪華ごうかな設備、大きなシャンデリアが天井からぶら下がりきらめいている。部屋をとろうと、カウンターに行き係りの者を呼んで値段を聞いて固まってしまった。


「シングルですと、一泊いっぱく朝、夕付きで、小金貨五枚から、素泊すどまりですと小金貨三枚からになります」


 何も言わずに立ち去ることにした。既にヒカルは『青き稲妻の大剣』による精神汚染せいしんおせんが進み、文字の判別はんべつが困難になっていたようである。





◇◇◇◇◇◇


「サヤカ。ヒカルがいなくなったそうだよ。今騎士団の人で探してるんだって」


「えー、そうなの? さいきん部屋の外にでてこなくなったから見ないと思ってたんだよねー」


「サヤカ、あなた、ヒカルと仲良かったんだから何か聞いてなかったの?」


「んーん。そうね、『もういやだっ!』って何度も言ってたよ。何でもすぐに投げ出すヒカルのことだから仕方しかたないんじゃん」


「あなた、ヒカルがいなくなってなんとも思わないの?」


「そんなことあるわけないじゃん。ヒカルがいないと『魔界ゲート』どうにもできないんでしょ? そしたら困るじゃん」


「それだけ?」


「うん、そんだけ。なんか変? モエも気にすることないよ」


「そう言われると、そうだね」




◇◇◇◇◇◇


 第1騎士団本部にある執務室で自分の机の上に両足を投げ出し鼻歌を歌う上機嫌じょうきげんのポーラ・ギリガン騎士団総長の姿があった。


 部下たちが早朝から訓練に身を入れてはげむ姿を見ていると実に気持ちがいい。訓練の様子を見終え、今執務室に帰ってきたところである。そこに昨夜から徹夜てつやで青い顔をしたトリスタン第2騎士団団長が現れた。


「おはよう、トリスタン」


「おはようございます。ギリガン総長」


「何かあったのか?」


「それが、勇者さまのことでご報告が」


「勇者さまがどうした。本物の方の勇者のことだよな?」


「はい。その勇者さまなんですが、昨日いなくなりました」


「なにー! おまえはいつもわたしを驚かせなければ気が済まんのか」


「申し訳ありません。勇者さまですが、先日、総長に特訓をしていただいて以来ふさぎ込むようになりまして、通常訓練にも参加しなくなり、あげく昨日王宮を抜け出したようです。現在警備隊も動員して捜索そうさく中ですがまだ見つかっていません」


 前回の訓練は素人に対して少しやりすぎたとその時は若干反省もしていたがすぐ忘れてしまっていた。今聞いて、あの時の最後の蹴りが余分だったかといまさら関係のないことを思い出すギリガン総長だった。



 そんなこんなで、関係者による必死の捜索そうさくが続けられた結果、一週間後、やつれはてた勇者ヒカルが王都の路地裏ろじうらで発見された。まるで、1週間過ごしたかのようだった。持っていたのは銅貨1枚と「青き稲妻の大剣」だけだったそうである。こうして勇者のプチ家出は終了した。





◇◇◇◇◇◇


「サヤカ。ヒカルが帰って来たそうだよ。騎士団の人が見つけたんだって」


「えー、そうなの? どこに行ってたんだろーね」


「王都の路地裏で見つかったんだって」


「へー、なにしてたんだろ?」


「さー、お金もほとんど持ってなくてボロボロだったそうよ」


「まあ、帰ってきたならよかったじゃん。ヒカルが帰って『魔界ゲート』何とかなるかもよ」


「何とかならなきゃ困るじゃないの」


「でも、相手はヒカルだからねー、わっかんないよ」


「そうだね」





[あとがき]

ここまでで100話。お読みいただきありがとうございます。

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