第65話 王都2


 乗合馬車は八人乗りで、決められた路線に沿って王都内をめぐり、最後にここに戻ってくるようだ。二頭の馬が繋がれている。そのほかに、少々お高くなるが、二頭立ての四人用箱馬車はこばしゃもある。詰めて乗れば五人でも乗れそうだ。屋根の上や馬車の後ろには荷物が乗せられるようになっている。


 われわれでは、乗合馬車での乗換のりかえも何もわからないので、タクシーのように使える四人用箱馬車に乗り込むことにした。


 中央市場までの料金を払い乗り込んだ。席順は、いつもの席順にしたが前に座る三人が狭そうなので、シャーリーを俺の右に座らせ、後ろの席が俺を含めた三人、前に二人となった。アスカはいつも俺の左。剣帯は邪魔なので刀と一緒に俺が収納した。


 馬車は、王都の周りを取り囲むように流れる運河にかかる橋を渡り、正門を潜り抜ける。まっすぐ西から東に延びる大通りの石畳いしだたみを馬車がガタゴトと進む。窓は鎧戸よろいどなので、隙間すきまからしか外は見えないのが残念だ。


 そう思っていたら、アンジェラさんが脇の鎧戸を押し下げると、そのまま収納され、窓が開いた。それをまねてヒギンスさんとシャーリーが残りの窓を急いで開けたのだが、アスカは不動を貫いていた。


「アスカさん? できれば、窓を開けてくれるかな?」


「マスター、申し訳ありません。窓を開けずとも情報収集に支障ししょうがなかったもので失念しつねんしていました」


 そう言ってすぐに窓を開けてくれた。素直すなおないいである。多分。


 窓から眺める王都の建物群は石造りの物や赤い煉瓦れんがでできたものなどがあり、かなり大きい。戦争前の丸の内まるのうち辺りのオフィス街がこんな感じだったんじゃなかろうか。見たことないけど。


 馬車はガタゴト進んで何回か直角に曲がり、一時間ほどで中央市場前に到着。馬車を降り御者ぎょしゃさんに礼を言って別れる。そこは箱馬車の停車場で、すぐに次の客が箱馬車に乗り込んでいた。


 中央市場は、なんというか生臭なまぐさい臭いが漂う場所で、すぐ先のセントラル港から水揚みずあげされた魚などを扱っているものと思える。周辺には商店が立ち並び結構なにぎわいだ。


「息子さんの店はどこか、誰かに聞いてみましょう」


「あのーすみません。このあたりに食べ物を扱ってる店でヒギンスさんていう若い男の人のやってる店を知りませんか?」


 歩きながら何人かに声を掛けたあと、やっと「ああ、ヒギンスさんの店ね」。知ってそうな人がいた。


「あんたのすぐ後ろの店だよ」


「ありがとうございます」。ここでも俺の豪運が火を噴いたようだ。


 振り返ると『食料品の店、ヒギンス』まんまの名前の店があった。店は三階建てで立派な建物だ。


「ここみたいですね」


 みんな偶然にも店の前まで来ていたことに驚いている。アスカは一人だけ違うけどね。


「ヒギンスさん、お願いします」


 久々のご対面にわれわれは一歩引く。


「みんな、ありがとう。

 すみませーん。この店にトーマス・ヒギンスはいますか? いれば、母親が訪ねて来たって伝えてもらえるかしら」


 店で商品を動かしていた女性店員に声をかけたようだ。驚いた女性店員がペコリと一礼して店の奥に走って行った。


『ヒギンスさーん、ヒギンスさん。ヒギンスさんのお母さまがおいでです。はい、店の前にいらっしゃってます』


『えー!』


 どたばた走る音がして、奥から三十前くらいの男の人が出て来た。


「トーマス。母さんきちゃった」


「母さんくるならくるとくる前に手紙でも寄こしてよ。でも、無事にこれたようで何より」


「ありがとう。トーマス。頑張がんばったのね、手紙で想像してたのよりずいぶん立派なお店で、母さんはほんとにびっくりしたわ」


「いやー、それほどでもないよ」


 トーマスさんがにやけながら頭をかいている。母親に手放しでめられた顔がうれしそうで、こちらまでうれしくなる。


「ところで、後ろの皆さんは?」


「紹介するわね。こちらの若い男の人がショウタさんでフードを被ってるのがアスカさん。キルンでお世話になってたし、いまも王都まで連れてきてもらったの」


「ショウタです。お母さんにはこちらこそお世話になってます」「アスカです」


「トーマスです。母がお世話になったようで、ありがとうございます」


「その横の美人の女の人が、錬金屋さんのアンジェラさん。ショウタさんと仲の良い人」。何か誤解されるような言い方だなー。


「アンジェラです。キルンで錬金道具屋をやっています」


「トーマスです」


「で、最後がシャーリーちゃん。ショウタさんが買い取った孤児奴隷こじどれいの子、私が料理なんかを教えてたの。覚えも良くて、その上、読み書きもできるすごい子なのよ」


「シャーリーです。ヒギンスさんにはすごく良くしていただいてます」


 きれいなお辞儀じぎをするものだ。


「シャーリーさん、トーマスです。よろしくね」


 こんな具合で、紹介が終わった。


「ヒギンスさんの荷物がアイテムバッグにだいぶあるんですが、どこに置けばいいでしょうか?」


「わざわざ、運んできていただいたんですね。ありがとうございます。母親用に取ってある部屋が三階にありますからそちらにお願いします」


 間口はそれほどでもなかったが、奥行きのあるそれなりに広い店の奥の方に案内され、そこから階段で三階に上がりヒギンスさんの部屋に案内された。日本で言う所の八畳間くらいの部屋で通りに面した板の間だった。とりあえず、運んできた荷物を全部出し、ヒギンスさんの指示に従い、重いものは俺とアスカで移動させたりした。


 その間シャーリーは軽く掃除そうじ。トーマスさんは俺が取り出す母親の荷物の量に驚いていた。俺からすると今回は家財道具は持ってこなかったのでかなり少量だと思ったのだが違うらしい。


 作業の後、お茶をれて貰って一服した後、用事があると言って早々においとました。



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