11.始まりの雨
両親が留守となる日。
早朝からの雨にも関わらず、我が家の両親はシエスを連れて、リリシェラの両親とともに早朝に出かけて行った。彼らは子供の事が心配では無いのか、特に何も言い残していく事はなかった。
十歳程度の子供を三人だけにして出かけるのだから、多少の気遣いが有っても良いのではないかと思う。
戸締りを万全にし、いつものように三人で学び舎に行き、授業を受けると、帰りも三人揃って帰って来た。ミューリナの授業は少し早めに終わったのだが、安全のため俺とリリシェラの終わりまで待たせたのだ。
「随分と雨が強くなってきましたね……」
「この分だと嵐になりそうね」
まだ夕方だというのに空は暗く、既に夜を迎えたかのよう。
窓を叩く雨音と、時折吹き付ける強い風音がやけにうるさく聞こえる。
「さ、晩飯の仕度しようか」
料理も出来ない俺だが、率先して台所に入る。ある程度は作るとしても、何か作り置きの品があるに違いないと思ったからだ。
「……げ!」
思わず俺は声を上げた。
突きつけられた現実は厳しく、俺の考えが甘かった事を思い知らされた。作り置きどころか、食材すらほとんど無かったのだ。
「なに、どうしたの?」
俺の声に反応して、リビングの椅子に腰掛けていたリリシェラが、慌てて台所に駆け込んできた。
「これじゃ、何にも作れそうにないね……」
台所を眺め、思わずリリシェラも苦笑いする。
『何か昔を思い起こすな』
『似たような事、何度もあったもんね……』
元兄妹は呆れながら顔を見合わせる。
『あん時は近くにコンビニがあったからいいけどさ』
この時間、この天気で商店が開いているとは思えない。食材の買出しも無理だろう。そもそも、金すら置いていっていないんじゃないだろうか。
『そうだよねえ……』
と、階段を下りてくる足音が聞こえてきたので、会話を止める。
「どうかしました?」
話し声が聞こえたのだろうか、ミューリナが遅れて台所に顔を出す。
「ああ……、見ての通り食うもんが殆ど無い。パンも無いとか、どういうつもりだ……」
「無いなら無いで朝に一言欲しかったですね」
ミューリナもやれやれ、といったように肩をすくめると、何か使えそうな物がないかとあちこち探し始める。
「じゃあ、私はウチに戻って、何かあるか見てくる」
「ああ、頼む」
リリシェラは傘を手に、雨具を着込むと、外に出て行った。
「じゃあ、俺はとりあえず湯浴みの支度でもしておくか……」
料理の出来ない俺はする事も無いので、かまどに火を入れ、水を張った大鍋を乗せた。
横ではミューリナが戸棚を開け閉めしながら思案顔をしている。有る物で何か作れないか考えているのだろう。
鍋の様子を見つつ、ミューリナの様子を見ていたら、突然風が舞い込んでいた。
「ただいま、ウチにあったのは野菜がこれだけ」
なにやらエト麦の粉──小麦粉に相当──を混ぜ始めていたミューリナを横目に、リリシェラを迎えに行く。
「おかえり。ビショビショじゃないか……」
「凄い雨風だからね。けど、水もしたたるいい女でしょ?」
リリシェラがにやりと笑ってウインクする。
「はいはい。冗談言ってないで、風邪引くからさっさと湯浴みして着替えてくれ」
「む……」
俺にさらりと流されて、リリシェラは不満そうに頬を膨らませると、手にしていた野菜を差し出した。
「お湯はすぐ持っていくから、行った行った」
「はーい。幼馴染だからって、覗いちゃだめだよ!」
人差し指を口元に当てた仕草が、年の割には艶っぽく感じ、俺には小悪魔の尻尾が見えた気がした。
リリシェラから受け取った野菜をミューリナに渡すと、彼女は嬉しそうに笑った。
「これで良いものが作れます!」
「お……、おお、良かった。何か手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。お湯を持って行ってあげてください。あとは向こうで待っていていただければ」
ミューリナは野菜を洗い、下ごしらえを始める。その年に似合わない手際の良さに、少々驚いた。
しばらくすると、リリシェラが湯浴みを終えて戻ってきた。
「先にごめんね」
「いやいや。気にするな」
「んじゃあ、料理を手伝ってくる」
まだ乾かぬリリシェラの髪が揺れ、何故かドキリとする。いや、元妹だ、元妹だ。と、雑念を払いつつリビングから彼女を見送った直後だった。
「ミューリナちゃん、何作ってるの!」
台所からリリシェラの声が響いてきた。
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