第139話 求められる資質



◇◆◇



「いやぁ~、しかし、魔獣の言葉が分かるとか、テオもどんどんバケモノアキト染みて来たなぁ~。」

「おいおい、レイナード。バケモノの事、アキトって言うの止めろよぉ~。」

「いやいや、二人ともひどくない?言わんとする事は分かるんだけどさ・・・。」


その後、クロとヤミに見送られる形で、レイナード達は『シュプール』を後にして『魔獣の森』から離れていた。

元々は、オックスとラッセルが『シュプール』に侵入しようとして二匹に迎撃された訳であるが、最初からクロとヤミにはオックスとラッセル二人を殺傷する意図はなかった。

それ故、テオが間を取り持って謝罪し、責任を持って彼ら二人を連れ帰ると言えば、クロとヤミにも文句はないのであった。


そんな訳で、無事にルダの街への帰路に着いていたレイナード達は、先程のやり取りを思い出したのか、テオにそんな感想を言っていた訳である。


「けど、真面目な話、ここまでしっかり意志疎通が可能だったのって、さっきのクロさんやヤミさんが初めてだったんだよなぁ~。『白狼はくろう』は、他のモンスターや魔獣に比べても知能が高いって噂だったけど、それは本当だったんだな。まぁ、俺も実物の『白狼はくろう』を見たのって、実は初めてなんだけどね。」

「まぁ、元々警戒心の強い魔獣だって話だからねぇ~。」

「他のモンスターとかの言葉は分からねぇ~の?」

「いや、普通はそこまで考えてないんだよ。カタコトって言えばいいのかな?モンスターや魔獣って、ほとんど本能的に生きているから、思考もそこまで複雑じゃないんだ。だから、ほとんどの場合はある程度の意志しか分からない。」

「ああ、なるほどね。」

「やっぱり、あの二匹が特別なんだよ~、多分。アキトとアルメリア御姉様に育てられたって話だったし。」

「かもね。」


いや、実際には『白狼はくろう』達は、かなり人間族に近しい高い思考形態を持っている。

しかし、流石のレイナード達とは言え、その事は知り得ない情報だった。


「っつー訳だから、オメェらは本当ラッキーだったんだぜ?森に入って、しかも彼らの縄張りに入って無事だったんだからよ。」

「・・・ちぇ、エラソーに。テオさんのおかげじゃん・・・。」

「お、おい、オックスっ!」


実際には、クロとヤミにそのつもりはなかったとは言え、レイナードが間に入らなければオックスとラッセルはまず間違いなく意識を刈り取られていた事だろう。

しかし、忠告されてバツの悪いオックスは、反発心からかそんな事をボソボソと呟いた。

そんなオックスの態度にラッセルは慌てて注意し、レイナードはかすかに苦笑した。


「いや、レイナードの言う通りだぞ、オックス?今回はたまたま俺達が間に合ったからいいが、また、クロさんとヤミさんが話の通じる魔獣だったからいいが、本来ならば森の中は厳しい生存競争の場なんだ。浅い場所とは言え、油断していい場所じゃない。冒険者ならば、その辺は肝に銘じておけよ?」

「・・・うーすっ・・・。」

「は、はいっ!すいませんでしたっ!!」


しかし、一目置いているテオにまでそう言われては、オックスも渋々そう返事を返さざるを得なかった。

その返事を聞いて、テオは頷きつつ、内心冷や汗を拭っていた。


と、言うのも、バネッサが密かに機嫌が悪くなっていたからだ。


レイナードは案外おおらかと言うか大雑把なところがあるが、バネッサは想い人であるレイナードへの侮辱に敏感だった。

もちろん、オックスとラッセルにそこまでの意図はないし、それはバネッサも分かっていたのだが、やはり自分の好きな人を蔑ろにされるのはバネッサとしては面白くなかったのである。

流石にいきなり怒り出す事はなかったが、それで機嫌が少し悪くなっていたのをテオが感じ取り、先程のオックスの一応の謝罪を引き出したのであった。

それによって、ある程度はバネッサも溜飲を下げる。

元々彼女もサバサバした性格故だ。

その事に、テオは内心ホッとしていたのである。


その見た目に反して頭脳派であるテオは、案外対人関係も慎重に事を進めるタイプである様だったーーー。



◇◆◇



発展を遂げた影響も相まって、規模を拡大したとは言え基本的には昔と変わらない形式のルダの街であったが、やはり変わった面も存在した。

ルダの街は、水堀によってその周囲を取り囲んでいて、これによって外敵、魔獣やモンスター、あるいは盗賊団といった者達から身を守る防波堤としいるのは変わらないのだが、今は以前の“跳ね橋”と言う形態を止め、常時橋が掛かった状態になっていたのである。

これは、以前よりも格段に多くなった人や物の流通に対応する為である。


かつての様に時間で“跳ね橋”を上げてしまうと、当然だがそれ以降の出入りが基本的に不可能になってしまう。

もちろん、安全面を考慮するならば、その選択も大いに有りなのだが、それでは人や物の流通は滞ってしまう事になる。


この世界アクエラの生活サイクルは以前にも言及したが、インフラ整備の観点からも、あるいはモンスターや魔獣の生態からも、基本的には陽のある時間帯が活動のメインになる。

夜間は、夜行性の危険度の高い魔獣やモンスターが活性化するし、そもそも視界も悪い事もあって危険が伴うからだ。


しかし、基礎四大属性の魔法を簡易的に使う事の出来る『生活魔法ライフマジック』の登場によりその状況も一変した。

あいかわらず夜間が危険な事に変わりがないが、火や明かり、水の確保が比較的容易になった事もあって、今までならギリギリ行けるか行けないかと言った状態の場合は、安全面を考慮して途中の宿場町や比較的安全な場所での野営を選択していたところを、今は強行する事も珍しくはなくなったのである。


これは、費用の問題などもあった。


この世界アクエラでは、基本的に“旅人”と言えば、冒険者か商人を指す事が大半だ。

特に旅商人は、商人である事からも損得勘定に敏感だ。

今までならば、一泊する分の費用が、この『生活魔法ライフマジック』の登場によって丸々浮く事になった。

特に集団で行動する隊商キャラバンにとっては、この一泊分の費用はバカにはならない。

当然だが、その分の費用は自分達持ちであり、もし仮に、その分の費用が浮くならば、それは丸々自分の儲けに直結するのである。


もっとも、流石に深夜帯に強行する事はないのだが、今までならば夕方と言えばほぼ泊まりを選択していたところに別の選択肢が現れた結果として、宵の口まで人や物の往来が活発になるといった現象が見られる様になったのである。


その対応として、“跳ね橋”を廃止して、常時橋を掛かった状態と成り代わっていったと言う訳なのであるーーー。



・・・



「おそいっ!!!」

「まあまあ、落ち着けよ、ドルフの旦那。レイナードの坊主達が向かったんだ。万が一もあり得ないだろ?」

「しかしディナードさんっ・・・!」

「ディナードの言う通りだぜ、ドルフの旦那。この件はレイナード達に任せて、俺らは飲みにでも行きましょうや。」

「いえいえ、そうは参りませんぞアーヴィンさん。規律を守れなかった若者には、私の愛のマッスルポーズを御見舞いせねばなりませんので・・・。」

「何故にそこでマッスルポーズがっ!?」


その北側の橋に、奇妙な一団が存在した。

元・『冒険者パーティー』の『ムスクルス』のリーダー・ドルフと、『S冒険者パーティー』・『デクストラ』のリーダー・ディナードとそのメンバーのアーヴィンとレオニールであった。


「しかし、わざわざ自ら出迎えなくても良いのでは?」

「だよなぁ~?『冒険者訓練学校』の教官もいるんだし、そこまでせんでも・・・。」

「そうは申しますが、まだまだ『冒険者訓練学校』は創設して間もない施設。親父さんやアキトの兄貴の意思を私が引き継いだ訳ですが、それ故に跳ねっ返りも多い。まぁ、自分達も昔はヤンチャをした部類の人間ですが、その経験からもやはり一番上の人間がしっかり叱ってやった方がいいと思うんですよ。」

「・・・まぁ、分からない話ではないですがね・・・。」


そうなのだ。

ドロテオもダールトン同様、まぁ、年齢の関係もあるのだが、『リベラシオン同盟』の仕事が忙しくなった事もあって、ギルド長を引退していた。

で、その代わりを務めているのが、このドルフなのであった。


ドルフ達『冒険者パーティー』・『ムスクルス』は、かつてアイシャに狼藉を働こうとした者達だったが、アキトの介入によってそれは未遂に終わった。

その末で、旧・ルダ村の冒険者ギルドに引き渡される事となったのだが、未遂であった事や初犯であった事も考慮して、社会貢献に従事する事で恩情を受ける事となった。


まぁ、当初はアキトに対して逆恨みに近い感情を抱いていたのだが、『パンデミックモンスター災害』時に完全に改心し、その後は現在の奥さん達と出会い、家庭を持つ様になってからは落ち着いて、ルダの街の冒険者ギルドにはなくてはならない存在になっていったのである。


実力から行けば最終的には上位に毛が生えた程度であったが、ルダの街の人々との関わりが深くなり、今や多くの人々にも認められている事、なによりその仕事ぶりを評価していたケイラからの推薦もあって、ドロテオも彼らに後の事を託す事としたのであった。

ある意味、一度の失敗で終わるのではなく、その失敗を糧に這い上がっていった体現者とも言える。

案外、順風満帆に過ごしてきた者達より、ある程度のしくじりをしている者達の方が、人にモノを教える上では色々と有効な場合も多い。

もしかしたら、そこら辺も考慮してドロテオも彼らに後を託したのかもしれない。

ドルフ以外の元・メンバー達は、『冒険者訓練学校』の教官として再就職していた。


ちなみに、度々登場するこの『冒険者ギルド』というのは各国に存在し、また、その支部は各地方にも多数存在するのだが、実際にはその繋がりは結構希薄である。

もちろん、全くの無縁ではないのだが、ここら辺は情報の伝達スピードが向こう地球に比べて遅いという事情もあるのだ。

それ故、


『冒険者ギルド総本部』

     ↓

各国の首都に置かれる事が通常のその国の『冒険者ギルド本部』

     ↓

各地方に点在する『冒険者ギルド支部』


と言う形式上の組織図は存在するのだが、実際にはそれぞれがほぼ独立した組織運営を行っているのが実情なのである。

もちろん、基本的な事は全て統一されているし、緊急時は綿密に連携する事もあるが、情報や指示待ちをしていたら情報の伝達スピードが遅い事もあって対応が後手に回ってしまう事も多い為に、その本部や支部で独自の取り組みを行っている事も多いのである。

向こうの世界地球における、フランチャイズビジネスに仕組みとしてはある意味似通っているかもしれない。


まぁ、こうした事もあって、元・ギルド長であったドロテオが独自の裁量で『冒険者訓練学校』という事業を展開しても特に文句は出なかったのである。

もちろん、ノヴェール家や『リベラシオン同盟』の影響も大きいのだが。


「しっかし、まさかここでこんな事する事になるなんて思いもしなかったよなぁ~。」

「確かにな。まぁ、元・ギルド長のドロテオ殿が、ウチのランドルフギルド長おやっさんと旧知の仲であったからだとは思うが、英雄殿の故郷でその幼馴染みの者達と共に、をする事になるなんてなぁ~。彼とは、やはり浅からぬえんがあるのかもしれんぞ?」

「今となっては、それも恐れ多い事ですけどね。僕達は一介の冒険者に過ぎませんが、英雄殿向こうはすでにロマリア王国この国の英雄ですから。」

「まぁ、アキトの兄貴ならそんな事は気にせんでしょうがねぇ~。」


『冒険者訓練学校』は、ある意味冒険者を育成する意味合いが強い。

それ故、元・『ムスクルス』のメンバーが教官を務め、様々な冒険者としての心得などを伝授しているが、現役の有名冒険者から指導を受けられれば、そのモチベーションも大きく変わるだろう。

向こうの世界地球でいうところの、プロのアスリートのスポーツ教室みたいなモノで、本意来でその道を目指している者達には貴重な経験に、そうでない者達にもある程度の刺激を与える事が可能なのである。


そうした観点から、ロマリア王国この国の冒険者ならば誰もが知るほどの存在となっていた『デクストラ』にランドルフを介してドロテオが声を掛けていたのである。

デクストラ彼ら』に臨時講師を務めて貰えれば、『冒険者訓練学校この事業』の成功率も上がる。

そうでなくとも、ある種の客寄せパンダではないが、『デクストラ』が関わったとなると『冒険者訓練学校この事業』の知名度も一気に高まる事に違いはない。

ゆくゆくは各『冒険者ギルド支部』、欲を言えば『本部』や『総本部』なども、それを受けて模倣してくれる流れになれば儲けモノである、くらいの計算はあったのである。


また、『デクストラ』としてもこの話はメリットがあった。

アキトとの出逢いの後、『ダガの街』周辺の人や物の往来は激しさを増し、常々人手不足を痛感していたのである。


もっとも、ランドルフの提案(計略?)もあって、『デクストラ彼ら』は独自に有力な若手を指導していた。

その甲斐あって、優秀な『冒険者パーティー』を何組か輩出した功績もあり、『デクストラ彼ら』は『A級パーティー』→『S級パーティー』へと登り詰めたのだが、いかんせん、それでは時間も手間も掛かってしまう。

もちろん、そうした指導は『デクストラ彼ら』はまだまだ現役の冒険者であるから、ある意味では商売敵ライバルを増やす行為ではあったのだが、それ以上に人手不足は深刻な問題だったのである。


知名度の問題もあって何かと頼られる事の多い『デクストラ彼ら』は、このままでは過労で倒れてしまう可能性も危惧していた折に、ランドルフを介してドロテオから臨時講師の話があったのだ。

これ幸いと、人手不足解消に繋がり、なおかつある種の休暇が取れる事もあって『デクストラ彼ら』はその話に飛び付いた、という訳である。


一方のレイナード達は、まだ15歳という年齢もあって、功績や知名度で言えば、『デクストラ彼ら』には遠く及ばない。

しかし、その実力はユストゥスを中心としたアキトらの指導を受けているので、ロマリア王国この国トップレベルの『デクストラ』とも遜色ないレベルである。

それを知っていたドロテオの口利きで、同じく臨時講師を務めて貰っていたのであった。


もっとも、内情はこちらも人手不足故だ。

そもそも『冒険者訓練学校この事業』は創設して間もないのである。

もちろん、それなりに実力のある冒険者は相当数いるのだが、それと人を指導出来る事はイコールでは結べないのである。

名プレイヤーが、必ずしも名監督や名コーチではない事に似通った事情かもしれない。

そもそも、具体的な要点を纏めた“指導方法”が確立している訳でもないし。


それ故に、すでに実力を備え、若手の指導経験もある『デクストラ』や、アキトがアルメリアの指導を受け、それを基にアイシャ、ティーネ達、リサなどを鍛え上げた実績のある『シュプール式トレーニング方法』を経験したレイナード達へとお声が掛かった、と言う訳である。

そこからも分かる通り、『冒険者訓練学校』の“指導方法”は、この『シュプール式トレーニング方法』が基礎となっていた。


とは言え、ハッキリ言って本来の『シュプール式トレーニング方法』は、あまり一般的ではないハードルの高さを誇っている。

レイナード達が受けた指導も、実際は相当にハードルを下げているのだが、『冒険者訓練学校』に集まる者達は当時のレイナード達よりも更に実力は劣る。

それに、画一的な教育を施すならば、あまり高いハードルを設定すると、当然だが中にはついてこれない者達も出てしまう。

そうした事も踏まえて、『冒険者訓練学校』にて採用している“指導方法”は、この『シュプール式トレーニング方法』の超簡易版なのである。

これならば、集まった者達も無理なく続けられるだろうし、レイナード達としても一度乗り越えている事の簡単バージョンならば、問題なく教える事が可能だった。


ただ、これは以前にもアキトも実際に経験した事であるが、その見た目の若さ故に、レイナード達は『冒険者訓練学校』に集った冒険者の卵達に侮られる傾向にあった。

まぁしかし、これも仕方のない側面もある。

人は、なんだかんだで見た目を重視するからだ。


『デクストラ』はすでに『S級パーティー』としての実績に加え、まだまだ若いとは言え20代後半に差し掛かった見た目をしているし、ドルフ達『ムスクルス』は、30代のおっさん連中だ。

故に、その安心感がやはり違う。

見た目からも、これまでの積み重ねが如実に読み取れるからだ。


一方のレイナード達は、『冒険者訓練学校』に集う者達と同じくらいの年代故に、反発心の方が強くなってしまうのだ。

「こんな奴らに教えられんのかよ?」、って訳である。


まぁ、逆に年頃が近い故に、むしろ『デスクトラ』や『ムスクルス』より接しやすい者達も多いのだが、オックスの様に特にレイナードを舐めてしまっている者達もいるのである。

まぁ、オックスの場合は、どっちかと言うと嫉妬心に近いモノかもしれないが・・・。


そんな事を話していると、『魔獣の森』方面から戻ってくる一団がドルフ達の目に映った。

ドルフは内心ホッとすると共に、努めて厳しい表情を、オックスとラッセルが近寄ってくるのを待つのだったーーー。



・・・



「何か、言い訳はあるかね?」

「・・・いえ、ありません。」

「申し訳ありませんでした・・・。」


ドルフに睨まれると、流石のオックスも特に言い訳する事もなく己の非を認めた。

ラッセルは言わずもがなである。


「・・・そうか。では何故、筈の個人間での森への探索を行ったのかな?」


本来、冒険者であれば何処に行こうが何をしようが、“自己責任”の上でなら自由である。

しかし、“冒険者を育成する為の学校”である『冒険者訓練学校』は、そこに集った達を、まだ冒険者として認めてはいない。

そもそも、若手冒険者の事故や人材損失を危惧して始まった事業であるから、ある程度のレベルに達していない者達を危険に遭わせる事は本意ではないのだ。

それでなくとも、という、ある種集団での生活をする上では規律やルールが重要になってくる。

生憎と、この『冒険者訓練学校』では、訓練以外での森などへの外出は許可されていなかった。

もっとも、何処の世界にもルールを守らない者や跳ねっ返りはいるものだが。


「そ、それは、そのぉ~、一目『英雄』の生家を見ておきったくて・・・。」

「・・・ふむ。では、まさか『魔獣の森』にまで行ってしまったと言うのかね?」


驚いた表情を浮かべたドルフに、オックスは内心自慢気であった。

大人ですら、上位冒険者ですら躊躇する領域エリアに、駆け出しにも満たない自分達が行ってきたのだから。

ここら辺は、所謂危険な事をあえてする事で、それを武勇伝であるかの様に錯覚する不良少年に似通った心情なのかもしれない。


「ええ、まぁ・・・。」

「そうか・・・。」


スッと目を閉じるドルフ。

その反応に、オックスは、淡い期待を持っていた。


が、当然それはオックスの勘違いだ。

カッと目を見開いたドルフは、


「歯を食い縛りなさい。」

「「・・・は???」」

「歯を食い縛りなさいと言った。行くぞ、愛情ゥーーーーーーー!!!」

「ひぶっ!?」

「ぐっ!!??」


マッスルポーズを決めながら、その肉体には似つかわしくない速度でオックスとラッセルを強襲する。

所謂、“ビンタ”であった。


もちろん、ドルフとしては手加減している。

なんだかんだ言っても、ドルフもそれなりの冒険者であったからだ。

それ故、本意気で攻撃を仕掛けると、オックスとラッセルは数メートルは吹っ飛ばされるだろう。


「く、くそっ!何なんだよっ!!俺らの勝手じゃんかっ!!!」

「あいたたたっ・・・!」


手加減しているからこそ、特に深刻なダメージとはならず二人はすぐに起き上がる事が可能だったし、オックスに至っては悪態を吐く余裕すらあった。


「まあまあ、落ち着けよドルフの旦那。」

「しかしディナードさんっ!先程も申し上げた通り、規律を守れない若者には愛の鞭を与える必要がっ・・・!」

「そりゃ分かるがね?いきなりぶっ飛ばされてもコイツら納得しないだろ?何が悪かったのかしっかり諭してやらなきゃ・・・。」


ここら辺は考え方や経験の違いだ。

ドルフは、これまでの経験から体育会系のノリで生きてきたのでこうした体罰をよしとしているが、それでは例え自らが悪くても反発してしまう若者も多い事だろう。

もちろん、そうしたノリが合う者達もいるが、生憎ラッセルはともかくオックスはそうしたノリに反発してしまうタイプだった。


一方のディナードの考え方は、ある種効率的でありつつ、何処か相手を突き放したモノだ。

何が悪いかを指摘し、それを踏まえた上で反省を促すが、それで分からなければと考えていた。

ここら辺は、シビアな世界に生きる冒険者ならではの考え方であろう。

むしろこの世界アクエラの一般的な冒険者達は、ディナードと同じ考えを持っている事が多い。

どちらかと言うと、あまり誉められたやり方ではないが、一人一人と真剣に向き合うドルフの様な考え方の方が珍しいのである。


「さて坊主達。何で叱られたかは分かってるのか?」


ディナードは、ゆっくりと二人に質問する。


「そ、そりゃ、俺らが規律を犯したからからっすよね?」


現役有名冒険者からのこの質問には、オックスも渋々答えるのだった。


「そうだな・・・。なら、何でそんなルールが存在すると思う?」

「・・・えっ?そ、そりゃー、その、危ないから、じゃないんすか?」

「その通りだ。・・・では、何故危ないと思うのかな?」

「そ、そりゃ、森は危険なモンスターや魔獣が一杯だから、とか?」

「その通りだ。・・・では、何故そんな危険があると分かっていてそこへ行こうと思ったのかな?自分ならば大丈夫だと判断したか?仲間がいるから平気だと思ったか?」

「・・・えっ!?そ、それは、そのぉ~・・・。」


静かに質問責めに合うと、オックスも言いよどんでしまう。

ここら辺は、所謂子供っぽい理由で、自分の興味を優先させた結果だ。

特に大きな理由や根拠があってこんな行動を起こした訳ではなかった。


「普通、冒険者達は、全てを自己で判断しなければならない。もし仮に、お前達が何のしがらみもない冒険者で、今回の様な探索に出たとしても、それは誰も文句は言わない。しかし、仮にそれで危険な目に遭ったとしても、それは自己責任だ。しかし、そこに大きながある。お前達は、自分の命が自分だけのモノだと思うか?」

「・・・えっ?そんなの当たり前だろ?俺らは、別に親がいる訳じゃねぇしよ。」

「・・・ふむ。孤児だったか。しかし、そういう話じゃない。お前達の命は、パーティーチーム全体のモノなんだよ。」

「「っ!!!???」」


オックスとラッセルは孤児だった。

しかしこれは、この世界アクエラでは特に珍しい事ではない。

戦災孤児は今現在のこの世界アクエラではあまりないケースだが、モンスターや魔獣の襲撃によって両親を亡くすとか、盗賊団などの無法者達によって家族を殺傷されたり、捕らえられたりして、家族から引き離されてしまうなどのケースはかなりあるのだ。

そういう境遇の子供達は孤児院で保護され、ある程度育ってくると、自立を目指してもっとも手っ取り早く職を得る方法として冒険者となるのは、これはある種のお決まりのコースであった。


「冒険者は基本、単独ソロで活動しない。お前達もそうした様に、複数人でパーティーチームを組むのが普通だ。これは、安全性を確保する上でも当たり前の話だよな?なら、そのパーティーチームの一員であるお前が殺られたら、他の者達はどうなる?」

「・・・パーティーチームが崩壊します。」

「その通りだ。自分の命が自分だけのモノだなんて思っているならば、それは冒険者としては三流もいいところだ。では、改めて問う。お前達はその事に思い至ったか?」

「「・・・。」」


無言で首を横にふった二人。

フッとディナードは苦笑した。


「だろうな。じゃなきゃ、、なんて答えは出てこないし、そもそも自分の力量も省みずに森に入ろうなどと思わないだろうからな。いいか?冒険者に重要なのはその肉体的な強さだけでなく、むしろ柔軟なと臆病なほどのの方が大事だ。何故そうなのか?その裏にどんな意味があるのか?他者の言う事を鵜呑みにせずに、常に考え続けなければならない。本来ならばそんな事は誰も教えてはくれない。自分で気付くしかないんだ。でなけりゃ、自分か仲間、大事な者達が死んじまうだけよ。にとってのの様に、な。そうした意味では、お前達は幸運な方だ。『冒険者訓練学校』なんつーモンがある訳だからな。冒険者、だけじゃないが、にとって大事な事を一通り教えてくれるだろうぜ。だが、それを活かせるかどうかは結局はソイツ次第だ。」

「戦いは腕っぷしだけでなく、ここも使わなきゃならねぇ~のよ。思考停止野郎バカには冒険者は務まらねぇ~ぜ?」

「アーヴィンさんがそれを言いますか・・・。」

「なんだよ、レオニール。俺だってちゃんと考えてんだぜぇ~?」

「それはもちろん知っていますけどね。」


ディナードの重い言葉に、茶化す訳じゃないが少し空気を軽くするアーヴィンとレオニール。

ここら辺は、同じパーティーならではのチームプレーであった。


現役有名冒険者達の言葉は説得力がやはり違うのか、オックスとラッセルは自分達の浅はかさを今更ながら自覚していた。

ドルフはそれを読み取ると、ふうっと一息吐くと、二人にこう締め括った。


「何だか言いたい事はディナードさん達に全部言われしまったが、そういう事だ。私も、何も君達が憎くてマッスルポーズを御見舞いした訳じゃない。その逆だ。未来ある若者に、無茶をして欲しくないからこそ厳しくしているのだ。その事が伝われば良いのだがね・・・。さぁ、もう遅くなる。宿舎に戻って休むと良い。」

「「・・・はい。」」


あまり責め立てても逆効果と判断し、ビンタ一発と注意で今回の事を済ませる事とした。

ドルフに促されると、トボトボと二人は街中へと消えていくのだったーーー。





















「俺達“空気”じゃね?」

「まあ・・・、うん・・・。」

「仕方ないよぉ~。」


すっかり存在を忘れ去られたレイナード達は、そう小声で呟くのだったーーー。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る