第110話 追記~後日談 その5~
□■□
「どうかなさいましたか、アキト様?」
一瞬、色々と回想していた僕は、ディアーナさんの言葉に意識を引き戻された。
「失礼。少し考え事をしていました。そういえば、話は変わるのですが、ディアーナさんは今後どうされる予定なのですか?」
僕は、その己の軽い失態を誤魔化す様に、そう話題を切り替える。
「今後・・・。そうですわね。とりあえず、グスターク兄上を含めた『主戦派貴族』達の『処遇』を『貴族院』にて決めた上で、『ロマリア王国』とは、すでに『交渉』の準備が整った訳ですから、もはや『派閥』は関係ありませんよね。父上とドルフォロ兄上が後は主導するでしょうから、
「いやいや、むしろこれからではありませんか。今後は、それこそ忙しくなりますよ?確かに国同士の話し合いでは、アンブリオさんとドルフォロさんが主導される事になるでしょうが、『農作業用大型重機製作プロジェクトチーム』に関しては、『政治家』としてはディアーナさんが『
それに、慌ててフォローを入れる僕に、ディアーナさんも悪戯っぽく微笑んでみせた。
これは・・・、からかわれたかな?
「うふふ、失礼。それはもちろん
少々興奮気味にそう述べるディアーナさんに、僕はただただ苦笑してしまうのだった。
と、言うのも、これは僕らの都合で動いた結果に過ぎないからである。
もちろん、その一連の行動が、ディナーナさんにとっては良い結果をもたらしたかもしれないが、その一方で、グスタークさん達の様に、その『立場』を追われた人達もいるのは事実である。
客観的に見たら、『
物事は『良い』・『悪い』では単純に判断出来ない。
『相対的』に『多面的』に判断しなければならないのである。
故に、僕の中では、『正義』も『悪』もないし、『
ただ、別にそれを後悔している訳ではない。
残念だが、人によって『主義』や『主張』は異なる訳だから、永遠に『妥協点』が交わらない事もあるだろう。
それ故に、最終的にはぶつかり合うのはある種必然であり、“勝った”か“負けた”かはその結果でしかない。
『歴史』の上では、“勝った”方がある意味『正義』となるが、僕の『信条』としては、
『良い』・『悪い』はともかく、僕はただ僕の都合の為に動くのみである。
それを究極的には僕の身勝手であり、『正義』を名乗る事で、自分の中で『
それは、一種の『思考停止』であるし、また、己の『心』を誤魔化す行為に他ならないからである。
「失礼、少し興奮してしまった様ですわね?」
「いえ、そんな事はありませんよ。」
僕の
・・・少しリアクションを失敗してしまったかな?
「と、ところで、アキト様達こそ、今後はどうされるのですか?」
慌てて話題を切り替えたディナーナさんは、今度は僕に質問を返してきた。
「今後・・・。そうですね。僕らの『
「・・・それほどの『知識』をお持ちでも、まだ『知識』を求めるのですわね。」
「いえいえ、僕などまだまだですよ。それに、
「そ、そうですか。・・・しかし、やはり、そう遠くない内に、アキト様達は『
「まぁ、そうですね。今はまだ、そう多くを語れませんが、僕にはとある『
別れの予感を察してか、ディナーナさんはさびしげにそう呟いた。
まぁ、ディナーナさんは、少々特殊な『立場』の人だからな。
せっかく、あまり『世間体』を気にせずに付き合えるアイシャさん達と仲良くなったのに、もうお別れとなると、さびしくもなるだろう。
「それでは、これはちょうど良い、と評するべきなのでしょうか・・・?少々複雑ではありますが、アキト様が『
「『
「それは良かった。もうすぐ到着する頃だとは思いますが・・・。」
本題に入る前に、ディナーナさんはそう呟いた。
ふむ、どうやら、この『
そんな事を考えていると、ディナーナさんの私室のドアをノックする音が鳴り響く。
それに反応して、ディナーナさんの後ろに静かに控えていた
それをボーッと眺めていると、二言三言話した末に、新たな登場人物が顔を見せる。
「やあ、我が妹よ。本日は、『
「失礼いたします、ディナーナ公女殿下。
「なに、己を卑下する事はないさ、モルゴナガル卿。とりあえず、貴公の『処遇』は『保留』されている訳だし、それに、これは我が妹が主催する私的な『会合』だ。誰かに文句を言われる筋合いはないさ。」
入ってきたのは、ディナーナさんの兄であるドルフォロさんと、『ザルティス伯爵家』の現・当主であるモルゴナガルさんであった。
奇しくも、今回の『
まぁ、多分ディナーナさんが画策したんだろうけどね。
流石に、君主であるアンブリオさんはまでは呼べなかった様だがな。
「ようこそお越し下さいました、ドルフォロ兄上、モルゴナガル卿。本日は、
「何、私とお前の仲ではないか。そう水くさい事を言うものではない。」
「いえいえ、滅相も御座いません。」
流石に淑女然とした“立ち居振舞い”で、ドルフォロさんとモルゴナガルさんを迎え入れるディナーナさん。
それに紳士然とした“立ち居振舞い”で返礼を返すドルフォロさんとモルゴナガルさん。
う~ん、どっちかと言うと、場違いなのは僕の方じゃなかろうか?
「こんにちは、ドルフォロ公太子殿下、モルゴナガル卿。お先にお邪魔しております。」
「おお、これは
「いえいえ、次期君主であるドルフォロ公太子殿下がお忙しいのは存じております。それに、僕は
「そう言って貰えるのはありがたいが、私としては貴殿とは対等の『立場』でありたいと思っているよ。まぁ、お互いに表向きの『立場』もあるから、中々難しいとは思うがね?」
「恐縮です。」
う~ん、ドルフォロさんは“
いや、こちらの都合ではあったが、彼に施されたある種の『
まぁ、想像以上にフランクな人だったし、ここまで『精神安定系ポーション』が効果を発揮するとは思わなかったが。
あるいは、僕の持つ『英雄の因子』の『能力』の影響かもしれないがな。
「こんにちは、アキト殿。今回の件では、本当にお世話になりました。『ザルティス伯爵家』を代表して、お礼申し上げます。」
「これは、モルゴナガル卿。いえいえ、こちらこそ。それに、感謝を受ける事でもないでしょう。僕らは僕らの都合の為に動いただけに過ぎません。結果的には、貴方の邪魔をする事にもなりましたしね。」
「いえ、それを含めた上でも、私は貴方様ほどの結果は出せなかった事でしょう。まさか、『
「それも、最終的には皆さんの存在あっての事。もし褒められる事や誇る事があるとしたら、それは皆さん自身の存在に他ならない。僕らは、その後押しをしたに過ぎませんよ。」
「なんと寛大な・・・。『英雄』の御心に感謝します。」
感動にうち震えたモルゴナガルさんは、僕に深々とお辞儀をした。
いや、マジでそんなんじゃないんだけどなぁ~。
「まあまあ、モルゴナガル卿。積もる話もあるでしょうが、まずはお掛けになって下さいな。」
「そうだね。せっかくの『
「え、ええ、これは失礼しました。」
若干変な方向に行きかけていた話を軌道修正して、ディナーナさんとドルフォロさんがそう声を掛けた。
ふぅ、モルゴナガルさんには、具体的に何かした訳ではないのだが、ある意味では彼の『
いや、僕の『
過剰に感謝されても、何となく居心地が悪いよねぇ~。
・・・
その後、しばらくはお茶を楽しみながら、先程の繰り返しにはなるが、『
「そうか・・・。やはり戻られてしまうか・・・。」
「そうですね。いずれにせよ、まとめなければならない案件もありますから、一旦は『ロマリア王国』には戻ると思います。」
ディナーナさんと同じく、さびしげに呟くドルフォロさんに僕はそう答える。
「・・・なればこそ、今の内に
「ドルフォロ兄上、
「そうであったか。いや、確かに顔を揃えてから話した方が、行き違いが無くて済むだろう。」
「・・・。」
ふむ、どうやら、先程の『
ドルフォロさんとディナーナさん、モルゴナガルさんはお互いに目配せをし合いながら、誰が切り出すかを窺っている様だった。
短い攻防の末に、結局、この場はドルフォロさんが取り仕切る事にした様だ。
まぁ、『立場』的には順当だよね。
「お知恵を拝借したいのは他でもない、モルゴナガル卿、いや、『ザルティス伯爵家』の『処遇』についてなのだ。」
「・・・ふむ。」
その言葉で、何となく先の展開が読めた僕だったが、とりあえず話を全て聞いてから判断する事にした。
目線で先を促した僕の
「もちろんアキト殿もご存知だとは思うが、『
「そうですね。曲がりなりにもアンブリオ大公は、『
「言いにくい事をハッキリおっしゃるのですね・・・。」
「ここに来て、誤魔化しても仕方ないでしょう。むしろ僕の『持論』ではありますが、ただの『善意』や『好意』からではなく、『損得勘定』で動いてくれた方が、まだ『信頼』が置けます。『信用』や『信頼関係』と言うのは、積み重ねる事でしか得る事は出来ませんからね。その“入口”としては、『善意』や『好意』も、『損得勘定』も何ら違いはありません。特にこれらの件に関しては、『個人』の事ではありませんでしたからね。」
「うむ。アキト殿のおっしゃる事はもっともであろう。『国』やら『組織』やらを背負っている者が、『個人的』な『感情』では動くべきではない。アキト殿の“思惑”はどうであれ、結果的に父上や『
「それは理解しております。
「・・・。」
「まぁ、それも蓋を開けてみれば僕らの早合点でしたけどね?ドルフォロ公太子殿下が御説明した通り、あれはモルゴナガル卿の『自作自演』だった訳ですから。」
「そう、正に
我が意を得たり、という風に、ドルフォロさんは大袈裟なジェスチャーをした。
ふむ、やはり僕の予想通りと言ったところか・・・。
目線で僕は更に先を促した。
「他の者達、
「それはそうですね。『身内』に甘い様では、それこそ示しがつかないでしょう。それは、ともすれば更なる『大公家』の『求心力』低下を招くでしょうし、『貴族』達の背信に繋がるでしょう。『恐怖政治』を推奨するつもりはありませんが、一定の『緊張感』はやはり必要ですからね。」
「その通りだとも。しかし、そこで困った事が起こる。」
「ふむ、それでモルゴナガル卿や『ザルティス伯爵家』の『処遇』に困りあぐねている訳ですね?」
僕が確認する様に問い掛けると、ドルフォロさんは静かに頷いた。
ディナーナさんは目を伏せ、モルゴナガルさんも困った様な表情を浮かべている。
「うむ。アキト殿に今さら言う事ではないだろうが、客観的に見ると、モルゴナガル卿が
「そうですねぇ~。『法』と言うのは、時に融通の効かないモノですし、しかし、その『国』の『秩序』を一定に保つ上では必要ですしねぇ~。他との“兼ね合い”を鑑みれば、モルゴナガル卿や『ザルティス伯爵家』は、『処罰』されてしかるべきでしょうね。もちろん、情状酌量の余地はあるでしょうが・・・。」
「その通りなのだが、それは私やディナーナ、父上も望むべきモノではないのだ。もちろん、我らの『個人的』な『心情』がある事は否定しないが、『
「いえ、それは別に良いのですが・・・。今更ですしね。それに、『
しかし、そうは言ったものの・・・、さて、どうするか?
いや、所謂“抜け道”は存在する。
しかし、それは『ザルティス伯爵家』の“在り方”を変えてしまう事だ。
もっとも、何も対策を打たねば、『ザルティス伯爵家』の『解体』は、ほぼ確定的な訳だが・・・。
ここは、やはりモルゴナガルさん自身の判断に委ねるべきだろう。
「・・・一応の『解決策』はあります。」
「おおっ・・・!!!」
「まぁっ・・・!!!」
「しかし、これはかなり酷な『
「お気になさらずに、アキト殿。私個人としては、いかなる『処罰』を受ける事も覚悟の上での事でしたので。それは、『ザルティス家』も同様です。もっとも、アンブリオ大公やドルフォロ公太子殿下、ディナーナ公女殿下の『恩情』により、私共の『処罰』は一旦『保留』されている状態ですが・・・。」
ふむ、やはりモルゴナガルさんはかなりの『人物』の様だ。
もちろん、『ザルティス伯爵家』の人々も素晴らしい。
なればこそ、この『
「まず、『ザルティス伯爵家』は『解体』させます。」
「ええっ!!!???」
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ、アキト殿っ!!!それを回避する為にお知恵を拝借しているのだがっ・・・!!!」
「まあまあ、話は最後まで聞いて下さい。別に僕も、モルゴナガル卿や『ザルティス伯爵家』を罰する事を“提案”している訳ではありませんよ。要は、『人材』が重要なのであって、その『入れ物』はあまり意味はないでしょう?これまでの『
「・・・とりあえずアキト殿の“提案”を最後までお聞かせ頂いても?」
僕の一見突拍子のない“提案”にディナーナさんとドルフォロさんが狼狽するが、当のモルゴナガルさんは落ち着き払って僕を見据える。
「もちろんです。そもそも、『ザルティス伯爵家』の『役割』は、『
ふむふむと、思い思いに頷くお三方。
「しかし、今回の件では、その『役割』を逸脱する行為を犯してしまった。大局的に見れば、これは“正解”だった訳ですが、『
「それは私も考えたが、では何故アキト殿は、『ザルティス伯爵家』を『解体』するなどと?」
その疑問はもっともだ。
『御家取り潰し』は、もっとも重い『処罰』の一つだろうからな。
「それは、『ザルティス伯爵家』を、『
「・・・と、言うと?」
「今回の事でもお分かりだとは思いますが、『大公家』と『ザルティス伯爵家』の『連携』が上手く機能しなかった事が“行き違い”を発生させてしまいました。故に、『ザルティス伯爵家』は独自の『裁量』で動いてしまった。これまでの経緯を鑑みると、それも致し方ない事だとは思いますがね?」
「確かに、私も今回の件があるまでは、『ザルティス伯爵家』の『役割』について知らずにいた。いや、父上すら知らなかったのかもしれないな。」
「その通り。これは、環境や時代の変化に対応して、その“在り方”を曖昧なままにしていた事が要因であると考えます。おそらく、『資金面』などの問題もあったのでしょうが、当初の『大公家』では、『ザルティス伯爵家』を『
「「「・・・。」」」
「しかし、当然ではありますが、お互いに『連携』が機能していなければ、上手くいくものも上手くいかない。もちろん、モルゴナガル卿や『ザルティス伯爵家』の『忠誠心』は素晴らしいモノですが、それでも限界はあった。その末で、今回の様な“行き違い”が生じてしまった訳ですね。それを是正する為にも、『ザルティス伯爵家』を一度『解体』し、新たに『大公家』直属の『組織』へと生まれ変わらせるのです。表向きは、『ザルティス伯爵家』への『処罰』としての『御家取り潰し』となりますから、モルゴナガル卿が受け継いできた『爵位』や『領地』、『権限』なども消滅してしまいます。これは、他の『貴族家』に対する牽制の意味合いもありますし、これによって、失墜しつつある君主や『大公家』の『権威』を回復させる狙いもある訳ですね。先程も述べましたが、『恐怖政治』を推奨するつもりはありませんが、やはり一定の『緊張感』は必要になりますからね。」
「なるほど・・・。つまり、『ザルティス伯爵家』と言う『器』だけ壊して、実際の『人材』は、その新たに創設する『組織』にこっそりと移す、と言う訳ですな?」
「その通りです。もちろん、これはモルゴナガル卿や『ザルティス伯爵家』に負担を強いる事ですから、強制はしませんがね。先程も話した通り、多少のリスクはあるものの、何となくお茶を濁す“手法”もありますし。」
「ふむ・・・。」
「なるほど・・・。」
「・・・。」
ここまで話し終えると、お三方は思い思いに思案していた。
「とまぁ、僕が出来る事はここまでですかね。後のご判断は、皆さんにお任せしますし、実際に新たに『組織』を創設したとしても、これも『
「いや、非常に参考になった。やはりアキト殿のお知恵を拝借して良かった。我らだけでは、その『結論』に達する事は不可能だったかもしれん。」
「いえ、僕は皆さんより
「だとしても、だ。貴殿の強みは、その柔軟な『発想力』と『応用力』だと私は考えている。知っている事同士を組み合わせて、新たな『
そう真顔で評価されると、少しくすぐったいんですけど。
「さて、後は我らで『意見調整』すべき事柄だが・・・。」
「私としましては、“形”は変われど『大公家』や『
「ふむ・・・。ディナーナはどうだい?」
「
「ふむ、私も同意見だ。ただ、調整が難航しそうだがねぇ~・・・。」
「それも、産みの苦しみというものですわ、兄上。」
「そう、かもしれないね・・・。」
ハハハハッと朗らかに笑い合う僕らは、冷めつつあったお茶に手を伸ばすのだったーーー。
と、そのタイミングで、バタンッとドアを開く音が聞こえた。
『マナー』もへったくれもないその行為は、誰あろう、アイシャさん達であった。
呆気に取られたお三方に代わり、僕がアイシャさん達を嗜める。
「ちょっ、アイシャさんっ!?何があったか知らないけど、流石に失礼だよっ!!!」
「ご、ごめんね、アキト、ディナーナさん達もっ!けど、大変なんだよっ!!!さっき『連絡』があったんだけど、王都『ヘドス』が、謎の一団から襲撃を受けてるってっ・・・!!!」
「・・・・・・・・・へっ???」
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