第95話 タルブ政変~三つ巴の攻防~ 3



◇◆◇



この世界アクエラの『』には、『魔法』を防ぐ『魔法』は存在しない。


これは、この世界アクエラの『魔法技術』が、『術者』の『魔力』をもととした』などではなく、『魔素』と言う外部の『エネルギー』を利用・変換して引き起こす』を再現する『技術』だからである。

だから逆に、『』故に、例えばに対してはでの消火が可能であったり、で方向を逸らす、あるいは『気圧差』を利用した“空気の壁”によって防ぐ、によって造り出した土の壁によって防ぐなどの『対処法』は存在する。

しかし、『ゲーム』の様な『を打ち消す、あるいは防ぐ『防御魔法』は存在しない、と言う訳である。


もっとも、別の『技術』ならばそれも可能である。

『マンガ』・『アニメ』・『ゲーム』の様な『防御魔法』に近いイメージとしては、アキトが使用する『精霊石せいれいせき』を用いた『結界術』がそれに当たるだろう。

その一つである『防御結界』、更に『符術』を使用した『防壁』、衣服に仕込んだ『精霊結晶せいれいけっしょう』による『障壁』ならば、『魔法攻撃』や『物理攻撃』すら防ぐ、あるいは軽減する事が可能であった。


しかし、いずれにせよ、それらには『魔素』を必要とする事には変わりはない。

それ故、エイルが一瞬思考停止に陥りかけた様に、エイルの攻撃を『ノーダメージ』で切り抜けたエネアの身に起こった『』が、エイルにとっては不可解だったのである。

確かに、『結界術』の様な『対物・対魔シールド』の存在は可能性としては考えられたが、『魔素』の収束を感知出来なかったので、その線も消え去っていたからである。


しかし、もちろんこれも、『異邦人』であるウルカの『異能力』によるモノであった。

フルダイブ用『VRMMORPG』・『The Lost World~虚ろなる神々~』には、味方に対する『支援・補助魔法』として、当然ながら『防御』系の『魔法』も存在した。

それが、【物理障壁プロテクト】と【対魔障壁マジックシールド】と呼ばれるモノであり、これによってエイルの攻撃は無効化された訳である。

ウルカ達、元・『LOL』のメンバー達が扱う『魔法』は、この世界アクエラの『魔法・魔術体系』とは異なるので、当然この世界アクエラの『魔法技術』とは違い『魔素』を必要としないのである。

ある意味では、エネアが言及した通り、『』、あるいは『』と言うのがこの世界アクエラではもっとも近いイメージであったかもしれない。


魔道人形ドール』であるエイルは、エネアの『バインド』で拘束されながらも、すぐに思考を切り換えて状況を冷静に『分析』していた。

エイルの『スペック』は、アルメリアも言及していた通り、向こうの世界地球の『最新兵器』すら軽く凌駕する『性能』を備えていたが、はその『性能』を十全に活かせない状態だったし、当然ながら、エイルを形作っている『技術』も、『現代魔法』とは異なる『古代魔道技術』とは言え、その根底には『魔素』が密接に絡んでいた。

故に、『ウォーターカッター』を防がれた以上、エイルに残された“手段”は、エイルの攻撃を防いだ未知の『障壁』が壊れるまで攻撃を加え続けるか、『ミサイル攻撃』に近い『高威力』の『古代語魔法ハイエイシェント』による攻撃を加えるか、あるいは『物理攻撃』を加えるか、しか無かった訳である。


とは言え、エイルの『任務』を鑑みると、不特定多数の者達にも被害が及ぶ『高威力』の『古代語魔法ハイエイシェント』による攻撃は躊躇ためらわれた。

魔道人形ドール』であるエイルには、『人間種』が持つ様な『倫理観』や『道徳心』などは希薄ではあったものの、別に彼女も『殺人マシーン』ではないので、無意味に無関係の者達を殺傷つもりは無かった。

確かに、騒ぎを大きくすれば、ウルカ達が撤退する可能性はあるかもしれない。

しかし、同時にエイルにとっても面倒な事となる。

それ故に、エイルに取れる“手段”は二つに絞られていた。


と、そこまで考えていたタイミングで、唐突に『介入者』が現れた。

今度こそ、エイルは驚愕した。

その者の姿が現れるまで、『介入者』の存在が、彼女の『センサー』を持ってしても感知出来なかったからである。

『介入者』は、素早くエイルに巻き付いていた木の根やツタを切り裂くと、エイルとトリアの間に立ちはだかるのであったーーー。



◇◆◇



いやぁ、アルメリア様から『魔道人形ドール』は“ロボット”みたいなモノって聞いていたけど、実際に見てみると、その『見た目』は限りなく『人間』の少女に近いんだなぁ~。

いや、もちろん、身に纏っている衣服の下は、機械感のあるボディをしているのかもしれないが。

いや、流石に有無を言わさず確認するつもりはありませんけどね?

彼女は『』を備えた、言わば『』や『』を持つ存在だ。

いくら『魔道兵ロボット』とは言え、そんな存在に狼藉を働くのは、その少女然とした『見た目』から言っても、ただの『セクハラ行為』や『犯罪行為』だからな。

僕は、これでも『紳士』であるつもりだ・・・、一応。


しかし、改めて『古代魔道文明』の『技術力』は、マジで向こうの世界地球の『最新技術』すら軽く凌駕するぞ。

そりゃ、『失われし神器ロストテクノロジー』や『古代技術』が、こちらの世界アクエラに置いても重宝される訳である。

まぁ、それ故に“争い事”のもとともなるのだがな。

僕は、『至高神ハイドラス』の手の者であろう3人の女性の前に立ちはだかり、そんな事を考えていた。



事前に、アルメリア様とセレウス様から今回の件の“裏事情”を聞いていた僕は、当然ながら色々な“”を済ませていた。

その内の一つであり、もっとも懸念材料であった『魔道人形ドール』の『ハイドラス派』による奪還を、その“”によってこうして未然に防ぐ事が出来た訳である。

御足労頂いたこの方々には申し訳ないが、ともあれ一旦ご退場頂こう。


「何者カっ!?」

「名乗るほどの者ではありませんよ。」


キッと褐色の肌をした中東風美女に睨まれるが、バカ正直に名乗るつもりはない。


「あらあらァ~。怪しげな風貌のお方だ事ォ。、まだこんな『かくし球』を持っていたのかしらァ?」


”を醸し出すダークブロンドの美女が、そう軽口を叩きながらも、油断なく中東風美女の隣まで距離を詰めてきた。

あれっ・・・?

このってっ・・・!?

一瞬違和感を覚えた僕は、思考の海に埋没しかけたが、3人目の女性が口を挟んだので、それも一旦中断した。


「貴方は何者でしょうか?誤解なき様言っておきますが、我々はの『』をするつもりなのです。決して危害を加えるつもりはありません。」


この後に及んで、そんな事を大真面目にのたまった、『聖女』然とした女性に呆れながらも、そのこの世界アクエラには『装備品』の数々が見えると、僕は彼女が例の『異世界人地球人』なのだと気が付いた。

マジでこの世界アクエラに『召喚』されていたんだなぁ~。

いや、知ってはいたんだけど、実際にこの目で見ると、『元・地球人』である僕としては『同郷』の存在に多少感慨深いモノもあった。


向こう地球の『技術』もここまできたのかぁ~。一度は僕も『VRMMORPG』を体験してみたかったなぁ~(ブツブツ)。」

「っ!!!???い、今、何とっ!!??」

「「っ???」」


あ、やべっ・・・!

声に出てたんかいっ!?

また例のいらん『』が発動した様である。

しかし、今は『異世界人地球人』である彼女をどうこうしているは無い。

そんな訳で、僕は『魔道人形ドール』を連れて誤魔化す様に撤退する事とした。


「そ、それでは、少し忙しいので、これにて失礼しますねっ!!!」

「逃がすカっ!」

「逃げられると思っているのォ~?」


慌ててそう述べる僕に、中東風美女とダークブロンドの美女が待ったをかけた。

ふむ、中々の『使い手』だなぁ~。

おそらく、『S級冒険者』クラスの『使い手』、あのニルと同様に『血の盟約ブラッドコンパクト』とか言う『組織』の一員なんだろう。


しかし、残念ながら、の僕には、そのクラスの『使い手』と言えど、さして脅威ではない。

素早く僕は『竜語魔法ドラゴンロアー』を解き放った。


「【閃光フラッシュ】っ!」

「「「っ!!!???」」」


挟撃を加えてきた中東風美女とダークブロンドの美女の攻撃をアッサリかわして、僕は『目潰し』を仕掛ける。

僕に攻撃を加えてきた2人は、咄嗟に反応して目を庇ったが、『異世界人地球人』の女性はモロに食らってしまった様だ。

やはり、ハイスペックな『アバター肉体』を持ってはいても、実際の『戦闘』に対する『経験値』が圧倒的に不足している様である。

そんな事を考えながらも、僕は『魔道人形ドール』を連れて素早く姿を眩ませるのだったーーー。



◇◆◇



「逃げられてしまった様デスねっ・・・。」

「何者かしらァ~?とてつもない『使い手』だったみたいだけどォ~?」

「エネアさんが言った通り、ニコラウス裏切り者の『』でショウか?」

「うゥ~ん、自分で言っといて何だけど、その可能性は低いかもねェ~。あれほどの『使い手』ならば、ニコラウスちゃんの下に甘んじている必要はないわァ~。・・・もしかしたら、がニルちゃんの言っていた例の『英雄』かもしれないわねェ~。」

「っ!?なるほど、『ルダ村の英雄』デスかっ!!??我が主しゅやニルさんが警戒するだけの事はありマスね・・・。」


視力が回復して、アキトとエイルの姿が見えない事を確認すると、『気配感知スキル』を使用しながらも、悔しげな表情でトリアとエネアは会話を交わしていた。

どうやら、完全に姿を見失ってしまった様だ。

次の手立てを考える為にも、ウルカの意見を聞こうと2人は彼女の方を見やった。

しかし、ウルカは、アキトが(うっかり)漏らした言葉によって、絶賛混乱中であった。


「あの人、ハッキリと『VRMMORPG』と言っていた・・・。この世界アクエラの人が『異世界』の存在を知っている可能性は、あのルキウス皇帝達の例を考えればありえない話じゃないけど、流石に詳しすぎないかしら・・・?もしかして、私達とは別に『召喚』された『異世界人地球人』っ・・・!?私達がこっちの世界アクエラに実際に『召喚』された以上、考えられない話じゃないわね・・・。(ブツブツ)」

「あの、ウルカ様・・・?」

「どうかなさいましたかァ?」


ウルカの様子に、心配げな表情で呼び掛けたトリアとエネアの声に、ウルカはハッとして現実に引き戻された。

ウルカにとっては、別の『異世界人地球人』が存在する可能性は、『帰還方法』の“手掛かり”に繋がる可能性もあるだけに、見過ごせない事であった。


とは言え、その“手掛かり”にみすみす逃げられた形であり、更に『魔道人形ドール』も逃すハメになってしまった。

残念ながら、『回復役ヒーラー』に特化したウルカが持つ『魔法』や『スキル』には、『狩人』系の『得意』とする高性能の『索敵』や『追跡』に関するモノは持ち合わせていなかった。

また、彼女は本来、感情や感覚で動くタイプの女性であり、頭の切れるタイプの女性では無かった。

それ故、この後どうするかを、さりげなく2人に意見を求める事としたのだった。


「失礼、少し取り乱してしまいました。トリアさんとエネアさんは、先程の方々がどちらに行かれたか、掴めたりしますか?」


そのウルカの言葉に、2人は一瞬顔を見合わせて、次いで頭を横に振った。


「残念ながら・・・。」

「『』ながら見事な腕前ですわァ~。我が主しゅやニルちゃんが警戒するだけの事はありますねェ~。」

「っ!!!彼の者が何者か、御存知なのですかっ!!!???」


アキトは『』とマントで正体を隠していたので、ウルカ達にはその『素顔』は分からなかった。

せいぜい声色から男性である、と言う事が分かった程度だろう。


しかし、『S級冒険者』クラスの『使い手』であるトリアとエネアをアッサリ手玉に取って見せたその『力量』から、当然同じ『血の盟約ブラッドコンパクト』のメンバーであるニルから『最重要警戒人物』として警告を受けていた、『アキトルダ村ストレリチアの英雄』の事をトリアとエネアは連想していたのは無理からぬ事であった。

もちろん、トリアとエネアにも絶対の確信があっての発言では無かったのだが、何となく憶測でそう言ったに過ぎないのである。


しかし、ウルカにとってはそんな事は知るよしもない。

それ故、“手掛かり”になりそうな人物の『情報』に、トリアとエネアの予想以上に食い付いた結果となった。


「え、ええ、我々も確信がある訳ではありまセンが・・・。」

「それでもいいので、聞かせて頂けますかっ!?」

「はぁ・・・。」


何がウルカの関心を引いたのかは2人には理解出来なかったが、ウルカの反応に若干戸惑いながらも、トリアは彼女が知る『アキトルダ村ストレリチアの英雄』の事を語り出した。

『ハイドラス派』と行動を共にするウルカには、『アキトルダ村ストレリチアの英雄』の存在は共有しておくべき『情報』だからだ。

もちろん、『ハイドラス派』にとってと都合の良い様に『』された内容ではあったが。


「もう、6年ほど前の話でショウか。当時『ヒーバラエウス公国この国』の隣国である『ロマリア王国』の『トラクス領』にある『魔獣の森』と呼ばれる大森林地帯にて、一つの『失われし神器ロストテクノロジー』が発掘されたのデス。もちろん、それを事前に察知した我が主しゅの『神託』により、我が『同胞』も、『失われし神器ロストテクノロジー』“回収”の為にその地を訪れていマシた。しかし、残念ながらそれは悪しき者の手に渡った末に『暴走』し、『魔獣の森』にて、『パンデミック』、『モンスター災害』と呼ばれる『現象』が引き起こされてしまったのデス。記録では、1000体を越える数の『魔獣』や『モンスター』が『召喚』され、今まさに『人間種』の『生活圏領域』に解き放たれ様としていマシた。幸い、『失われし神器ロストテクノロジー』自体は、我が『同胞』が悪しき者から奪還する事に成功したのデスが、流石に何の準備もなくそれほどの数を討伐する事は出来まセンでした。やむなく助力を得る為に撤退を選択した所に、『パンデミックモンスター災害』を察知して駆け付けた彼の『ルダ村の英雄』、アキト・ストレリチアが現れマシた。その『パンデミックモンスター災害』が、我が『同胞』の手にあった『失われし神器ロストテクノロジー』によって引き起こされた事を察した彼の『英雄』は、我が『同胞』がその事態を引き起こしたのだと、。我が『同胞』も、彼の『英雄』にそれはだと主張したのですが、話し合いは平行線を辿りました。そうこうしている内に、『魔獣』や『モンスター』が人々に被害を及ぼすと判断した彼の『英雄』は、それを仲間達と共に討伐に赴いたのデス。幸い、その『パンデミックモンスター災害』は、彼の『英雄』と仲間達、『旧・ルダ村』の有志の者達の尽力で事なきを得ましたが、その時より、彼の『英雄』は、我が『ライアド教』に疑念を抱き、我々を目の敵にしている様なのデスよ。」

「彼の『英雄』はァ、元々誕生の際に我が主しゅが『ライアド教』に迎える予定でしたのォ~。我が主しゅが彼の『英雄』に秘められた『』をお見抜きになられてェ、この世界アクエラの“護り手”とさなろうとしたのでしょうねェ~。しかし、残念ながらァ、彼の『英雄』は、他の『神々』を名乗る存在にされてェ、行方を眩ませていましたのォ~。大方彼の『英雄』の『』をしてェ、何か企んでいるのではないかしらァ~?そうならない様に『』する予定でしたがァ~。」

「なんとっ!?『至高神ハイドラス』様の他に、その様な存在がいるのですかっ!?」


トリアに続いて説明を付け加えたエネアに、ウルカは驚愕の声を上げた。

しかし、残念ながら彼女達はハイドラス以外の『神』の存在には否定的な考えを持っていた為、その事は濁す事とした。


「我々を凌駕する『高次の存在』は否定しませんがァ、我が主しゅに並び立つ存在かまではァ・・・。それにィ、必ずしも“善い”存在であるとは限りませんしねェ~。実際ィ、彼の『英雄』もォ、『ライアド教ハイドラス派』に対してェ、『知識』を吹き込まれている様ですしィ~。」

「その結果、残念ながら彼の『英雄』は、今現在では『ライアド教ハイドラス派』にとっては一番の脅威となりうる存在でショウ。実際に、彼の『英雄』は、『リベラシオン同盟』なる『組織』を立ち上げ、『ライアド教ハイドラス派』に対抗する準備を進めていると聞き及んでいマス。そうした事も踏まえて、今回の件も、彼の『英雄』が絡んでいるのではないか、と私達は考えた訳デス。」

「・・・なるほど・・・。」


ウルカは、トリアとエネアの説明を反芻していた。

残念ながら、これらの『情報』からは、彼の『英雄』アキトが『異世界人地球人』であると言う確証は得られなかったが、彼の『英雄』アキトと注意すべき相手である事は理解出来た。


「御説明ありがとうございます、トリアさん、エネアさん。『参考』になりましたわ。しかし、実際に彼の者の正体が、その『英雄』であるかまでは確信が持てませんね。」

「そうデスね。それで、ウルカ様。この後いかがいたしまショウか?残念ながら、彼の者には『』を奪われてしまいマシた。我々の『気配感知スキル』にも引っ掛かりまセンでしたし・・・。」

「このまま『ヒーバラエウス公国この国』を出られたらァ、私達の『任務』は失敗ですわァ~。我が主しゅに顔向け出来ませんよォ~。」

「ふぅ~む、困りましたねぇ~。ここは素直に『至高神ハイドラス』様に御報告して、再度御指示を仰いだ方が賢明だとは思いますが・・・。いえ、待って下さい。」


そう相談していると、ウルカはふと閃いた事があった。


「・・・もしかしたら、彼の者の“”を掴めるかもしれません。」

「なんとっ!?」

「本当ですかァっ!?」

「試してみない事には分かりませんが・・・。」


そう言うと、ウルカは再度トリアとエネアには分からない『』で『魔法』を紡ぐのだったーーー。



◇◆◇



「ニコラウスからの『使者』はまだ現れんのかっ!?」


第二公太子グスタークは、いつまでも経っても現れないニコラウスからの『使者』に、苛立ちの表情を浮かべていた。



父・アンブリオの崩御の知らせを受け、“段取り”通り『宮殿』に戻ったグスタークは、父の亡骸と対面していた。

そこで、一通り嘆き悲しんだ演技ポーズをした後、今だに『宮殿』に戻っていない第一公太子ドルフォロと、第三公女ディアーナを待つ『名目』で、『宮殿』の自室にて待機をしていた訳である。


君主不在は『国家』の一大事であるから、速やかに新たな君主を立てる必要がある。

それに、アンブリオの『葬儀』の事などもある。

君主ともなると、それは『国葬』と言う扱いになるだろうが、いずれにせよ、アンブリオの子どもでもあり『貴族院』の一員でもあるグスタークは、すぐにでも緊急開催される運びとなるであろう『貴族院』の『議会』に出席する必要があるのだ。

その場で、次なる一手であるドルフォロ糾弾が待ち構えている訳であるが。


さて、ここまでは上手く事が運んでいた訳であるが、肝心のドルフォロを貶める為の、でっち上げられた『資料』をもたらす筈の『使者』の姿がいっこうに現れなかったのである。

もちろん、『情報漏洩』の観点から、寸前までその『資料』がグスタークの手元にない方が安全なのはグスタークも理解していた。

しかし、流石にいくらなんでも遅すぎるのではないか?

グスタークはそう思っていた。

流石にドルフォロディアーナが『宮殿』に戻るまでには、手元にないとマズいだろう。

いや、もしや、ニコラウスのヤツは、土壇場で俺を裏切ったのだろうか?

あるいは、『リベラシオン同盟』が介入したのでは?

などと疑心暗鬼になりながら、自室をウロウロと歩き回っていたのだった。


(ちなみに、アンブリオ大公夫人、グスタークらの母親に当たる人物はすでに亡くなっている。

また、第一公女ベネディアと第二公女ニアミーナは、すでに『他国』に嫁いだ身である為に、『貴族院』の『議会』に出席する権限を失っていた。

もちろん、父の訃報であるし、『葬儀』、『国葬』に参列する為にも、そう遠くない内に『ヒーバラエウス公国この国』に戻っては来るだろうが、緊急性の観点から言えば、彼女達に知らせが届くのはそれなりに時間を要する事だろう。)



と、そこに、音もなくエイルが現れた。

もちろん、『宮殿』ともなると警備は厳重なのであるが、そこをすり抜けて現れた存在に、グスタークも一瞬ギョッとした。


「遅クナリマシタ、グスターク公太子殿下。あるじヨリ、『資料』ヲ御届ケニ上ガリマシタ。」

「っ!おおっ!!待ちわびたぞっ!!!」


しかし、現れたのはあいかわらず全身を服装とマントで覆っていて、顔がよく確認出来ないものの、何となく見覚えのあったニコラウスの従者の少女だったので、グスタークはようやく破顔した。

恭しく手渡された『資料』を受け取ると、グスタークは素早く中身を精査する。


「うむ、問題なさそうであるなっ!ニコラウス殿には礼を言っておいてくれたまえ。」

「ハッ!」

「・・・しかし、随分遅かったではないか?俺も何かあったのかと気を揉んでいたぞ?」

「申シ訳アリマセン、殿下。謎ノ勢力カラノ『妨害工作』ヲ受ケテイマシテ・・・。ソレヲ振リ切ルノニ時間ガ掛カッテシマイマシタ。」

「なんとっ・・・!?やはり、『リベラシオン同盟奴等』だろうか・・・?」


それで遅くなったのか、と納得しながらも、グスタークは警戒感を露にした。


「デスガ御安心下サイ。あるじノ命ニヨリ、少ナクトモ殿下ガ『議会』ニ出席スルマデノ間ハ、微力ナガラ私モ殿下ノオ側ニ控エサセテ頂キマスノデ・・・。」

「おおっ、そうかそうかっ!そなたが側におれば安心だ。ニコラウス殿には大きな借りが出来てしまったな。何か礼を考えねばならんか・・・。」


すでにエイルは、この『宮殿』に苦もなく侵入している。

それ故、グスタークもエイルの言葉に安心感を覚えていた。


「イエ殿下。あるじハ、殿下ノオ考エニ賛同シ、『協力』シテイルノデス。特別ナ『恩賞』ハ、必要ナイカト。タダ、必要ニナッタ時ニ、少シダケ『』ヲ頂ケルト、有リ難イト存ジマスガ・・・。」

「ふむ、なるほどな・・・。考えておこう。」

「ハッ、ヒトツヨシナニヨロシクオ願イイタシマス。」


存外この少女に、グスタークは多少の意外感を感じていたが、ニコラウスのを鑑みれば、それも当然の事なのだろうと、グスタークは納得していた。

ニコラウスは、自身では自由に動く事の叶わないだ。

それ故、ニコラウスの手足となってに動く人材は必要不可欠である。

おそらく彼女は、その『役割』を担っているのだろう。


『資料』が手元に届いた安心感からか、あるいはこの少女に興味を惹かれたからかは知らないが、グスタークはエイルに再び話し掛けようとしたタイミングで、『自室』をノックする音が鳴り響いた。

それを察すると、スッとエイルは姿をかき消して、それに驚愕の表情を浮かべながらもグスタークは訪ねてきた存在に応える。


「何用か?」

「失礼致します、グスターク公太子殿下。たった今、ドルフォロ公太子殿下とディアーナ公女殿下がお戻りになられました。」

「おお、そうか。ご苦労だった。私もすぐに向かうとしよう。」


グスタークに用事を伝えに来たのは、アンブリオに仕える『宮殿』の執事の男であった。

ドルフォロとディアーナの到着を知らせに来たのである。

そのまま、アンブリオと対面する事を理解したグスタークは、それを迎える為にそう答えたのだった。


かくして『舞台』は整った。

ヒーバラエウス公国この国』の『政変クーデター』が成功するか否か。

それは、これからのグスタークの『手腕』次第となった訳であるーーー。


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